093 失恋レクイエム

 



 無事に戦いを終えた五人は、宿の前で合流した。


 もっとも、宿の建物はすでに跡形も残っていないのだが。


 レミンゲンの村は、半分以上の家屋が倒壊、もしくは消失し、今も炎がくすぶっている。




「アルカナ同士が本気でやり合うとこうなるのね……」




 エラスティスが、炎が揺らめく村の惨状をみて、しみじみと呟いた。


 一方でメアリーたち四人は、キャプティスのさらにひどい有様を見ているので、反応も薄めである。




「そうか、『戦車チャリオット』には勝てたんだな」


「ええ、なかなか強敵でしたが」


「私とお姉ちゃんの愛の勝利だね!」


「愛……愛ねぇ……」




 キューシーはそのワードにうんざりした様子である。


 察したメアリーが問いかける。




「どうやらオックス将軍は相変わらずだったようですね」


「フランシスフランシスと、しつこいほどに連呼しながら襲いかかってきたよ。メアリーへの執着心も変わっていないようだな」


「見た目も言動も気持ち悪いったらありゃしないわ。本人が変に美形を気取ってるあたりも、それに拍車をかけてるわね」


「ここでやられちゃえばよかったのに。ディジーはなんで邪魔するのかなぁ」


「本人はオックスの生死などどうでもいいとは言っていたが、どこまでが本心なのやら。まったく、あのような女に邪魔をされるとは情けない」


「仕方ないですよ、能力の器用さでは勝てるものではありませんから。いずれ正面からぶつかりあった時に潰しましょう」


「そうそう、『世界ワールド』のアルカナにたどり着けば、絶対に出てくるんだからさっ。元気出そうよカラリアっ」




 アミとメアリーに励まされ、カラリアはわずかに笑みを浮かべた。


 ディジーが『世界』の部下だというのなら、必ずどこかで衝突する。


 そのときこそが、暗躍する『魔術師マジシャン』を正々堂々と倒せる唯一のチャンスだろう。




「しっかし、あれじゃあ『魔術師』ってよりは道化師って感じよねえ。戦況を引っ掻き回すんだもの」


「そういえば不吉なことも言っていたな。オックスを助けに来る前、何かを準備していたとか」


「罠ってことですか? 見たところ、村には何も仕掛けられてなさそうですが……」


「宿はもう使えないみたいだし、早くここから離れようよ。後片付けはマジョラームがやってくれるんでしょ?」


「ええ、きっちり元通り――いえ、それ以上に開発するわ!」


「こんな田舎でどんな商売を思いついたんだか……」


「安心なさい、わたくしはお互いに得する提案をしただけだから。というわけで、移動しましょう。今晩の寝床も確保してあるから」




 自信ありげに胸を張るキューシー。


 五人は村外れに停めた車に乗り込むと、レミンゲンを後にした。




 ◇◇◇




 北へ向かうこと三十分。


 村すらない、綺麗な川のほとりでメアリーたちは車を降りた。


 そして目の前にある階段をあがると、そこには広々とした公園があった。


 ただし公園と言っても、遊具すらない広いだけの空間がそこにあるだけなのだが。


 一応、トイレや水道などの最低限の設備は整っているようで、それらのほど近くに大きめのテントが設営されていた。


 周辺はレミンゲンを越えるド田舎で、人の気配も無い中、真新しいテントが鎮座しているのには違和感がある。




「さあさあ、こっちよ」


「えー、もしかしてまた野宿ー?」




 不満げに唇を尖らせるアミだが、キューシーは「ふふん」となおも自信を崩さない。




「そう言われると思って、見なさい! バーベキューを用意しておいたわ!」




 ちょうどテントの裏側に位置する場所に、グリルと、食材の乗ったテーブルが配置されていた。




「おおぉ……エビだ! 魚だ! 最高級肉だぁーっ!」




 一瞬で手のひらを返し、はしゃぐアミ。


 カラリアとメアリーも思わず頬が緩む。




「美味そうだな」


「ですね。戦いでお腹も減っていましたし」


「……あなたたち、こんなに派手で豪華な食事を採っているの? 国王暗殺なんて目論んでいるくせに?」


「せっかくわたくしが同行してるんだもの、財力も武器の一つよ?」


「それはそうだけど……いつの間に用意したのよ」


「うちの社員が頑張ってくれたわ」




 近くに立つ女性社員は、キューシーに名指しされてニコニコと笑う。


 彼女の口癖は『お嬢様の幸せは私たちの幸せです』だった。




「恐ろしい会社ね」


「その他にも色々と事情があるんですよ。それに、食事は元気の源。おろそかにすると、戦いにも影響が出てしまいます」


「正論だけど、贅沢な考え方だわ。さすが社長令嬢と王女様」




 エラスティスは驚き半分、呆れ半分といった様子である。


 彼女はアミの事情など知らないのだ、その反応ももっともだった。


 だが、まだそれを説明するほど信用したわけではない。


 呆れるのなら放っておくだけだ――とメアリーは特に反応もせず、食い入るように食材を見つめるアミの横に並んだ。


 一方でキューシーは、待機していた部下に命じ、グリルに火を点けさせる。


