156 創世神話Ⅱ『破られるための約束』
ミティス、リュノ、セレスは無事に神導学園に入学した。
学園は全寮制ではないが、大半の生徒は寮に入る。
勉学に集中するためだ。
生徒の多くは本気で“神”になることを目指す者ばかり。
中学とは違う、ギラギラとした熱気にあふれる生徒も多く、三人は入学式当日から空気に呑まれていた。
「いやあ、さすがにすっごいね。みんな本気も本気って感じ」
激動の初日が終わり、寮に戻ってきたセレスは、部屋に入るなりベッドに腰掛けた。
「それあたしのベッド」
遅れて部屋に入ったミティスが鋭く指摘する。
「甘いなぁ、ミティスはあたしのものだってアピールするために匂いを付けてるのさ。これで夜も寂しくないじゃん?」
「あんたは犬か!」
「ふふふっ、今日からはずっと一緒にいられるんですから、寂しいわけがありません」
「リュノ、それはそれでズレてるわ」
「あら、そうでしたか?」
首をかしげるリュノの可愛らしさに、ミティスの呆れ顔は微笑みに変わる。
学園の寮は、寮といっても実質アパートのようなもの。
学食とは別に専用の食堂が用意されているが、使うかどうかは生徒の自由だ。
また、売店や書店、図書館、娯楽施設まで揃っており、生活のほとんどが寮の中だけで完結してしまいそうなほどだ。
実際、そのために作られた施設なのだろう。
外に出ることなく、生徒に神になることだけを考えさせる――それこそが、神導学園のあるべき姿なのだから。
「ですが改めてみると、恐ろしい施設ですね」
「説明会のときも驚いたけど、オリエンテーションで隅々までみるとさらに驚かされたわ」
「あたし、もっとガチガチの真面目学校だと思ってたけど、勉強以外の施設も充実してるんだねー」
「神様になる方法は勉強だけじゃないもの」
「人格、人間関係、身体能力、さらには運の巡りまで――あらゆるものをトータルして決めるそうですからね」
「中には運の良さだけで神様になった生徒もいたって聞いたわ」
この学園には、毎年千人近くの生徒が入学する。
それだけ人数がいれば、中には驚くほどの強運の持ち主もいるものだ。
「あー、わかるなぁ。勉学の神様とかよりシンプルに幸運をもたらす神様のほうが拝みたいもん」
「勉強してもらわないと私たちが困るんだけど?」
「そうですよ、どうせなら同じクラスで生活したいですから」
「そこは安心して。今日のクラス分けテスト、セレスちゃん絶好調だったんだから!」
「ふーん」
「何だその目は、信じてないなー! 見てろよ、ミティスよりいい成績取っちゃうんだからねーっ! 仮に成績が悪かったとしても運良く同じクラスになるんだからー!」
「さっそく不吉なこと言ってるじゃない……まあ、私も頑張ったところで、必ずしも同じクラスになれるわけじゃないんだけど」
「大丈夫ですよ。今までだって、私たちずっと一緒だったんですから」
テストの結果が出たのは翌日のことだった。
古今東西から大勢の秀才が集まるこの学園でも、リュノは安定して5位以内を取り続ける。
あまり本人は自慢しないが、彼女は間違いなく天才と呼ばれる類の人種である。
続けてミティスも、『リュノと離れたくない』という一心で食らいつき、25位。
最後にセレスだが、彼女は少し遅れを取って57位だった。
1クラスあたりの人数はおよそ30人。
このままではセレスだけ弾かれる。
彼女は、ミティスが絡むのをはばかるほど、明らかに落ち込んでいた。
近づくだけで体が重くなるほどの落ち込みオーラを放っていた。
しかし、実際にクラス分けがされてみると、セレスもリュノやミティスと同じクラスだった。
元々、クラス分けは必ずしも成績のみで決められるものではなく――セレスの場合、どうやら身体能力の高さが評価されたらしい。
セレスは復活し、いつものうざい彼女に戻った。
こうして、三人の学園生活は順調にスタートを切ったのだった。
◇◇◇
神導学園の授業は、非常にレベルが高いことを除けば、他の高校と大差はない。
ただし、教鞭をとる教師たちは一味も二味も違う。
なにせ“神を選ぶ”役割なのだ。
本来なら人間などが務められるものではない。
なので“大いなる意志から選ばれた者”だったり“星の意志に祝福された者”、あとは“使徒”などという、非常に大げさな呼び方をされることがある。
そして教師自身も使命に燃え、常に監視するかのように生徒たちを観察していた。
文字通り、一挙手一投足を見られているのである。
