第7話 怠惰卿、奴隷解放の魁となる。

 籠の中の鳥。

 そう形容できるほど、それらは美しくなかった。

 薄暗い洞窟、外の冷気と呼気の暖気で混沌としたその穴には、無数の穢れた血が溜まって、淀み切っている。

 岩肌を掘りぬいて無造作に設置された鉄格子の行列。

 その中には、所せましとそれが詰め込まれている……。


 獣の相。

 人間のそれではない、耳や鼻、手や牙、尻尾。

 穢れた血の発露は当然のように雑多で、耳だけ犬のものや、全身が直立した馬のような者までいる。

 人外、獣人。

 そう呼ぶほかない醜い生き物たちを睥睨するは、冷たい、冷たい青い瞳。


 俺です。

 ニュート・ホルン・マクスウェルです。

 醜いとか言ったけどさ、本心じゃないんだ。いや、たしかにリアルで見てみるとグロいのも確かに居るよ。うん。本題入るね。


 ケモミミぱぁあああああありぅぅいっぅぃぃっぃぃ!!!!!


 ケモミミ!


 右見てケモミミ!

 左見てケモミミ!

 馬耳うさ耳イヌ耳ネコミミ!

 ネコミミだけなんか片仮名で表記しちゃうよねなんて話はどうでも良い。

 この地、ヴェルヴェルク領の現在の有力者……奴隷商の洞窟は、楽園だったのだ。

 ちょっと衛生状態がクソで臭いもひどいけど。

 誤差。


「最高じゃん……」

「殿下! お戻りを、お戻りを!」

「なんでい、騎士様は随分とウブじゃねぇか。ニュート様の方が世間知らずかと思ってたが、あんた箱入りだなぁ?」

「う、うるさい盗賊風情が!」


 バケツ頭の制止も振り切って、俺達は洞窟に入って行った。

 その中の光景がこれである。

 いやぁ、犬好きなんだよね。前世思い出したから赤ちゃんなっとこう。


「ばぶ……」

「ちょ、ちょっと殿下! ……ぅ……あー、もう!」


 洞窟の外で一人待つのは流石に恥ずかしいのか、バケツ頭もすぐついてきた。助かる。ロシア帽子髭面ばっか連れてるとマフィアみたいだからね。

 今回、俺はお願いする立場だ。

 身分を高く見せて、面倒は無いだろう。

 えらそうな奴ほど頭を下げる姿が可愛いんだ。


「ほっほーう、現地まで買い付けに来るとは、物好きですなぁ貴族さまは……」


 俺達がやいのやいの騒いで進んでいると、奥から老人が出てくる。

 といっても、ひょろがり系の老人じゃない。

 ぶくぶく白髭赤い頬。

 いかにも銭ゲバですたいと言いたげな下品な笑顔。


「ややっ! これは王族さまでは? 気品が素晴らしいですな!」


 歯を見せて笑うと、全部金歯だった。儲かってんねぇ……。


「いかにも。ここに居わすはニュート・ホルン・マクスウェル殿下です!」

「あっども。今回はよろしくお願いしますよへぇ、へぇ、旦那、どうでしょう? 靴でもお舐めしましょうか?」

「そうだ。そうやって這いつくばれば……殿下ァ!?」


 俺が頼む側だぞ、俺から媚を売らなくてどうする。


「……面白い御仁だが、少々頭がおかしいと見える。良い商売になりそうですな!」


 どこからそう思ったんだこの奴隷商。

 俺の媚売りが功を奏したという事だろうか? やったぜ。

 楽するためなら、プライドなど安いものだ。


「この地の領主になるつもりはあるかい……えーと」

「ワタクシはウルマース。しがない商人ですよ、旦那」


 ウルマースか、売りますと覚えよう。

 うるます、うります。なんかのマンガのキャラが言いそうな言い換え方よな。


「……奴隷商に領主になれと? 正気ですか?」

「名目は俺がトップだ。だが実務は面倒。金は好きなだけやるから良い感じにしろ」

「いいかんじ」


 聞き返すウルマース。

 俺が良い感じというと聞き返される事が多い気がするんだよな。


「は、反対です! 殿下!」

「どうしたバケツ頭?」

「奴隷商など人間の屑です! こいつは、こいつはヴェルヴェルク領の民を捕獲し、売りさばいているのですよ!」

「そうなの?」

「へへっ」


 金歯を見せて笑うウルマース。マジらしい。

 バケツ頭よく気付いたな。

 いや、そういえば現地まで買い付けがうんぬんって言ってたなこいつ。


「……んぁー」

