102 ダーティプレイヤー




 法則が発見されてから数カ月後、カラリアが誕生した。


 本来なら、ユスティアと他の魔術師の血を混ぜ合わせて生み出されるはずのホムンクルス。


 だがその子供からは、なぜか妹ユーリィとの血の繋がりを示す数値が検出された。




「私は黙っていても仕方ないと思って、姉さんに正直に伝えたの。姉さんのあのときの顔……すっごく喜んでくれてた」




 ユスティアが絶望したであろうことは、想像に難くない。


 ユーリィにすらあのことは教えていないはずなのに、なぜ彼女は実行できたのか。


 生まれてきた子供は、幸運なことに、魔術評価は高い一方で、体に異常は認められなかった。


 ごく普通の、身体的にも他のホムンクルスと大差ない女の子である。


 しかしそれは見た目だけの話。


 目の前にいるのは、自分と血の繋がった妹の子供なのだから。




「それから姉さんは、その子にカラリアという名前を付けて、とてもかわいがった。元々、姉さんは自分が身勝手に多くの命を生み出すことを申し訳なく思っていたみたいで、ホムンクルスたちの面倒は見ていたんだけど――カラリアを特別扱いしてたのは、誰の目からも明らかだった」




 ただでさえ、ホムンクルスを生むことに対する葛藤があったのだろう。


 その苦しみはカラリア誕生を期にさらに増大し、ユスティアを追い詰めていく。




「嬉しかったな……私の愛が具現化して、姉さんに愛撫されてるみたいで。けれどある日、姉さんはカラリアを連れていなくなった。きっと、私と姉さんの子供が実験に使われるのに耐えられなかったんだと思う。けどね、決して私を見捨てたわけじゃない。だって姉さんは私の名前を持っていったんだから! 正式な名前がないのがコンプレックスだった姉さんは、そのとき、私の名前を選んでくれたんだ!」




 そしてユスティアは、自分を押しつぶすような罪悪感に耐えきれずに逃げた。


 カラリアを連れて、二度と戻らぬ覚悟で、オルヴィス王国を出たのだ。


 ユーリィという名を借りたのは、罪を背負ったつもりだったのだろうか。


 ユスティアはカラリアが生まれた原因は自分にあると考えていたに違いない。


 そういう人間なのだ。だから『正義ジャスティス』は宿ったのだ。




「それでも姉さんは、私とは連絡を取り合ってくれたんだ。毎年、誕生日にはプレゼントだって送ってくれたんだよ。カラリアもそうでしょう? 姉さん、そういうのを大事にするタイプだから」


「……」


「そうだよね、カラリア」


「……ああ、あの人は毎年、私にプレゼントを用意してくれたよ」


「ふふ、だよね。ちなみにその武器――マキナネウスとミスティカは、私が姉さんに頼まれて作ったんだ」


「そう、だったのか……」




 どうりでピューパ製になるわけだ、と後ろでキューシーが納得する。


 カラリアは、こんな女・・・・が作ったのか、と複雑な心境のようだが。




「ただ……姉さんがいなくなってからの研究所は、それはもう大変だったなあ。研究の要であるリーダーが消えた上に、大事な血液の提供者まで失ったんだから」




 そう苦笑いして、ユーリィは話を続ける。




 ◇◇◇




 ユスティア脱走後、貯蔵していた彼女の血液がなくなると、ヘンリー国王は自ら血液提供を申し出た。


 ただし、掛け合わせるのはブレア王妃の血液だけだ、と条件をつけて。


 おそらくブレアを説得した際、そういう条件が付けられたのだろう。


 彼女は昔から、嫉妬深いところがあった――ホムンクルスとはいえ、ヘンリーと他の人間との子供など受け入れられなかったのだ。




 そして二人の血を使ったホムンクルス、いわゆる“ベータタイプ”と言われる子供たちは、王も王妃も優秀な魔術師だったこと、そして技術の進歩により、ユスティアの血液を使ったものと遜色ない数値を残した。


