101 イノセントインセスト

 



「何を言っている……」




 ユーリィはきょとんと首を傾げる。


 その見開いた瞳で、カラリアを見つめたまま。




「何をわけのわからないことを言っているんだ、お前はあぁぁっ!」




 彼女は声を荒らげ、ユーリィに掴みかかった。


 慌ててキューシーとメアリーが彼女を羽交い締めにして止める。




「落ち着きなさいカラリア、まだ事情も聞けてないんだからっ!」


「そうです、少し話を聞きましょう!」




 無論、二人とてユーリィがおかしなことを言っているとはわかっている。


 だが彼女から敵意らしきものが感じられない以上、ここで事を大きくしても意味がないのだ。




「怖いなぁ。でもそうやってかっとなると周囲が見えなくなるところ、私によく似てるぅ」


「くっ……貴様ぁ……!」


「ほらカラリア、ママだよ? 姉さんが死んだ今、私が唯一の肉親だよ?」


「いい加減にしてください、ユーリィさんッ! あなたはカラリアさんに嫌がらせするためにここに呼んだんですか!」


「メアリー王女も似たようなものじゃない。ヘンリー国王とフランシス王女の子供だよ、あなたは」




 突如として告げられたその事実に、メアリーはまともな言葉を返すことができなかった。




「……は?」




 混乱しきった頭から絞り出せる、唯一の言葉はただそれだけだ。


 ヘンリーが父であることは知っていた。


 だが母は、他のベータタイプホムンクルスと同じようにブレアではなかったのか。


 いや、違ったとしても、なぜそこでフランシスの名が出てくる――




「やだなあ。やだなぁ、んふふふふっ、そんな顔して睨まれてもさぁ。ははっ、変わらないよぉ、過去に起きた出来事は。そうなっちゃったんだから、そういうことなんだよ」




 目の前で笑うユーリィの顔が、声が、不愉快に頭の奥底にまで響く。


 カラリアとメアリーが冷静さを失う中で、一人辛うじて冷静なキューシーは、背後でこっそり車輪を握るアミを視線で諌めた。


 そして深呼吸を挟んで、ユーリィに告げる。




「……あなた、致命的に口下手なのね。説明が支離滅裂よ」


「そうかなぁ。そうかもねぇ。久しぶりにカラリアに会えて浮かれてるのかも」


「落ち着いた場所で話ましょう。わたくしや王女を呼んだんだもの、部屋ぐらい用意してあるんでしょう?」


「もちろん! 行こうっ、カラリア!」




 そう言って、カラリアに手を差し伸べるユーリィ。


 だが当然、帰ってくるのは殺意のこもった視線のみ。


 彼女はその冷めた反応に、おどけたように頬を膨らますと、軽やかな足取りでメアリーたちを先導した。




 ◇◇◇




 応接室に案内された四人。


 ソファにはアミ、メアリー、カラリアの順で座り、キューシーは近くから別の椅子を持ってきて少し下がった場所に腰掛けていた。


 彼女たちは改めてユーリィと向かい合う。




「ごめんなさいね、キューシーさんだけそんな椅子で。カラリアがこっちに座ったらよかったのに」


「……無駄話はいらない。早く話を進めろ」


「怖いなあ。わかった、じゃあ何から聞きたい? 姉さんのこと?」


「お前が呼んだんだろう」


「私はカラリアと会いたかっただけだよお。でもさっきの反応からして、自分がホムンクルスだとは知ってるんだよね。なら姉さんの本当の名前は聞いてるかな」


「ユーリィという名しか知らない」


「そっかぁ、だったらどうして姉さんがここから逃げたのかも知らないんだろうね。どうする? 研究が始まってからの話がいい? それとも私たちがここに来たときのことから話す?」


「全部だ」


「嬉しい、興味持ってくれてるんだ」


「お前じゃない、私は自分の育ての親のことが聞きたい」




 そして、全てを知った上で、なぜ目の前のユーリィという女の血を使うに至ったのかを知れば、納得できるかもしれないと思った。


 もちろん、カラリアも、隣のメアリーだって、真っ先に自分の誕生に秘められた謎を解きたいとは思っている。


 だがメアリーも、心を落ち着かせる時間がほしいのか、話が長くなることを拒む様子はなかった。




「物心ついたころ、私と姉はすでにピューパの研究所にいたの。そこで姉は『正義ジャスティス』とか、ジェイとか、あとは古い言葉で“正義”を意味するユスティアとか呼ばれてた。かわいいから私もそう呼ぶことが多かったかな――」