「殿下……」


 別によくね? って思うが。

 バケツ頭はガチ目に嫌がってる。声に悲壮感がぱーりないって感じだ。

 こいつ、なんだかんだ南方から寒い所飛ばされて可哀想だし。

 一応、唯一のちゃんとした家臣だし。

 ……無視して謀反されるよりは、楽かなぁ。


「じゃ、この話はなしで」

「へへっ。ワタクシも普通に冗談かと思ってましたから、大丈夫ですよ」

「たすかる~」

「殿下ぁ……!」


 感涙した声のバケツ頭。

 お前ほんと分かりやすいな。鎧だからギャップで可愛いし。ずっと兜被ってろよ。

 そいつはさておき。


「仕事丸投げできねぇならいらねぇな。じゃあね」

「ちょちょちょいっとお待ちを旦那、旦那!」


 立ち去ろうとした俺に食い下がる、ウルマース。


「なにさ! 俺もう一日の仕事エネルギー使い切っちゃったんだけど!?」

「早い。いえね、へへっ。ワタクシから良い話がありまして……」

「ちょっと泣ける話系は大っ嫌いだから笑える奴にしてくれ」

「笑えますとも!」


 冗談で返したつもりだったんだけどな。


「働きたくないなら、奴隷を働かせりゃあ良いんです!」


 天才かぁ~~??


「褒美を遣わす」

「ありがたいお言葉」

「殿下! まさか奴隷を買うと!?」

「そう言ってんじゃん!」


 このウルマースという男は気に入った。

 しかし、まだバケツ頭は気に入らないらしい。


「奴隷商に利益を与えると?」

「うん」

「穢れた血の獣人まで押し付けられたうえに!?」

「うん……?」


 穢れた血。

 何度か聞いたし劇でも見たな。

 あー。

 フィクションだと思ってたが、この世界の獣人は差別される側らしい。

 びっくり。外国の歌劇じゃ結構主人公とかやってたが、そもそも翻訳が『穢れた血』な時点でおかしいわな。


「そんなに嫌か? ケモミミ。可愛いじゃん……」

「醜いですよ! 我がホルン王国がかつて戦ったのはこのヴェルヴェルク領のすぐ鼻の先、穢れた血が蔓延る……」

「あー。戦争戦争うるさかったけどあれ獣人相手なんだ」

「そうですよ!!」

「……本当に王族でらっしゃる?」

「いや、あっしらに聞かれても」


 見た目違う+昔戦争した敵。

 うん、そりゃ気に入らないわ。


「じゃあ買う。いくら?」

「えーっと何匹くら……」

「殿下ぁ!?」

「よくないぞ、バケツ頭」

「へ」


 俺ニュート氏、ちょっと怒る。


「今の時代、その発言はな……」

「じ、時代」

「ヘイト発言として問題視される」

「すいません殿下知らない単語が出て来てもう分かりません」


 いかん正論が通じない。

 単純にケモミミ好きだから欲しいだけなんだが、説得が難しい。

 まぁいいや、どうせ家臣だし。

 さっきお願い聞いたし一つくらい無視して良いよね。


「じゃ全部ちょーだい」

「は。金貨300枚くらいに……」

「盗賊ー 金袋もってきてー」

「あいよー」

「殿下ぁあああ!?!?!?」

「もってきやした」

「でかした」


 諦めろバケツ頭。世界とは、常に不条理なものだ。

 金貨を数えて渡す。300ってなるとでけぇな。

 えーっと、一袋100枚だから。とりあえずどさっと出しちまおう。


「ほい、300枚」

「……あのう、こいつは白金貨では」

「あ、足りない?」

「いえむしろ1枚で金貨100枚くらいに……」

「釣りはいらねぇ、とっときな」

「旦那? 旦那ぁ!?」

「じゃあおまけしてくれよー 飯とか飯とか、あっそうだメイド服ない? イヌ耳に着せたい。ネコミミでもいいな……」

「ひ、ひぇ……」


 あ、ウルマースが漏らした。



 奴隷を引き連れ、帰る。

 俺は先頭で馬車に乗りつつ。

 後ろでは四十人くらいのケモミミ軍団が大量の食糧が入った麻袋を抱え、前の御者台ではバケツ頭がぶつくさ言ってる。


「穢れた血までも民と認めるなど……殿下は一体?」


 ふふ。


「…………時代、か」


 俺にもわからん。


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