 しかしまだヘンリーは納得しない。


 彼が目指すのは、最悪のアルカナと呼ばれる『世界ワールド』を宿せるホムンクルスを作ること。


 そのためには、通常のアルカナを宿せる程度の魔力許容量ではまったく足りないのだ。


 技術の向上だけでは追いつかない。


 奇跡が必要だった。


 あるいは、突然変異が必要だった。


 それを可能とするのは――近親者の血液しかありえない。


 ユーリィはそう考えた。




 彼女は秘密裏に、フランシスと接触した。


 まだ幼い彼女からこっそり血液を採取し、それをヘンリー国王のものと混ぜ合わせ、ホムンクルスを作ったのである。


 結果として、それは素晴らしい成果を残した。


 近親同士の血による魔術評価の向上だけではない。


 普通はありえない、異様なまでの魔力許容値の高さ――まさに望んだ“突然変異”は起きたのだ。




『おお、これこそが世界に平和をもたらす器だ……!』




 メアリーの誕生に、王は歓喜した。


 彼は知らないからだ。


 それがブレアではなく、フランシスとの間に生まれた子だと。


 だが気づかなかったのも当然だ。


 金色の髪。


 瞳の色。


 その顔つき――メアリーが似ていたのは、ヘンリーでもフランシスでもなく、まったく別の人物だったのだから。




 ◇◇◇




「あなたが……」




 メアリーはうつむき、声を震わせる。




「あなたがやったんですか……?」


「そうだよ」




 ユーリィは相変わらず悪びれない。


 己の正しさを信じ続ける。




「そうしないとヘンリー国王の願いは叶わなかった。姉さんの研究はいつまでも終わらなかったんだ。だから、そうするしかなかった」


「だからって!」




 メアリーは立ち上がり、大きな声をあげた。




「狂ってます、あなたはどうしようもなく狂っている! どうして勝手に、お父様とお姉様の血をッ!」


「ははっ、お姉様じゃないよ。本当はお母様・・・だったんだ」


「黙りなさいッ、ユーリィ・テュルクワーズッ!」




 彼女はいつになく荒々しく感情を高ぶらせ、その場で『死神』の鎌を振り上げた。


 見開かれた瞳は真っ赤に充血し、そこからぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。




「信じませんっ、そんなこと……お姉様はお姉様で……私の、お姉様で……ッ!」




 母親と思っていた人が祖母で、姉だと思っていた人が母だったなんて。


 たとえそれが事実だったとしても、信じられるはずがない。


 だが――辻褄は、合ってしまう。




「お姉様は……お姉様はぁ……っ!」




 なぜフランシスがあそこまでメアリーをかわいがったのか。


 メアリー自身、フランシスから与えられる愛情を『母のようだ』と感じたことがあったはずだ。


 比喩でもなんでもなく、実際にそうだったのだろう。


 彼女は母親としてメアリーを愛したのだ。


 そして――『スター』のアルカナが見せた、あの記憶も――




「じゃあ……あの、お姉様が、お母様を殺した記憶も……本物で……う……うううぅ……っ!」




 崩れ落ちるメアリー。




「メアリー……大丈夫か?」


「あなたのせいじゃないわ、絶対に」


「そうだよ、お姉ちゃんは何も悪くないもんっ!」




 アミ、カラリア、キューシーはすぐさま彼女の体に手を添え、優しく支えた。


 メアリーが見たフランシスのあの夢は、偽りなどではなかったのだ。


 おそらく、ブレアはメアリー誕生後ほどなくして、彼女がヘンリーとフランシスの子であることを知った。


 そして心を病み、体を壊した末に――娘を殺そうとして、逆に殺された。


 それからフランシスは、ずっと罪悪感を胸に生きていたに違いない。


 本来、母から与えられるべき愛情を代わりにメアリーに注いだのも――おそらく、それが全ての原因なのだ。




 ヘンリー国王がメアリーの扱いに困っていた理由もよくわかる。