入学から三ヶ月がたったある日の昼休み。
食堂で食事をとっていたセレスは、ぼやくように言った。
「このガッコさ、心が休まらないよね……」
後ろの席に座っていた見知らぬ女生徒が、肩をビクッと震わせ軽く怯える。
正面にいるミティスも思わず苦笑した。
「セレスって怖いもの知らずよね」
「今のも聞かれてるから? あたしはフリーダムなの。自由になりたいのぉー!」
「まあまあ、落ち着いてください」
「確かに広い割に窮屈だとは感じるけどね」
「そう、それ! 何か自由が無いっていうかさあ。そりゃみんな目指すところは神様一個だけだから当然と言えば当然なんだけどさー」
「もしかして、陸上部でも同じ感じ?」
「イエース」
不服そうにふざけるセレス。
普通の高校なら、陸上部に入った生徒は大会を目指したり、自分の記録に挑戦する者が多いだろう。
だがこの学園だと、部活ですら神に選ばれるための手段に過ぎない。
「見てる向きが違うのよ。噛み合わないっていうか……」
「それで最近、部活で悩んでるような素振りを見せていたんですね」
「にゃはは、そう見えてた?」
「いつも脳天気なセレスが少しでも落ち込んでたらそりゃ心配するわよ」
「面目ない。今度お礼に添い寝してあげるね?」
「いらん!」
きっぱり拒否するミティス。
まあ、お礼など関係なしに、勝手にベッドに潜り込んでくるのがセレスなのだが。
「でも表には出さないだけで、神様を目指してない生徒もいるみたいよ」
「へ? せっかくこの学園に入ったのに?」
ミティスはフォークでパスタをくるくると巻きながら言った。
「入った時点で箔が付くの」
「にゃるほど……確かに、履歴書の学歴欄にラメ付きのペンで書きたくはなるかも」
「それ、わかる気がします」
「リュノっちもラメペン好きなの? あれかわいいよねー!」
「話を斜め上に蹴飛ばすんじゃないの」
「私の場合、この学園……というよりは、身内に神様がいたら、という話になるんですが」
それはリュノの実体験だった。
今でこそ彼女の両親は裕福だし、おおらかな性格をしているが、兄がこの学園に入り、神様に選ばれるまではもっとギスギスした家庭だったそうだ。
(うちほどじゃなかったけど、共感するとこがあったから、私とリュノは親しくなったのよね……)
ミティスは昔を思い出す。
それこそ出会いは幼稚園時代にまで遡るのだが。
家庭に問題があるミティスとリュノ、そして全く関係ないのに絡んでくるセレス。
(……そう考えると、セレスの異常さが際立つだけだったわ)
色んな意味でイレギュラーな存在である。
それはともかく、身内に優れた身分の人間がいると、周囲の見る目が変わる――ミティスもまた、それを第三者の視点で見てきたわけだ。
「パパとママ、講演会なんかで引っ張りだこだもんね」
「うん……」
実の娘としては、それは素直に喜べないことなのかもしれない。
以前と変わってしまった両親の件だけではない。
二度と会えない兄のことだってそうだ。
リュノの兄は、この学園に併設された
肉体、精神ともに人ではないものに変わり、新たに生み出した世界で神として暮らしているのだ。
リュノの話によれば、彼は自分が人でなくなることを、さほど嘆いてはいなかったらしい。
このあたりの感覚は、
最近はよくメディアなどで『若者の神離れ』なんて言葉も聞こえるぐらい、神様になることにこだわらない人が増えてきた。
だから、リュノとその両親の間には、神の認識に大きな隔たりがあるのだ。
(私もリュノも、神様になりたくないわけじゃない。でも離れ離れになるぐらいなら、ならないほうがいいな)
息子が神になった結果、豊かな生活を手に入れた両親は神という存在への信仰心も強く、彼らの前でそんな本音が言えるはずもない。
これはリュノとミティス、そしてセレス――三人だけの秘密だ。
「リュノのその顔。パパママが忙しくて娘が寂しい思いをしてるパターンだなぁ~?」
「でもねっ、きっとミティスと姉妹になれたのは、そのおかげなのかな……とも思うから」
「それはあるかもねー。お金ないと引き取るの大変だろーし」
「わかってるわよ、私も。本当の娘同然に接してくれて、ほんとに感謝してるもの」
今やミティスは、すっかりアプリクス家の娘だ。
最初はちゃんと家族になれるのか、という心配していたが、とんだ杞憂だった。
この寮に入るときだって、心から両親ともに寂しがり、ミティス自身も別れを惜しんで目に涙を浮かべたぐらいなのだから。
