129 奇術師を屠れ

 



 カラリアはハンドガンを手にすると、屋根の上に立つディジーに向け発砲した。


 ディジーは「おっと」と言う余裕を見せながら、奇術師の杖ワンドを握りカラリアの正面に転移する。


 向き合う二人。




「もう少しぐらい浸らせてくれてもいいんじゃないかな」


「お前の都合などどうでもいい」




 カラリアは銃を篭手に変形、刀を握り、背中のバーニアから炎を吐き出し――これらの動作を同時並行しながら行った。


 跳躍、疾駆、肉薄。


 狙うは斬首。


 純粋培養された殺意のみで構成された縦一文字の斬り下ろし。


 今度は声をあげる暇もなかった。


 ディジーは転移し回避。


 銀刃は空を断ち、飛翔する斬撃は民家を両断する。


 そのとき、カラリアは刀を軽く投げて手放していた。


 そして篭手をハンドガンに変形。


 狙うは右側、屋根に上ったディジー。


 転移後、息をつく暇もなく放たれた銃弾を、彼女はのけぞり回避した。




(杖は使わない、か――)




 『魔術師マジシャン』の能力はバラエティ豊かだ。


 普通、どのアルカナも能力は持っていて一つか二つ。


 しかしディジーはすでに四つだ。


 連続使用の禁止ぐらいのデメリットはなければ、ただのインチキである。


 ――ハンドガンを再び篭手に変形。


 落ちてきた刀の柄を握り、バーニアを使用して、カラリアはディジーを強襲する。


 刃は、再度空を切る。


 今度は杖を使った転移による回避であった。


 カラリアは屋根の上に滑るように着地。


 ディジーは地上に現れる。




「容赦ないなぁ。そんなにあたしを殺したいの?」


「ユーリィ――いや、ユスティアを殺した以上、私がお前への殺意を失うことは絶対にありえない!」




 殺意を刃に込めて、カラリアは斬りかかる。




本物の・・・ユーリィから聞いたんだよねぇ、あの女がどれだけ身勝手だったのかを!」




 笑いながら転移を続けるディジー。




「だからどうした、と言いたくなる程度の話だったなぁッ!」


「やっぱり当事者じゃないとわかんないかなぁ? あの地獄が! 苦しみが! ユスティアにぬるま湯の中で育てられたカラリアじゃあさあッ!」


「そんなことはどうでもいい、対話など無意味だッ!」




 ディジーだってそれをわかった上で語りかけてくる。


 カラリアの動揺を誘おうとして――




「お前はユスティアを殺した、それがすべてだ。悲しい過去だの地獄だの知ったことか! お前は罪を償って死ね!」




 そんな悪意ごと、彼女は刃で切り伏せる。




「あっはははははっ! わかりやすくていいねぇ、カラリアは!」




 なおもディジーは余裕をアピールするように笑っているが、一向に攻撃してくる様子がない。


 いや、回避に専念しているため、攻撃できないのだ。


 身のこなしからそれを読み取ることはできる。


 しかし、声から読み取れる感情は別だ。




(焦りが全く感じられない。追い詰められ、死が迫っているというのに、なぜ心に余裕がある!)




 それは、まるで自らの命に価値を感じていないかのよう。


 カラリアの脳裏に浮かぶ一つの仮説。


 ディジーは最初から自分の命に価値を感じていない、他のホムンクルス同様に死んでもいいと思っているのではないか。


 だが、そうなると彼女が事あるごとに逃亡したことと辻褄が合わない。


 辻褄が合わないことといえば、他にもある。




「私がわかりやすいんじゃない、お前たちが異常なんだ! すべてが理解できないッ! なぜだ、なぜユスティアを狙った! 貴族に弄ばれた人生を忌み嫌うというのなら、真っ先に憎むべきは原因を作ったユーリィだろう!」




 研究所でユーリィが語った過去。


 ホムンクルスたちが貴族に買われたことに、ユスティアは直接関わっていないはずだ。


 何なら、ユーリィのほうがずっと近い場所にいたはず。




「死体を憎んでも虚しいだけだよ」




 ディジーは急に冷めた声で言った。




「ユスティアがカラリアを連れて施設から逃げたあと、ユーリィは研究の責任者になった」


「それは聞いた。忙しさと責任に押しつぶされたんだろう? ホムンクルスを救う余裕がなかったんだろう? だからか? たったそれだけで、もう憎んでも仕方ないとでも言うつもりか? ならばユスティアだって狙われる理由はないだろう!」


「まあ、殺害を指示したのはユーリィだけどね。でもさ、カラリアが言ってるそれは原因・・さ」


「原因?」


「ユーリィは、ユスティアが君を連れて逃げてからほどなくして――施設内で首を吊ったのさ」




 ふいに、カラリアはユーリィの隠された研究室で見つけた、ユスティアの肉体のコピーを思い出した。


 その中に、首を締め付けられたものがなかったか。


 タイトルに『痛みの共有』と名付けられていなかったか。




「他の研究員のおかげで奇跡的に助かったけど、脳にダメージが残ったらしくてね。それからずっと、頭がイカれたまま生きてんの」




 気づけば、二人は手を止めて言葉を交わしていた。


 対話など無駄と言っておきながら――と自嘲しながらも、カラリアは聞かずにいられない。




「多重人格なのか、感情が制御できないのか、彼女自身もわからない。でもさあ、ユスティアが死んだとき、あの女は自分で命令したくせに、死体を前にわんわん泣いてたよ。『何で殺したんだ』って、あたしに掴みかかりながら」