 望まずして、自分の娘であるフランシスとの間に子供ができてしまった。


 それが原因で、最愛の妻を失ってしまった。


 最愛の娘に罪を背負わせてしまった。


 愛すべきか、憎むべきか――その葛藤の間で、彼はそれでも、少なくともメアリーが大きくなるまでの間は、父親であろうとしたのだ――




「お父様は……はは……ひょっとすると……私のせいで、壊れてしまったんでしょうか……」




 呪われている。


 そう思った。


 メアリーの存在そのものが、家族にとっての呪いなのだ。


 だからその呪いが父を侵して、壊してしまった。


 それが世界を滅ぼす理由。


 ――もちろん、それは事実と異なる。


 なぜならメアリーが生まれるより前から、計画は進んでいたのだから。


 だが、そんな馬鹿げた理屈で、辻褄が通ると思えてしまうほど――その真実は、あまりに淀んでいた。




「ユーリィ、あなたメアリーに何か言うことはないの?」




 再びキューシーは強くユーリィをにらみつける。




「私は私なりの正しさを通しただけだよ。それとも、メアリー王女が生まれずに、ホムンクルスが作られ続ける未来のほうが正しかったと思う?」


「あなたねぇっ! それでも罪悪感ぐらいあるでしょう!」


「ホムンクルスの量産を命じたのはヘンリー国王だよ。その時点でモラルだって無い。何もかも私のせいにされても困るな」


「くっ……こいつ……!」




 手を出したい。


 いっそこの場でズタズタに引き裂いてしまいたい。


 だが立場上、それが許されないもどかしさに、キューシーは歯を食いしばり、拳を握る。




「続き、話してもいい?」


「もう知りたいことなんて無いよっ! 帰ろう、お姉ちゃん。こんなところに居ちゃダメ!」


「でも知りたいんじゃないかな。メアリー王女が、一体誰に似て生まれてきたのか」




 そう、メアリーはヘンリーにもフランシスにも似ていなかった。


 髪の色が一致したため、家族として扱っても矛盾は出なかったが、その身体的特徴は別の人物のものだったのだ。




「彼女はリュノ・アプリクスと名乗ってた。それこそ女神のように美しい人だった。男女問わず、人を魅了してしまうような。その身に『世界』のアルカナを封じたばかりに、この世界が生まれてからずっと――ほんの十六年前まで生き続けてた。数千万年……下手すれば数億年も、死ぬこともできずに」


「封じた? それってつまり――『死神』のアルカナ本人ってこと?」




 キューシーが言うと、ユーリィはなぜか上機嫌に「うんうん」とうなずく。


 そして彼女の言葉は、またメアリーの記憶を引き出す。




『ヒトは女神にナレないかラ、女神をめ指し、たドリ着けなかったそのすガたを、私は天使を呼ぼう――』


『さすがは女神の成れの果て!』




 かつてマジョラームの本社ビルで戦った、天使という名の化け物。


 メアリーを蔑むように、そして女神という存在を崇拝するように、彼らはそう言った。


 つまり、この戦いの向かう先に待っているものは、“人”などではない。




(お父様がリュノという女性に執着する理由が見当たらない。『世界』のアルカナを操ってるのではなく……『世界』がお父様を操ってるとしたら……?)




 状況が変わるわけではない。


 結局、父を殺さなければならないことは同じだ。


 だがそこには“納得できる理由”がある。




「ユーリィさん……ワールド・デストラクションは、本当に世界を滅ぼすための計画だったんですか?」


「んー? 何それ。姉さんがそんなものに協力するわけないよ」


「だったら何なんです!? あの計画は何のために生まれたんですか!」


「ワールド・デストラクションって言葉そのままの意味だよ。存在するだけでこの世界を危険にさらす『世界』のアルカナを壊すんだ。『世界』自身のエネルギーを使ってね」




 それはドゥーガンが語っていたものと、明らかに異なる――むしろ“逆”とも言える真実だった。



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