第22話 魔王様、決める。
「とはいえ、狂った魔王となってしまうまでが辛いなら、いくつか方法はあります」
魔王とは、自分勝手な魔族をまとめ上げる要であり、それが故に狂い、狂えば勇者に殺される。世界にそう組み込まれたシステム。
魔王は自分の置かれた状況に絶望感を抱いていた。
多少のことなら、自身の膂力と魔力、そして智力と機転でなんとかしてきた。しかしそれは魔族の社会で魔族を相手取ってのことだ。今回は世界そのものの決まりが、世界の運行を取り仕切るとかいう得体のしれない存在が、大神だとか
だが同時に、どこか魔王は救われていたのだ。絶望することで。
「(そうだ。狂うべくして、狂うのだカラ、仕方ガナイ)」
自身の努力が足りないわけではない。自身の心が弱いわけではない。歴代の魔王、自身の前に居た六人の魔王(初代が北の大賢者なら五人の魔王だろうか?)は、少なくとも自身と同じように狂って、そして世界の一部として、歯車として勇者に討たれて死んだ。これは避けようのないことなのだ。
顔を伏せる魔王に、西の大賢者なる者は続ける。
「例えば、薬で誤魔化す方法があります。恐怖や苦痛を麻痺させれば気もまぎれましょう。あるいは、狂うのを早める薬もあります。私にできるのはそれぐらいです。……どちらを選びますか?」
大賢者はそう言って両方の手に一錠ずつ、赤い錠剤と青い錠剤を乗せて差し出して来る。
どちらでも、魔王は良かった。その様子を察してか、大賢者はただ静かに頷く。
二人の間にある小さなアンティークの机。その上に大賢者の白い手袋のついた手。そして、二色の錠剤。
魔王は薬の先の、アンティーク風の小さな机を見ていた。西の大賢者なる者がどこからともなく取り出したこの机を見て、自室のアンティークの家具を思い出していた。人族の、名も知らぬ匠が作ったアンティークが好きだった。その造形美や一見無駄に見えるディテールに意味があり、柔らかな指触りに穏やかな色合いが落ち着きを感じさせてくれた。西の大賢者が取り出した机とはまったく違った趣のある物だ。
その中でもお気に入りだった机の中に、リプライリングが入って居た。そして、勇者が泣いていたのを、勇者と知らずに助けようとした。いや、あの時誰かの話を聞くことで助けられていたのは、言うまでも無く自分の方だ。
……自分が狂ったら、勇者は殺しに来るのだろうか?
あんな優し気な者に殺しは可能か? いや、今までだって名だたる魔族の将を殺して来たのだ。自分だって殺せるはずだ。となると、自分が魔王だとバレなくて本当に良かった。過ごした時間は短くとも、きっと、彼は心を痛めてしまうだろうから。だが、人族の英雄として幸せに……。
魔王は大賢者の持つ錠剤へ手を伸ばしかけて手を止め、思ったこと聞く。
「ところで、彼はどうなる?」
「彼? ああ、勇者ですか?」
大賢者は悩まし気に長い息を吐き、そして魔王の方を向かずに、明後日の方向を向きながら答える。
「勇者は、人族によって殺されることでしょう」
何かが体を駆け上がるような感覚に魔王は襲われた。
大賢者は続ける。
「勇者は強大な力を持って、狂える魔王を殺します。しかし同時にそれは力と恐怖の象徴。人族にとって恐怖は危険な物です。例え勇者に人族を滅ぼす気がなくとも、二人目の魔王と人族は認識するでしょう。ですから……」
「殺すのか?」
魔王の言葉に大賢者は、顔は向けずに視線だけを、今までと違い鋭い視線を魔王に向ける。
「ええ。そこまでが、勇者の役割です」
魔王の脳裏に、ある若者の屈託のない笑顔が浮かぶ。
魔王は錠剤を受け取らずに席を立つ。
「西の大賢者……エンジェルだか何だったか……言いたいことがある」
西の大賢者は、両手に持った錠剤を握りしめながら微笑みを魔王に向ける。しかし、その笑顔はもう優しいものではなかった。
魔王は、二人の間に有ったアンティークの机、そして大賢者へと視線を移していく。
「なんでしょう?」
「お前、趣味が悪いぞ」
見る見るうちに、大賢者の体は大きく、見上げるほどに伸びていく。
細く枝のように伸びた腕と指、微笑みながらも大きく裂けた口、真っ白な部屋そのものが軋み、歪み、のたうち、その純白のドレスと共に異形へと化していく。
「そう、では踊りましょうか?」
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