 壊れている。


 狂っている。


 確かに、カラリアたちもユーリィと面と向かって話したとき、そう感じた。




「あはははっ、笑えるでしょ? あいつもうぶっ壊れてんの。できればあたしだって殺したかったよ? 苦しめたかったよぉ? でも、復讐するまでもなく、勝手に自滅してたの! 迷惑な話だよねえ、殺せないじゃん! 復讐できないじゃあんッ!」




 ディジーは憎悪を隠さず、そう吐き捨てる。


 憎めるものなら憎みたかった。


 いや――今だって憎んではいる。


 だが殺したところで、それはユーリィにとっての贖罪になってしまうだろう。


 善の人格に、殺してくれてありがとうと感謝されるだろう。




「しかも研究所の職員たちもさァ、みぃんなユーリィが天使に変えちゃったし。あたしら誰を憎めばいい? そう、ユスティアだよねえ。カラリアだよねえ、ヘンリーだよねぇ、ドゥーガンだよねぇ。それとメアリーも! 一度範囲を広げちゃうと一気に増える。でも、そうするしかないんだよ、折れた心を支えるにはさあ!」




 実に楽しそうにディジーは叫ぶ。


 ようやく腹に抱えてきた本音をぶちまけられたと、喜ぶように。




「そうか……わかったよ」




 カラリアはうつむきながら言った。


 刀を収める。


 両手をだらんと下げ、まるで戦意が無いかのような体勢を取る。




「よかった、わかってくれた?」


「ああ――」




 だがすぐさま前を向き、挑発的に笑った。




「お前たちの身勝手さがな」




 篭手はメカニカルに二丁拳銃に変わり、カラリアは右の銃でディジーを狙った。


 ディジーは即座に転移して回避。


 するとカラリアはそれと同時・・に、転移先・・・を狙って、腕をクロスさせながら左の銃を放つ。


 何もない空間を目掛けて飛ぶ銃弾。


 しかし、ディジーはその軌道上に転移してくる。


 杖の連続使用はできない。


 回避も不可能。


 彼女は右の肩を撃ち抜かれ、目を見開いた。




「づうぅっ――こ、こいつ、当ててきたッ? 偶然なの!?」




 カラリアは即座に追撃を加える。


 杖がようやく使用可能になる。


 ディジーは歯を食いしばりながら、転移によって距離を取った。




「自分から仕掛けておいて逃げるのか」




 その場所も知っていたかのように、トリガーを引くカラリア。


 ディジーは横に飛び、転がりながらそれを避けると、王都の石畳を全力で走る。


 建物の向こうに消えた彼女を追跡するカラリア。


 発見するなり発砲し、ディジーの足元を連発された弾丸がかすめていく。


 二人の走る速度には雲泥の差がある。


 距離を離すには、ディジーが転移を繰り返すしかない。


 だが離れるための転移を使えば、回避はおざなりになる。


 両立は難しい。


 結果、どちらも半端になり、ディジーの体には傷が増え、距離もわずかながら縮まっていった。




「直で戦うのは二度目か。奇術師を名乗るだけあって、器用ではあるが――」




 幾度目の発砲――そして幾度目の転移。


 瞬間、カラリアは地面を強く蹴り、背中のバーニアで加速。


 己自身が弾丸のように加速して、転移を終えたディジーの目の前に現れた。




「道具に頼りすぎだ」




 仮面に隠された視線は、銃口を向いている。


 銃弾を避けることに完全に意識が向いているのだ。


 しかしカラリアが放ったのは銃ではなく――顔面を狙ったハイキックだった。




「ふ、ぐぁっ!?」




 コンパクト、かつ鋭い蹴撃。


 スパァンッ、と小気味よく弾けるような音と共に、仮面が砕けながら吹き飛ぶ。


 一緒にディジーも吹き飛ばされ、目玉だらけの醜い顔を晒しながら、地面を転がった。




「ぐ、ううぅ……カラリアあぁ……あははっ、いいねえ、久々に……こういう、痛み、感じたかもぉ!」


「痛みで笑うな気持ち悪い」


「優しいね。気持ち悪いのはこの顔じゃないんだ!」


「黙れ!」




 戦況は圧倒的にカラリア優勢。


 頭部を狙った射撃を、いつもどおりの転移でディジーは避け、屋根の上に移動した。


 口の端から血を流すディジーはそれを拭うと、右手を開く。


 そこに光の粒――魔力が集まると、金の杯の形作った。




「そんなカラリアにぃ……あたしから、最後のプレゼントをあげる」




 中に満たされたのは、赤い液体。




「血で満たした杯……まさか『世界ワールド』の血をすすって天使にでもなるつもりか?」


「やだよお、あんな化物になるの。これはね――誰かさんの血さ」




 杯が傾くと、血が彼女の足元を汚す。


 儀式で使われるような杯、その容量はごくわずかだ。


 だというのに、血はいつまでも尽きずに流れ続けた。


 カラリアは――ふと、寒気を感じた。




「お、気づいたかな? これは略奪者の杯カップ。相手から色んなものを奪っちゃう素敵な能力なんだ!」




 それが自分の体から血液が失われていく感覚だと気づくまでに、そう時間は必要なかった。



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