第06話 1996
「大体、
「パーティ会場で出会った『実業家』にオイシイ投資話を持ちかけられ、付いて行った。そんで、やつのジャガーに乗って、ブランデーを飲んでいたら目の前が真っ暗になった。一服盛られたんだ」
野萩の視線が、俺に向けられた。
「――ここからはさっき予告したとおりにぶっ飛んだ話になる。まず、その辺に腰を下ろしてじっくり話そうや」
俺たちはそうした。
「俺は薬物というものに少し耐性があってね。前に
俺は息を呑んだ。ここまではいかにもあり得そうな話だ。それだけに、野萩の言った『ぶっ飛んだ話』が何を指すのか、想像もできなかったのだ。
「荒々しくそれでいて優美なエンジン音を立てて、俺を乗せた車は再び発進した――繰り返すが視界は真っ暗だったよ。
「どこか人の多い通りで一度停まった。ドアが開いて、助手席のシートに体重が掛かった。ドアが閉まり、また車は動き出した。
『〈ボディ〉の手配は済んだか?』
「
『はい。フィリピンから十六体入ってきますよ。ブローカーの連中、新鮮なのを用意するって言っていました。張り切ってますねえ』
「助手席の男は、口調から判断する限り、いかにも軽薄そうな雰囲気があってそれでいて抜け目ないような印象があった。男は続けた。
『
『野蛮な連中だ』天剛は吐き捨てるように言った。『その野蛮な連中にしか進化の袋小路にある我々を救えないという――その事実こそが腹立たしい』
『そして、その地球人に身をやつしているという事実も実に口惜しいものですな』
『口を慎めよ、宇堂。私とて業腹なのだ。奴らの肉体、奴らの神経系、奴らの思考でものを考えることがな』
「話の内容は訳が分からなかったが、何やら不穏な話をしていることだけは分かった。
「車は高速道路を走っているようだった。しばらく無言だった。途中、宇堂がラジオを付けた。ラジオからオアシスのヒット曲『ワンダーウォール』が流れてきた。
『音楽というものは耳障りだ。消せ』
『私は好きですね。音の高低、大小、リズムの強弱によって感情の波を操らせる作業はとても楽しい』
「俺は音楽が止まらないように祈った。どこに連れて行かれるのかという恐怖のなか、この曲にまつわる昔の恋人との思い出が蘇ってきて少しは心を温めてくれたからだ。まあ、このシングルが出た去年には別れたんだがな」
「――ちょっとまってください、野萩さん」
俺は話を遮った。
「どうしたんだ」
「いま聞き捨てならないセリフがあったんです」
「なんだ、俺の恋人の話か?」
「オアシスって昔のバンドですよね? 去年って言いました?」
「ああ、言ったよ。ところで、お前は何年から来た?」
妙な質問だと思った。今までこんなを質問されたことがなかった。要するに、今の西暦を聞かれているのだと思って俺は答えた。
「2017年ですよ」
「そうか」
「俺は1996年から来た人間だ。つまり、俺にとってお前は未来の人間ということになる」
「どういう話……?」
「分からないか? 1996年に拉致された俺と、2017年に拉致されたお前とが今こうして一堂に会しているということだよ」
のどが渇いてきた。そういえば、水分を一滴も取っていなかった。汗が吹き出てきた。暑くもないのにどうしてだろう?
「驚愕しているって顔だな。俺もこの状況を完全に飲み込めている訳じゃないが、もしかしたら理解のヒントになるかもしれない……まあ、話の先を聞いてくれよ」
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