第07話 手術台

 ――ここまでのあらすじ


 大学生の稲穂いなほは目覚めると全裸で暗闇の中にいた。当てどなく岩肌の上をはい回り中でどうして自分がここにいるかを思い出す。

 サークルの主催者・宇堂だ。彼が稲穂に眠り薬を盛って失神させ、ここまで連れてきたのだ。

 その後、稲穂は暗闇のなかで光輝こうきという青年と会い、不安と恐怖を和らげるために情交を果たす。

 光輝は野萩やはぎという男との出会いを語り始める。

 野萩は「誘拐」から「手術台」に連れて行かれるまでの一部始終を覚えていた。なぜここに連れてこられたのか、どういう目的なのか――その答えを知っていた。

 稲穂たちを取り巻く謎がいま紐解かれる――。



*************************


「俺を乗せたは高速道路を下り、更に人気のない山道――車体の揺れから山道と判断するのに十分だった――を登っていった。整地された場所で車は止まり、俺はストレッチャーのようなものに載せ替えられた。


「ストレッチャーは静かな建物の中を進んでいった。ここまでくると、眠り薬が効いてきたのか、さすがの俺もところどころ意識が揺らいできた。いつの間にかヒヤリとした平たい台の上に寝かされていた。裸でな。


『検体を用意した』


「そう言ったのは年嵩としかさの方の男――天剛てんごうだった。


『さっそくスキャンに掛けましょう」


「若い方――宇堂が言った。


「足の先から頭のてっぺんにかけて俺の身体の上を何かが移動した。それはどうやら機械のようだった。ピーッとシンセサイザーような音がしていた。俺は『スキャン』という単語と合わせてMRIのようなものを連想したね。何かが俺の身体を調べ上げたんだ。


『体重78kg、身長179cm……』


「第三者の声がした。若い女の声だった。


『心身ともに健康』はずんだ声で宇堂は言った。『この男は〈プレイヤー〉として一際すぐれた特性を持っていますね』


『適応力も高く、〈暗闇〉の〈儀式〉でも高い生存率を誇ることでしょう』と女。


『だが、いささか傲慢にすぎる』と天剛。『すぐれた肉体とは言え、地球人アースリングの強さは他の地上動物と比べてたかが知れている。ライオンのような牙も、灰色熊グリズリーのような爪も持たん。果たして此奴きゃつの人格が吉と出るか凶と出るか』


『すべてはに分かること――我々からすれば遠い未来の話ではないでしょう』女は確かにそう口にした。『すべての〈プレイヤー〉がいかに〈暗闇〉から〈出口〉に到達できるか。その成功確率が高ければ高いほど、我々の生存可能性も高まります』


『全ては彼らが彼ら固有の能力をいかに使うかにかかっています。。彼らが彼ら自身を救うことを願いましょう』


「それから頭がぼやけ出した。急に睡魔がやってきたんだ。やつらは『〈本体〉を元の場所に戻せ』とか『記憶のクリーニングをしろ』『〈記録計レコーダー〉の手配は』などと訳の分からないことを話していた。


「それから目の前が暗転して、ここにいるというわけだ。あの時はよく分からなかったが、今になってようやく奴らの言っていることが分かったぜ。


「要するに、俺たちはやつらの何らかの〈儀式〉=〈実験〉に〈プレイヤー〉つまり〈被験者〉として投入されているということだ。やつらの発言から察するに今は西暦2500年の世界。俺たちはそれまで冷凍されていたんじゃないかな。こうして2500年の世界にとき放たれたというわけだ。


「俺たちがどうやってこの〈暗闇〉から〈出口〉に到達することができるか、奴ら――天剛や宇堂は監視しているのさ。すべては奴らのいう奴らの〈進化の袋小路〉から自分たちを救い出すため……」


 稲穂さんは、この話を聞いたときの俺の感情を分かってくれるだろうか。


 野萩自身が言ったようにたしかに『ぶっ飛んで』『突飛な』話だった。俺はしばらく野萩のパーツの大きな目と鼻と唇を見つめていた。


「奴らは……一体何者なんだ」


「分かるだろ?」と野萩。「俺達のことを『地球人』と呼んでいるんだ。つまりってことだろ」


「……外宇宙から来た――エイリアンだとでもいうのか」


 野萩は何も答えなかったが、その沈黙が答えだった。


 エイリアン――笑ってしまうような話だ。まるで不出来なB級SF映画のストーリーみたいじゃないか。

 

 だが、そう考えると納得せざるを得ない。実感があったんだ。俺が記憶を失う前に目にしたもの――女の笑顔の法外なまでの冷たさ。あんな笑顔はにはできない。


「じゃあ、なんだその――さっき話に出たってのは何に使うんだ」


 松明たいまつが照らす暗闇のなかで薄笑いが広がった。


「ゲームには盛り上げ役がいるだろう? 俺が思うに奴らは何かを作っているんだよ。例えば恐ろしい化け物なんかをさ」


「嘘だろ!?」


「嘘を言っているつもりも、真実を言っているつもりもない。俺の考えだよ。真実が知りたかったら――」


 野萩は頭上に手をかざした。一本指を立てて。


「ここを覗いている連中に尋ねな」


「そこにいるのか!?」喉が裂けるぐらいの大声で俺は叫んだ。「いるんだろう? 聞こえているんだろう? なら答えろ、俺に何をして欲しいんだ! 何を求めているんだ!」


 沈黙。


 重苦しい沈黙だけ。


 答えはなかった。


 その後、野萩とは死に別れることになるのだが――その話は長くなる。後でするとしよう。


 その前に、稲穂さん、喉が乾いているだろう。


 近くに水場がある。


 ひと息つこうじゃないか。


 ――なぜ分かるのかって?


 俺は人より鼻が利くんだよ。水の匂いが分かるんだ。もう少し歩いた先にあるはずだ。さあ、付いてきてくれ。

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