131 巨人再び
王都では、天使とメアリーたちの激しい戦いが繰り広げられている。
一方で王城内――元は近衛騎士たちが使っていた部屋に、中年女性の姿があった。
ヨハンナ・アングリス。
世界の終焉を望む過激な宗教団体、グリム教団の幹部であり、アルカナ『
長い白髪に、白いローブをまとった、やせ細った彼女は、床に描かれた魔法陣の中央に座っていた。
その赤い魔法陣は、すべてが人間の腸で作られていた。
それらの死体はすべて顔の皮が剥がれており、ヨハンナの背後の壁にずらりと並んで飾られていた。
彼女自身も“生贄”の血を浴びているのか、白髪は赤く、ローブも紅く、全身が朱で汚れている。
女はそんな異様な部屋に興奮を覚えているらしく、頬を赤らめ、荒い呼吸に肩を上下させる。
「はあぁ……ああ……なんて素敵な光景でしょう」
彼女の前方にある壁には、カメラで撮影された外の光景が、プロジェクターで映し出されていた。
「世界は確実に終末に向かっております。我らが神、グリム様の導きは正しかったのですね! ああぁっ、グリム様あぁぁ! 救済をぉ、我らに救済をぉおおお!」
床にあぐらをかいたまま、のけぞるヨハンナ。
城内はほぼ無人。
彼女のその異様な声は、廊下にまで響き渡る。
「あはぁ……とても……とても良い気分です。ようやくこの汚れた世界が終わる。世界の中心たる王都に赤い花が咲き誇るとき、すべてはあるべき姿を取り戻すうぅ」
ヨハンナは顔に爪を立てた。
栄養不足で薄い皮膚はたやすく剥がれ、頬から血が流れる。
その痛みすら破滅の予感を強め、彼女の感情をさらに高めるだけだった。
ヨハンナは別に、『
完全に正気だ。
いや――部屋の隅に置かれたお香の中に幻覚作用のある薬草が入っているので、正気と呼ぶべきかは定かではないが、とにかく操られてはいなかった。
ただただ、この世界の破滅を望んで、ヘンリーに手を貸している。
「ですから、抗っても無駄です。滅びはすでに定められている。城門はいかなる物体も通ることができない。従いなさい、哀れな子羊たちよ。救いは諦観の先にあるのですから――」
しかし破滅を望む一方で、その能力は誰かを守るためのもの。
その歪みはいかにして生じたものか、知るものはみな死んだ。
何より、知ることに意味があるとは思えない。
なぜなら、誰も彼もが、決まってどうしようもないからだ。
ヨハンナに限った話ではない。
もはや語るまでもなく、この世界は終わりの渦中にある――
◇◇◇
「車輪パアアァァアァァンチッ!」
アミは両足の車輪で加速し、天使に急接近する。
そして両腕に装備した高速回転する車輪を、拳とともに叩きつけた。
回転するブレードが天使をミンチに変えていく。
肉はぶちゅりと、骨はガリガリと、人間をミキサーにかけたような音を立てながら、
「ギアアァァァァアアアアッ!」
それが天使の叫びとユニゾンして、正気を奪う忌まわしきハーモニーを響かせる。
アミの顔にも肉片が付着する。
「ふんがあぁぁぁああっ!」
彼女は腕で素早くそれを拭うと、今度は背後の天使を車輪で殴る。
「むうぅぅっ! 全然減らないよぉ!」
その天使を始末すると、ちょうどキューシーと鉢合わせた。
二人は背中を合わせ、それぞれ車輪と蟲を放つ。
「百体ぐらいは減ってるはずよ! でも――動きが鈍ってるとはいえ、そろそろキツいわね」
メアリーの行う『
「嫌だああぁあっ! 死にたくないいぃぃぃ!」
「だずげでぇ、人間に、もどじでえぇえっ!」
……精神的にダメージを受けるという欠点はあるが。
しかしこれが無ければ、とっくにメアリーたちは数に押しつぶされていたに違いない。
「く……守りながら戦うにはこちらの人数が少なすぎます!」
弓の扱いに慣れたメアリーは、次々と天使を射抜いていく。
「本来なら矢で射抜くのは天使の役目なのにねぇ」
剣を振るうフィリアスが、冗談ぽく言った。
