第24話 魔王様、吼える。
ゼセン村の者たちも、事態に気付き始める。
ゼセン村の周囲に居た人族も魔族も、この異変に気付き始める。
その遠くの先の先すら越えた先まで、これに注目し始める。
此方、魔族を統べる者。その実力は数多の魔族の中でトップクラスである。単純な膂力や単純な魔力、知恵や戦略だけの話なら彼を超える者は少なからずいる。しかしそれらすべてを高水準で併せ持つが故に魔族を統べる王。魔は畏怖を持って魔王と呼ぶ。
彼方、人族の希望。目を見張るのは柔軟な対応力とずば抜けた成長性。一晩たてば魔将すら超える成長力を持った英雄。多くの戦いが彼を研磨し、その真面目な性格ゆえにただ歩くだけで力をつける。努力と一握りの勇気があらゆる邪悪を砕く様を見て、人は彼を勇者と呼ぶ。
その両者が共に戦ってなお、世界の運行を司る大賢者なる者には、
天使の腕が、指が、無数に枝分かれしてあらゆる方向から迫り、対処が間に合わなかった物が勇者や魔王の体を抉るも致命傷には至らず。例え一方が倒れてももう一方が回復し、傷が塞がり切る間もなく天使への斬り返しへ挑む。
「流石は勇者と魔王。お強いですね」
天使は異形の姿から繰り出す攻撃の手を休めずに微笑み、賞賛する。
「では、手数を増やしましょう」
雷雲がうごめき、音の440倍の速度を持ち巨石すら砕く力、すなわち雷が放たれる。
だが、雷は魔王の魔術によって弾かれる。明後日の方向へ逸らされた雷は遠方で派手な音を立てて地面を抉る。
「その雷撃はさっきも見た!」
その様にますます天使は笑みを浮かべる。放たれる雷の数は増え、雷鳴が周囲の音をかき消し、放たれ続けるエネルギーは部屋の床や壁、周囲を溶解し始める。そのすべてを魔王が去なす分、迫る天使の触腕による勇者への負担が増える。
「喋ってないでこっちも手伝ってくださいよ!」
「じゃあ雷撃をなんとかするのも手伝え」
両者は阿吽の呼吸で役割を入れ替える。
面で迫る触腕を魔王は、鉄すら焦土に変える地殻の火焔を召喚して焼き払う。
圧で迫る雷撃を勇者は、決して折れぬ聖剣でかき集めて天使へと送り返す。
霧散する雷撃の向こうで、天使は笑みを崩さない。明らかに天使が上手と言えるが、天使の猛攻もまた両者を仕留めるには至っていない。
次第に、勇者の成長性が戦いの最中であろうと発揮し、徐々に均衡を破り始める。そのことに最初に気付いたのは魔王だった。
勇者の剣を振るう速度や対応の速度が上がり、次第に魔王の負担が少なくなってくる。それはつまり、手番を攻撃に使えるようになってくる。その少ない手番を、魔王は逃さない。
「これだ」
魔王が放ったのは小さな弾丸だった。その指先ほどの大きさの小さな弾丸が、天使の触腕を潜り抜け、雷撃の隙間を縫い、天使の眼前へ迫った。しかしそれを彼女は蠅を掃うかのように弾き落とした。弾丸は小さく粉砕されて散らばった。
同時にそれは、触腕の一手を対処に回したという事。その一手の分だけ、勇者と魔王が距離を詰める。勇者の聖剣の届く範囲まで。
振り抜かれた聖剣は、天使の触腕を薙ぎ払い極光を束ねて迫る。
その様に天使はなおも笑みを崩さず賛辞を送る。
「素晴らしい」
同時にそれは、彼女の余裕の表れでもあった。
「ですが惜しい」
聖剣はあと少しまで迫り止まる。勇者が天使の触腕で捉えられたためだ。
魔王はまだ触腕と雷の処理に追われ、勇者を助けるどころではないだろう、と天使は勇者を締め上げながら魔王を見る。
そこには無数の触腕と雷撃に晒されながら詠唱する魔王が居た。
「極光は逆しま、蘇芳の獅子の咆哮。万物万象、開闢の関を聞け。来たれ寿げ吼え猛れ……」
無数の触腕と雷撃に晒されながら、魔王は防御を捨てて魔力を練る。両手両足が奪われ焼かれようと魔力を練り続ける様に、天使も異様さを覚える。
そのほんの僅かな、怯みとも言えぬその僅かな時間に勇者は拘束を払い、聖剣を天使へ叩きつける。聖剣は触腕で防がれた……だが、直前に魔王が放った弾丸の、欠片というには余りに小さな粉末が、聖剣を打ち付けた衝撃を受けて連鎖的に爆ぜ、触腕をほんの一時焼き払う。
「三千世界も照覧あれかし! 我が魔を統べる者である!!」
そこに、魔王の練り上げた魔力が、大気を揺らす咆哮となって放たれる。
「うっ、このような……!」
隙が隙を呼び、その隙をこじ開ける。
放たれた咆哮は、天使の体のほとんどをかき消し、遠くの山々まで穿つ。抉れた空間が真空になり周囲を吸い上げるも、ほどなくしてその風も止む。
大聖堂の最上階であった部屋には、激しい戦いの跡。そこに天使の残骸と、傷だらけの勇者に、瀕死の魔王が居た。
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