しち. 夕姫の日課 ~なんとなく、さがしてるのだけど、見つかりません~

しち. 1

 

 おかしな樹木が、ぽとぽとと生えたへんぺいな大地。


 現実にありがちなものもあったが、そこは、こちらならではの混沌性が見てとれる原野だ。


 ほとんどが、自然にありえないかたち、状態にあって、ひとつとして同一のものがない。

 似ていても、注意してさぐれば、どこかしら違う部分を見いだせた。


 ちゃんと地面があって、夕姫ゆきはその表面を歩いているが、まわりに存在するあらゆるものの、重力軸は、はちゃめちゃだ。


 蛍光色…モノクロ…原色。パステルカラー。


 根っこが天をめざしているような枝ぶりの木があるかと思えば、意表をつく形状の花や、アンバランスな果実がついている。


 虹色の小鳥が、尾羽の延長とも鎖ともつかない枝につなぎ止められながら、落ちつきなく羽ばたき、

 見えたり消えたり、半ば透けたりする、あるともない蔦のようなものに鈴なりになったカボチャが歌を歌い…、

 木のまたからあふれだした清水が滝を造り、その枝さきに惑星や恒星がきらめいているところ…。


 音符や楽器を生みだしては、周辺に養いまとっているほこらのとなりには、ホイップとシロップづけの御菓子がてんこ盛りの、うず高いしげみもあった。


 突然、現れたり、長々と霞のごとく存在しつづけたり、消失したりする…それらすべては、他人の夢のかたちだ。

 それぞれが、どんな夢を見ているのかは、夕姫ゆきにもわからない。


 けれども日野原ひのはら夕姫ゆきは、ここにまぎれこむ夢の印象を、そのとき、そのとき、彼女なりの解釈のしかたで受けとめ、見てとるのだ。


 夢の質も反映されるが、具現化する様式・形容は、彼女自身の体調や気分・見識や知識に大きく左右される。


 なかには理解しきれないものもあって…。


 小学の低学年のころは、悪夢が習慣化しているのではないかと思うほど、他人の夢がおそろしい形に見えたものだ。


 ゲームや映画や物語にでてきた獣や妖怪。

 どのようにあるのかも不確かな、ぼやけた澱み、亡霊や宇宙人、怪物などに…。


 その日。

 

 はしの方がまざりあって、どこからどこまでが個人の夢と判別しにくい景観には、ぽとぽとと、白茶しらちゃけた地面がのこされていた。


「……あやしい」


 ふと、右の木立を見ると、豊かな枝ぶりを見せる緑木のこちら側が若芽をはぐくみながらも、三分の一ほど欠けおちている。


 その根もとには、白濁した黴を養い、ふにゃふにゃになった果実がころがっていた。


 腐食して、いびつに萎縮した大きめの人面りんご…。


 このあたりに、それと同質と思われる波長の夢はないから、離れたところのものか、すでに消えたものから隔離されることで残された夢の残滓ざんし

 のこりかすだろう。


(なにか、つまんで歩いている奴が存在し~居~そう)


 思った夕姫ゆきは、気に触るその痕跡をたどりはじめた。


 より後にできたものだと、直感が教えてくれる欠損を求めて進んでゆくと、はげた地面がじょじょに水気を失い、灰色になってきた。


 奪われた部分が、すっぱり削りとられて、まだ再生もされていない夢の形をたくさん見かける。


 そのすえに見出したのは、ぼよぉ〜ん、ぽよんと、はずんでゆく、玉のようなもの。


(あれだ…。問題ないていどに…平和的に他ととけあうのは、かまわない。だけど…。毀したり、食べたりして歩くのは違反だよ)


 ここには、ここのルールがある。


 自分を脅かすかたちに成長しそうなものは、排除する。それが夕姫ゆきのやり方だ。

 まぎれこんだ夢が具現化するこの世界を、夕姫ゆきは、感じるままに、しきってきた。


 嫌なかたちにふくらめば、彼女を襲ってくることもある――その正体が、他人の夢だと知って…。勝手な理由で消してしまって、いいのかと、悩んだ時期もあった。


 けれども…。

 それは、夢を見ている本人も苦しめる悪夢だと、コウが教えてくれた。

 消していいのだと、認めてくれたのだ。



 ——BAKUの居ないところには、自殺者や病人、狂人…殺人鬼、異常者が育つ。

 おまえに消されることで、精神に空白が生まれるほど大きくなってしまう前に忘れさせてやれ。

 自分で制御しきれなくなった幻想・執着を、ひとつふたつ食われたくらいでは、ひとは死なないから…。

 質の悪い夢は、どこまでも肥大化して、あらゆるものの平穏をおびやかす。

 それを排除しようというおまえの行動は、使命というよりは、生きようとする本能。

 なわばりを整え維持しようとする人の土性骨からくるものだろうけど…。

 悪夢、悪霊とBAKUは、対角にあって、おなじところに、ならび立つことはない。

 質が悪い夢は、夢をみている本人の精神をむしばむものだから…。

 かまいやしないさ——



 はじめて会ったとき。

 悪夢に吞みこまれていたコウという子。


 以来、ちょくちょく姿をみせるようになったその男は、夕姫ゆきに、いろんな事実を教えてくれた。


 こちらのことに関しては、けっこう博識らしいのに、現実の事象にはうとくて、他人の悪夢には弱い人。


 彼がどうゆう存在なのか、夕姫ゆきは、ほとんど知らない。

 それでも、こちらでは、たったひとりの貴重な友人だ。


 毎日会うというわけではない。


 三、四日、出会わないということも、ざらにある。


 こちらが、おだやかな日和だったりすると、思いもよらないところに陣どって、自適にくつろいでいたりする男だ。


 現実の出来事を、どこの誰かもしれない相手に相談してもしかたないのだが、なんとなく、愚痴のひとつもこぼしてみたくて…。


 ひと恋しい気分だった夕姫ゆきは、彼の存在感をかたわらに求めた。


 出会って以来、肉体が眠りにおち、こちら側にくると、よく見かけるようになった、その男の姿は、まだない。


(……コウ…。どこにいるんだろう?)

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