「んでもさ、あたし思うわけよ。みんな神様になるんだーって必死に頑張ってるけど、なれなかったらどうモチベーション維持すんのかなーって」
「どうとでもなるわよ、この学園に入れる能力があるなら」
「でもさ、将来的に『私は神になるべき人間だー!』みたいなこと言い出して、『アイアムゴッド! ひれ伏せ人類!』とかなんないかな」
「たぶん、ならないんじゃないかなあ……」
「リュノがそう言うんならあたしが間違ってたのか」
「あんたリュノの言うことは割と素直に聞くわよね」
「んじゃあさ、リュノとかミティスはどーすんの? ここ卒業したら」
そう尋ねられ、リュノとミティスは思わず見つめ合った。
そして何も言わないまま数秒が過ぎ、二人の顔が赤らんでいく。
「ラブビームでも出し合ってる?」
「ち、違うわっ! そんなんじゃなくて!」
「そ、そうですよ、ただ私はっ、卒業したらミティスとセレスの子供がほしいなって思ってただけで!」
「ほんほーん、子供ねぇ……子供……ホワッツ? チャイルド!? しかもミーまで!?」
「リュノ……そ、それ本気なの……?」
混乱の末、思わず本音を口走ってしまったリュノは、手で口を押さえて顔を真っ赤にした。
そのリアクションで、答えを聞かずとも本気だとわかってしまう。
赤面は伝染する。
ミティスやセレス、そして近くで聞いていた別の女生徒にまで。
「大胆発言にセレスちゃんは言葉が浮かばないので、ミティスさんリアクションをどうぞ」
「私に振るな!」
「嫌……でした、よね。ごめんなさい、忘れてください」
「い、いやっ、嫌じゃないし! 私だって産みたい!」
「本当にっ!?」
「うん……本気」
「おおーっと、ここでミティス選手のカウンターだーっ!」
「あんたも何か言いなさいよセレス!」
「あたしも!? え、えっと……ミティスとあたし、どっちの子供が先にほしい?」
「そこ聞く!?」
「えっと……あぅ……どっちから先とかは、決めてないけど……最終的に、二人の子供を産んで、三人で暮らせたらいいな、って……」
ちらちらと上目遣いでミティスとセレスを見るリュノ。
そのかわいさにやられたミティスは言葉を失い、セレスもボケを封じられる。
リュノは――元から、そういう願望は持っていたらしい。
まあ、今どき人工妊娠を使い同性で子供を作るのは珍しいことではない。
神になれなかった人の使命は、人間という種を増やして神になりうる人の候補を生み出すこと。
学園卒業後の進路として教師に言えば、『お前は人類の鑑だ!』と言われ称賛を受けることだろう。
しかし、リュノのそれは、人の本能から来るものではない。
純粋に、ミティスとセレスが好きなのだ。
「……あの、ですね。一応、私の願いっていうか。理想の未来みたいなやつ、ですから。そう、妄想みたいな感じです」
「まあ、あたしもその妄想、現実にできたらいいなとは思うケド」
「私も同感よ」
「えへへ……ありがとうございます」
はにかむリュノを見ていると、ミティスとセレスはそれだけでハッピーになる。
そんな相手とずっと一緒にいられるのなら、他に幸せなんて無い。
「ミティスさんや」
「何よセレス」
「リュノとの子供の名前、どうする?」
「さっきから気が早いのよあんた!」
「あっ、最初の子供の名前はもう決めるんですっ」
「そうなんだ。リュノはどんな名前がいいと思ってるの?」
「私は――」
ミティスの問いに、リュノは少し照れくさそうに答えた。
「メアリーにしたいと思ってます」
それを聞いて、ミティスは自然と素直な感想がこぼれた。
「可愛い名前ね」
「えへへ、そう言ってもらえると嬉しいです……」
褒められ、はにかむリュノ。
「うん、あたしが考えてたゴン三郎より100倍いい」
「ねえ本気? それで本気で言ってる?」
「ごめん、そうだよね……長女なのに三郎とか、センス無いよね、あたし……」
「ツッコミどころそこじゃないから」
「私はゴン三郎もかわいいと思いますよ!」
「いやリュノも無理にフォローしなくていいの」
「間をとってメア三郎でもよくない?」
「なるほど、合体ですね!」
「ミティスも何か合体させようよ、三体合体! ファイナルメア三郎! いやいっそメカ三郎にする? ファイナルメカ三郎!」
「かっこいいです!」
「ごめん私にはついていけないわ」
明るい未来を想像して、騒ぐ三人。
(私たちの子供がメアリーか……)