しかし彼女の表情はかなり険しい。
笑顔を取り繕う余裕すら無いようである。
「ねえ、いっそ住民を見捨てて天使討伐に集中したほうがいいんじゃなぁい?」
「それは――」
残酷な提案のように思える。
しかしそれは合理的だ。
結果的に、どちらのほうが多くの人数を助けられるのか――
そう考えているわずかな間に、天使が眼前に迫る。
振り下ろされた刃を、体をひねって避けるメアリー。
ドレスの胸元がわずかに裂ける。
彼女は傷を気にする様子もなく、手刀を天使の胸に突き立てた。
「散りなさいッ!」
そのまま、自らの腕の内側から、無数の骨の刃を生み出す。
体内から串刺しになった天使を、メアリーは地面に叩きつけ、背中から生やした拳で叩き潰す。
「お見事」
「褒めている場合ではありません!」
「どうせ今だって守りきれてるわけじゃないものねぇ。現状維持が賢明かしらぁ」
それが現実だった。
できる限り、守れる命は守る――そこには当然、自分たちの命も入っているわけだ。
無茶をすれば救えた人もいるかもしれない。
だが彼を救って誰か一人でも欠けたのなら、さらに多くの犠牲者が出るだろう。
結局は今のまま、天使を減らし続けるしかないのだ。
「こんのぉぉおおおおおおッ!」
アミがやけくそ気味に、車輪付きの拳を振り回す。
「アミ、前に出過ぎよっ!」
キューシーが叫んだ。
アミの背後から、肉の槍を手にした天使が迫る――
「やらせるものか」
その天使の頭部を、衝突寸前で銃弾が撃ち抜いた。
ほっと胸をなでおろすアミ。
彼女は銃弾の主を見つけるなり、飛び跳ねて喜んだ。
「カラリア、戻ってきたんだ!」
「すまない、合流が遅れた!」
「いいタイミングじゃない」
その声に、少し離れた場所で戦っていたメアリーも反応する。
「カラリアさん、助かります! ディジーに勝てたんですね!」
「もちろんだ。だが死体の周囲に天使が多い、『
「了解ですっ!」
この混戦の中で『魔術師』を取り込んだところで、あの複雑な能力を使いこなせるかは微妙なところだ。
それより今は、カラリアが合流してくれたプラスのほうが大きい。
「遅れた分は取り戻す! うおぉぉおおおおおおッ!」
雄叫びと共に、刀を手に次々と天使を撃墜していくカラリア。
他の面々も、その活躍に奮起し、ペースをあげていく。
二百体、三百体――その数が半数以下に減ると、さすがに目に見えて攻撃の勢いは落ちてくる。
「喋る余裕があるって素敵よね――再生するな、大人しく死になさぁい!」
“言葉”がキーになるためだろうか、ここに来てフィリアスの表情が活き活きしてきた。
しかしそれは、戦闘中にハイになっているからでもあるのだろう。
肉体の消耗を誤魔化すように、脳内麻薬が分泌されているのだ。
魔力も相応に減っているはずである。
「メアリー、そろそろ巨人に行ってもいいんじゃない?」
メアリーとキューシーは距離を縮め、言葉を交わす。
無論、攻撃の手は緩めずに。
「ですね。では予定通り、まずは私が行きます」
「頼んだわよ。ドデカイのかましてやりなさい!」
「はいっ!」
元気よく返事したメアリー。
キューシーは慌てて彼女の傍から離れる。
「
メアリーの手足から大量の骨が溢れ出した。
実際はそう見えるだけで、全てが魔力で構成された骨なのだが、一見すると人体の容量を無視した超常現象が起きているように思える。
自らが吐き出した骨に、メアリー自身も埋もれていく。
もはや本体がどちらなのかわからない有様だ。
なおもひたすらに骨は積み重なり、固まり、巨大化していく。
やがて人骨の形状が完成する頃には、その高さは二十メートルを超えていた。
こうして、キャプティスでの決戦ぶりに、骨の巨人は顕現したのだった。
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