ずっと未来の話

エピローグ


 共和国歴1950年。第七魔王歴にして335年。


 伝説の勇者と呼ばれる者を輩出した都市イショサには、高名な考古学研究の学校がある。

 その学校の新入生、シロは寮へ戻る道の脇に生き倒れを見つけた。妙に小奇麗で高そうな服装をした生き倒れという、奇妙なその人を無視して行けばいいのに、ついじっと見つめてしまった。見つめるということは、視線に気づかれるという事でもある。

 その生き倒れとシロは目が遭った。シロは後ずさりし、見なかったことにして寮へ戻ろうとする。すると突然、生き倒れは立ち上がり、呻くようにシロへ話しかける。


「おい、そこの、少年。何か、食べ、も……の……ぉ」


 そう言いながら、生き倒れは地面に倒れ込んだ。

 その様に半ば悲鳴をあげながら、シロは生き倒れの下へ駆け寄り、恐る恐る声をかける。


「だ、大丈夫ですか?」

「大丈夫、じゃ、ない」

「ええ!?」


 生き倒れをなんとか助け起こし、何故か道の隅に二人並んで座り、シロはその生き倒れの男性へ、後で食べようと楽しみにしていた学食の焼きそばパンを渡した。

 男性は焼きそばパンをぺろりと、しかしどこか丁寧に平らげた。


「ん、ありがとう。炭水化物に炭水化物を挟むとは……食も進化したものだ」


 シロはそろそろ離れて帰路につきたかったが、言い出せずにいた。

 その男性がシロへ聞く。彼の視線はどこか遠くを眺めて居る。見れば、紅玉色の髪の毛はきらきらと光を反射している。ちょっと砂が付いてるけど。


「君に聞いておきたいことがあるのだけど、良いだろうか?」


 シロはその男性の横顔を眺めてもじもじしている。

 シロが応えられずにいる様に、男性は苦笑した。


「君は無口だな。喋るのは苦手かな?」


 シロは無言で頷いた。

 男性は少し考えこむ。


「そうか、喋るのは苦手なのか。では、手短に聞こう。伝説の勇者の墓の場所を知らないだろうか?」


 シロは鞄の中から、自身が専攻している考古学の教科書を取り出す。

 そして、三百年前の伝説の勇者に関する記述を、教科書を開いて指さす。そこには『勇者は生死不明。その聖剣はイショサ村に安置されている』と、聖剣が展示されている写真も付いているのを指さした。

 男性は苦笑する。


「ああ、そうか。勇者自身の墓はやはり無いのか。そうかぁ、当てが外れたな」


 男性は立ち上がるが、さっきの今でふらりとよろめく。シロは思わずそれを支えた。


「あ、ああ、すまない。どうにも、飯代をケチった結果の付けを払わされているようだ」


 シロは自身のカバンの中から水筒を取り出して茶を勧め、今一度座ってしばし二人で遠くの景色を眺めた。

 少しして、男性はシロに礼を言いながら今一度立ち上がる。


「ありがとう。そしてすまない。迷惑をかけている……何か礼をできれば良いが……あ、ところで君、三百年前の勇者に関して学んでいるのだったかな?」


 シロは頷き、もじもじとしながら話し始める。シロの顔が少し明るくなる。


「あ、僕は、伝説の勇者様が好きなので……特に、ゼセン大聖堂の闘い以降の、世直しの旅の話が好きです」


 とここで男性が身を乗り出してシロへ聞く。


「勇者と一緒に居た魔王はどうだった? 魔王も恰好良い伝説が多いだろう?」


 シロは首をかしげる。


「え、もしや伝承が正確ではない? 勇者のクソ野郎の話しか残ってないのか!?」


 男性は大きくため息をつく。


「どうせ、どうせ、私は世に残らなかったさ。はん、あのお節介の馬鹿勇者め」


 シロが恐る恐る口を開く。どぎまぎしながら、しかし怒りを表しながら。


「ば、馬鹿って、勇者様をそんな風に言わないでください! そりゃ、完璧な人ではなかったかもしれませんが……嫌いな人も、いるとは思いますが、その」


 徐々にしりすぼみに声はなっていく。

 男性は後頭部を掻きながら、ばつが悪そうにシロへ謝る。


「あ、いや、悪かった。そうだな。恩人の憧れの人を悪くいうものではないな……しかし、あの小僧が、伝説とは」


 男性が少し嬉しそうにしているように、シロには見えた。


「よし、決めたぞ。少年、君に受け取ってもらいたい物がある。贈り物だが、扱いは自由にすると良い」


 そういって、男性はボロボロの白い指輪を二つ、差し出した。


「考古学、特に三百年前の勇者に関して、これは貴重な歴史的な資料に成りうる。……私の思い出の品でもあるが、君の好きにしていい」


 シロがその指輪を受け取らないので、男性はシロの手を取って握らせる。


「では、ありがとう、少年」


 男性は軽く礼をして、シロに背を向けて歩き始める。

 シロは精一杯声を振り絞って聞く。


「あ、あの! こ、この指輪って、何ですか? それに、あなたは、だ、誰ですか?」


 男性は足を止めてシロに振り返る。


「私は北の、あ、いや、ただの生き倒れ……うーん、魔、いや」


 その者は、何か言いかけて肩を竦めて言い直す。


「伝説の勇者の相談相手だったものだよ」

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もしかして鬱ですか、魔王様 九十九 千尋 @tsukuhi

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