ああ――本当に、なんてかわいい名前なんだろう。
ミティスはそのとき、心からそう思っていた。
◇◇◇
学園での生活は窮屈なままだったが、慣れていくうちに視線は気にならなくなった。
三人は、本気で神になることを目指す生徒から『一緒に行動するなんて甘っちょろい』と言われながらも、順調に成績を伸ばしていった。
一番大きいのは、教え方のうまいリュノの力があったからだろう。
一年生最後のテストでは、リュノは学年三位、ミティスは八位、セレスは十三位とかなりの成績を残した。
残念ながら、その年の神様候補には選ばれなかったものの、三人とも、来年の候補に選ばれるかもしれない――そんな噂が流れる程度には、彼女たちはうまくやっていた。
◇◇◇
順調な学園生活。
しかし一年生最後の春休み、ある事件が起きた。
それはミティスとリュノが実家に帰省したときのこと。
久しぶりに帰ってきた家でくつろいでいたリュノは、ふとミティスの部屋に足を踏み入れた。
部屋の主は出かけていて家にいない。
なのに勝手に入るのはどうなんだ、と普通なら言われるところだが――リュノもミティスも、基本的に同じ部屋にいるのが当たり前だったし、今もそうなので、そのあたりの感覚が麻痺しているのだ。
そして何年前か、よくミティスから借りて読んでいた漫画が机の上に並んでいるのを見つける。
何となく手に取ると、かさりと紙の音がした。
気になって、引き抜いた本と本の間を覗き込むと、奥でなにかの“紙”がくしゃくしゃに潰れているではないか。
リュノは手を突っ込んで、それを引っ張り出してみた。
「封筒に入った……手紙、でしょうか」
封筒には何も書かれていない。
フタは糊付けされておらず、破らずとも中身を取り出すことができた。
リュノは迷った。
ミティスのプライベートに関わるものではないか。
彼女は今、出所後に一人暮らしを始めた実の母親に会いに行っている。
本当はリュノに見せていないだけで、手紙のやり取りがあっていたのかもしれない。
(ですが、それなら宛先ぐらい書いてあるはずですし……)
そう、最大の疑問点はそこだった。
まあ、ミティスが帰ってきてから確認したらいいだけなのだが――リュノがこうして言い訳を重ねているのは、何となく“気になる”からだ。
もしこれがミティスの隠し事だとしたら。
互いにほぼ常に一緒に行動して、共有していない秘密なんて無いと思っていたのに。
良心の呵責はある。
しかし、完全に好奇心のほうが上回ってしまっていた。
「ミティス、ごめんなさいっ!」
そして結局、リュノは手紙を見てしまったのだ――
◇◇◇
数時間後、ミティスは家に戻ってきた。
久しぶりに会った母親は、ずいぶんと元気になっていた。
最近は男性にも近づかないように心がけている、と言っていたが……しかしミティスにはどうにも、彼女に気になる人がいるように思えてならない。
恋愛は本能に近い感情だ。
ミティスが『リュノを嫌いになれ』と言われても絶対に無理なように、ミティスの母も全てを変えるのは難しいだろう。
だから彼女は去り際に、母にこう伝えた。
『相手はちゃんと選びなよ。お母さん自身のために』
母は少し寂しそうに笑っていた。
ひょっとすると、彼女は自分と親子に戻ろうとしているのかもしれない――そんな淡い願望を見越した上での、ミティスからの軽い拒絶だと受け取られたのだろうか。
そういう意図が無かったと言えば嘘になる。
母は母だ。
情もある。
だが、どちらか一つを選ぶのなら、ミティスは今の暮らしを選ぶだろう。
両親は優しい。
勉強にも集中できる。
何より――リュノがそこにいるから。
「ただいまー」
玄関をあがる。
少なくともリュノは家にいるはずだ。
ミティスは返事がないことに首をかしげ、「昼寝でもしてるのかな」と苦笑しながら階段をあがる。
そして自分の部屋に入って、そこにいたリュノの姿を見た瞬間、ぎょっとした。
「リュノ、何でそんなに泣いてるの……?」
彼女は、目が真っ赤に腫れるほど号泣していたからだ。
慌てて駆け寄るミティス。
だがリュノは、滅多に見ない、怒りを押さえきれない様子でミティスに掴みかかってきた。
といっても優しいリュノなので、どちらかというと、縋り付くように見えるのだが。
「なんでそんなこと言うのぉっ! ミティスはっ、ミティスは私とずっと一緒にいるんですからあぁぁあっ!」
そう叫んで、ぽかぽかとミティスを叩くリュノ。
(何がなんだかわかんない……!)