 ◇◇◇




 二人の母は、貴族の家の娘だった。


 彼女は若い頃から遊び歩き、誰の男ともしれぬ女の子を産んだ。


 それが家に気づかれるとまずいと思った彼女は、わざわざ部屋を借り、そこで召使いに子供を育てさせたという。


 それがユスティアだった。


 彼女は魔術の才能に恵まれ、わずか一歳にして『正義』のアルカナを得る。


 母はそれに歓喜し、ユスティアを高額でピューパに売りつけた。


 以降、彼女はピューパで貴重なアルカナ使いのサンプルとして育てられることとなる。


 母から名前も与えられぬまま。




 二年後、母はまた違う男の子供を妊娠した。


 顔が父親似だったのか、そのせいで二人はあまり似ていなかった。


 だが新たに生まれた子も、ユスティア同様に魔術の才能に恵まれていたため、彼女はすぐさまピューパに売り込んだ。




『アルカナ使いの妹よ。きっとすぐにアルカナに目覚めるに違いないわ!』




 アルカナを差し引いても魔術の才能はある。


 生まれたばかりの赤子は、ユスティアよりは安価なものの、そこそこの値段でピューパが買い取った。


 その数年後、母は病で命を落としたそうだが、詳細はユーリィたちの知るところではない。




 ともかく、こうしてピューパの研究所に、姉ユスティアと妹ユーリィが揃ったのだ。


 ちなみに、ユーリィがその名を得たのは二歳の頃。


 徐々に自我が芽生える中、なかなかアルカナに目覚めない彼女に、研究員たちが仕方なく姉に近い形で付けた名前だった。




 それから二人は、研究所の中ですくすくと育った。


 研究員たちも、さすがに何年も一緒にいると情が湧いてくるらしく、かなりかわいがっていたらしい。


 とはいえ、血のつながった肉親はたった一人だけ。


 ユスティアはユーリィを愛で、ユーリィはユスティアに姉に向ける以上の感情を抱き、常に一緒に行動する。


 それは二人が成長しても変わらなかった。




 ユスティアが十歳を越える頃、二人にアルカナではない非凡な才能が開花する。


 それは天才的な頭脳だった。


 十歳と八歳の姉妹は、研究所の職員顔負けの魔術の専門知識を得ていたのだ。


 もちろん、研究所で育った影響も大きいのだろう。


 幼い頃から絵本代わりに魔術の専門書を読んでいたのだから。


 だがそれにしたって、一流の研究者が集うピューパの研究所で、わずか十歳、八歳の少女がそれと同等の頭脳を持つなど――そうそうありえることではない。


 こうして彼女たちは、研究所内で、アルカナのサンプルだけでなく、“優秀な研究員”としての地位を得ていったのである。




 そして今から二十四年前――ユスティア十二歳の時、それ・・は生まれた。


 太古の理論を下敷きにし、それをより実用的に昇華させた、新たな“ホムンクルス理論”である。


 人の血だけで、試験管の中に意思を持った命を生み出す研究――それに、ヘンリー国王が興味を示した。


 彼はすぐさま膨大な予算を投入し、ユスティアをリーダーとして、プロジェクト “ワールド・デストラクション”を始動させた。




 最初のホムンクルスが生まれたのは、それから一年後のことである。


 とはいえ、生後間もなくして命を終えたが。


 まともに人として生きられるホムンクルスが生まれるまで、さらに一年を要した。


 メアリーたちも知るように、それはユスティアの血液を使って作られた“アルファタイプ“と呼ばれるホムンクルスだ。


 子供たちは高い魔術的な才能を持ち、プロジェクトは順調に進んでいた。


 だが計画が軌道に乗っても、ユスティアはホムンクルス理論をより高みへ導くべく、なおも研究を続ける。


 それは普通ではない方法で生まれてきた子供たちに、より幸せな人生を送ってもらうためのものだ。


 だが彼女はその中で、一つの法則に気づいてしまう。


 それは――




 “使用する二つの血が近い・・ほど、魔術の才能もより高まる”というものだった。




 これが知られれば、間違いなく実践されるだろう。


 血が近ければ近いほど、奇形のホムンクルスが生まれる可能性は高まる。


 その時に犠牲になるのは彼らだ。


 見た目では判別不能な、あるいは成長してから判明する“肉体の不具合”だって出るかもしれない。


 だから彼女はそれを誰にも告げず、隠し続けた。




 しかし、ユスティアと同等の知能を持つ者が、それに気づくのは時間の問題だった。




 ◇◇◇




 ユーリィは四人の前で、またしても悪びれず、心から嬉しそうに言い放つ。




「私が作ったんだ。姉さんに内緒で、姉さんと私の血から生まれたホムンクルスを」




 そこに罪の意識などない。


 なぜなら彼女は――『正しいことをした』と確信しているからだ。




「だって私は姉さんを愛してる。姉さんも私を愛してる。愛し合う二人が子供を作るのは、当然のことだよね?」




 戸惑いと狂気がメアリーたちを呑み込んでいく。


 だが一つだけ、ユーリィは勘違いしている――とメアリーは思った。


 ユスティアがその法則を隠したのは、生まれてくるホムンクルスたちのためだけじゃない。


 ユーリィのためでもあったのではないか、と。



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