第23話 魔王様、勇者と共闘する。


 大賢者の姿は怪物のようになっていた。異様に伸びた首や手足、首まで裂けた大きな口。それでいて優し気な笑みが崩さず、優雅さはくすんでは居ない。

 もっとも、彼女の腕の一振りで建物の屋根が吹き飛び、そうして露になった夜空の星が彼女を中心にとぐろを巻いている様は、魔王にも少なからず危機感を与えた。


 大きな音を立てて大神殿の屋根が吹き飛んだことで、勇者も事態に気付き、もはや何の機能もしていない扉を越えて部屋へ飛び込んでくる。


「なんですか、一体何が……!?」


 そこにいる変わり果てた大賢者の姿に勇者は息をのんだ。

 その様子に大賢者は変わらぬ優しい声色で勇者へ話しかける。


「あら、戻ってきてしまったのですね。ちょうど良いですから、当代の勇者と魔王、両者を共に始末して新しい子たちを拵えるとしましょう。あなたも星の流れに戻りなさい」


 呆然とする勇者の眼前に、変異した大賢者の腕が音よりも早く振り下ろされる。

 だが、光よりも早く魔王が勇者を庇いながらそれを避ける。


「何してる! しっかりしろ! 呆けている場合ではないぞ!!」

「でも、でも、大賢者様が……あれじゃまるで……」


 勇者が言い淀んだ言葉は、きっと魔王が本性を表した時に抱く感想と同じなのだろう。そう思うと、魔王は浮かんだ邪念を振り払う。


「なら勝手にすればいい。私は闘う」

「何のために!? 大賢者様と闘うなんて……」


 勇者は大賢者にも声を張り上げる。


「大賢者様もどうしてしまったんですか!? なぜこんな、やめてください!!」


 大賢者は勇者の言葉を無視して、魔王へ腕を振り下ろし、即座に薙ぎ払い、魔王への攻撃の手を緩めずに勇者へ言う。


「なぜ? あなたも勇者でしょう? ならばこの者が何者か解っているはず。もしや解らなかったのですか?」


 大賢者の枝のような腕が無数に別れ、網のようになって魔王を絡めとる。魔王を締め上げ、握りつぶさんとしながら、大賢者は続ける。


「あなたも勇者に自己紹介が済んでいないようではないですか。では、私から彼に教えてあげましょう」

「やめ、ろ……私は、ただ、彼の」


 大賢者は魔王の呻きを無視して勇者に暴露する。


「彼こそが魔王。魔を統べる人に仇成す者。あなたが殺すべき存在……邪悪で卑劣で人の心の解らぬ外道。殺さねばならぬ害悪そのもの」


 直後、勇者が魔王を捉えていた大賢者の腕を切り落とした。魔王は床に落ち、同時に拘束から抜け出せる。

 勇者の持つ剣は、煌々と光り輝き、倒れ伏す魔王と異形の大賢者の間に割って入った。


「いいえ。彼は、僕の友達です。優しい心を持った、友達なんです!」


 勇者は先ほどまでとは打って変わって燐とした、決意溢れる視線で大賢者を睨みつけた。

 そして、魔王へ手を差し出す。


「立てますか?」


 魔王は、その手を取って良いのか悩んだ。


「やめろ。私は……私が魔王であることは事実なんだ」

「なんとなく、魔族だろうとは……大神殿に入るころぐらいには思ってました。あ、でもまさか魔王その人とは思ってなかったですけど」

「違う、違うんだ……」


 魔王は言い淀み、言葉を絞り出す。


「リプライリングを、私は人族の机の中から見つけた。その机は、私が奪ったものだ。細かい経緯は覚えていない。だが……私はもしかするとお前の」


 仇かもしれないじゃないか。


 勇者は、今一度、手を取るように促して来る。


「それでも、友達です。今はそれで良いじゃないですか」


 魔王は少しためらい、その手を取った。年に似合わぬごつごつとした手にぬくもりを感じ、魔王は自分の視界が少し滲むのを感じた。

 それを、友達だと割り切れるのか、勇者というのは。


「良いわけがあるか」

「存外、あなたも泣き虫ですね」

「はあ?」


 勇者の笑みに魔王が抗議の意味で睨んだ。


 直後、二人をめがけて雷が落ちるが、直前で魔王が雷を脇に逸らす魔法を用い、難を逃れる。更に振り下ろされた大賢者の腕を、勇者が聖剣で弾いた。

 大賢者は、渦巻く星々を背に、雷雲を侍らせて二人を見下ろしている。


「お遊戯は済みましたか? 残念です。やはり二人とも、不良品でしたか」


 二人は肩を並べて、神とも等しき異形と対峙する。


「サポートは勇者に任せよう」

「いやいや、魔王あなたがサポートでしょう?」

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