困惑するミティスは、彼女が手に紙を握っていることに気づいた。
ちらっと見えた文字で、それが何なのかすぐに気づく。
「げ……リュノ、それ読んじゃったの!? というかどこにあったのそんなもの!」
「漫画の下敷きになってたんです! なんでぇ……私じゃ駄目だったんですか? 一緒にいるだけじゃ、足りなかったんですかぁっ!? なら何でもしますからぁ、ミティスが望むなら何だってしていいですからぁ、お願いだから……死ぬなんて言わないでくださいよぉっ!」
ミティスは困った表情で頭を掻いた。
リュノが発見した手紙、それは間違いなく、ミティスが数年前に書いた『遺書』だったからだ。
「リュノ、聞いて」
「聞きません! こんな手紙が嘘だって。全部違うって聞くまで聞けませんっ!」
「だから聞いてよ、その手紙は昔の。今はもう、こんなこと考えてもないから」
ミティスがそう言うと、リュノは潤んだ真っ赤な瞳を彼女に向けた。
「ほんどうでずか?}
ぐすっ、と鼻水をすするリュノに、ミティスは思わず微笑む。
「本当よ。こんなにかわいいリュノがいるのに、死ねるわけないじゃない。私が死ぬのは、リュノを失ったときだけよ」
「ミティスぅ……」
「リュノ、大好きよ。ずっと一緒にいましょうね」
「うん……うんっ……!」
二人は固く抱き合った。
ミティスはリュノの顔を胸に埋め、彼女が泣き止むまで頭を撫で続けた。
そして数分後――ようやく落ち着いたリュノと二人、ソファに座って肩を寄せ合う。
「その手紙はね、私が虐待を受けてた頃に書いたものなの」
「あのとき、そこまで思いつめていたんですか」
「思いつめてたっていうか、いつでも死ねるって思っとくと、気持ちが楽になったのよ。だから、その遺書を常にかばんとかに入れて、いつでも自殺できるように用意しといたの」
「ミティスが死んでたら、私も死んでました。セレスもです。三人で心中です!」
「うん、今は馬鹿げたことだってわかる。けどあの頃は本当に切羽詰まってたのよ。ほんと……明日の自分が何をされるのか、全然想像もつかなかったし」
近いうちに虐待は一線を超える。
ミティスはそんな予感があった。
家に帰るのが怖くてしょうがなかった。
おそらく、この遺書がなければ早々に潰れていただろう。
「とにかく、今の私には必要ないものだから。こうしちゃいましょう」
ミティスはリュノの目の前で、遺書をビリビリに破って捨てた。
「あ……」
「はい、これで死にたいって気持ちと一緒に全部綺麗さっぱり消えました」
「ミティス……うん。もう二度と、死にたいなんて言わないでくださいね。そのときは、私にちゃんと相談してくださいね?」
「必ず言う。将来を誓いあった仲だもん。でもリュノもだからね。もうお互いに、命は一人だけのものじゃないんだから」
そのまま二人は、両親が仕事から帰ってくるまで静かに寄り添うだけの時間を過ごした。
ただ互いの体温を感じているだけで、他のどんな時間よりも満たされていた。
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