 カラリアも経験があるのか、慣れた手付きでそれを手伝いはじめた。




 ◇◇◇




 いよいよバーベーキューが始まると、金網の上には大量の肉が並べられた。




「カラリア、あんた肉ばっかり置きすぎ」


「このグリルは私の領地だ、口を出さないでもらいたい」


「うちの会社が用意した道具だっての! ったく、わかったわ。ならこっちには魚介や野菜を――」


「わーい! お肉だお肉だーっ! どばーっ!」




 アミがキューシーの目の前で、肉が入ったボールをひっくり返し、中身を金網の上にべちゃっと乗せた。




「な、何やってんのよあんたーっ! 最高級肉よ!? 高いのよ!?」


「うん、だからこれ全部私が食べるの!」


「そういう問題じゃないのよ! こういう肉には焼き加減ってものがあるから、一枚ずつ……」


「あ、お姉ちゃんがほしいって言ったらもちろんあげるよ」


「ありがとうございます。アミは優しいですね」




 たまたま通りがかったメアリーは、アミの頭を優しく撫でた。


 アミはふにゃっと無防備な笑顔でそれを受け入れる。




「えへへー」


「うふふ」


「わたくしの話の途中で二人の世界に行かないでもらえるかしら?」


「キューシーさんも入ります?」


「入るかーっ! とにかく、まずこの肉を綺麗に焼いてしまうわよ。アミが食べきるのを待ってたら焼け過ぎちゃうから、メアリーも手伝って!」


「お肉、ですか……実は私、もう……」




 メアリーの持つ皿の上には、焼けた肉が山盛りに載せられていた。




「カラリアさんのところに行ったら、どんどん食えって言われました」


「カラリアあんたねぇ!?」


「血が足りないだろうと思ってな。キューシー、お前もだ。できるだけ鉄分を採っておけ」


「魚でも採れるわよ! あんたら肉を食いたいだけでしょうが!」




 一人騒ぐキューシー。


 すると、見かねた女性社員が彼女に歩み寄り、報告した。




「残り二つのグリルで魚介を中心に焼いておりますので、ぜひそちらをご利用ください」


「ほら見なさいよ三人とも。うちの社員は食事のバランスもきちんと考える優秀な人間ばかりよ? 少しは見習いなさい!」


「それにしてもお嬢様」


「なに?」


「楽しそうですね」




 社員はにこりと笑ってそう言った。


 悪気など感じられない、実に純粋な笑みであった。


 対するキューシーの顔は、みるみる赤くなっていく。




「ちょうど私もそう思っていたところだ」


「キューシーって仕切るの好きそうだもんねー」


「キューシーさんが明るいと私たちも嬉しいです」




 追い打ちと言わんばかりに、便乗する三人。


 キューシーは何かを言い返そうと口をパクパクさせていたが、うまく言葉が出てこない。


 やがて彼女は反論を諦め、耳まで真っ赤にしたまま、「はあぁ……」と大きくため息をつく。




「戦いから離れると年相応ね」




 少し距離を取って様子を見ていたエラスティスは、冷静にそう分析すると、焼きエビを頬張った。




 ◇◇◇




 その後、何だかんだで様々な食材の味を楽しんだメアリーたち。


 そのままテントに入ると、簡易ベッドに横たわりながら、何気ない会話を交わす。


 今からキスをすると言って、メアリーがアミに迫られたり。


 カラリアも対抗するフリをして、からかってみたり。


 フランシスとのファーストキスの話を自慢してみたり。


 恋愛トークがエラスティスにまで飛び火して、王女との馴れ初めを話してみたりと――彼女まで巻き込んで、年相応の会話を繰り広げる。


 騒いで、笑って、しんみりして。


 話が一段落すると、戦いの疲れもあってか、五人はいつもよりは早く眠りについた。




 そして翌朝、アミは少し遅めに目を覚ました。


 すでにメアリー、カラリア、キューシーの三人は起床しており、穏やかな『おはよう』の声が三方向から聞こえてくる。


 アミは寝ぼけ眼で「おはよー」と気の抜けた返事をすると、ベッドから出て立ち上がった。




「あれ、エラスティスは?」




 テントの中にはエラスティスの姿が無い。




「トイレにでも行ったんだろう」


「どーせ逃げられないんだから、心配いらないわよ」




 彼女の首には、アミが車輪を変形させて作った輪っかがはめ込まれている。


 必要以上に彼女から離れた場合、自動的に首が飛ぶようにしているのだ。


 緊急時に、止む無く離れる場合は、アミが任意で機能を切ることも可能である。


 あれがある限り、エラスティスが逃走を企てる可能性は低い。


 だからこそ、彼女がテントを出ても誰も心配していないのだ。




「トイレかぁ。私もいこっと」


「ふふ、寝癖も直したほうがいいですよ」


「ふぇ? そんなにひどい?」


「ひどいというか……かわいいです。ふふふっ」




 口元に手を当て、くすくすと笑うメアリー。


 アミは嬉しいような、恥ずかしいような複雑な気持ちになりながら、テントを出た。


 そしてトイレに入る。


 中にエラスティスの姿は無かった。




「……あれぇ?」




 立ち止まり、首を傾げると、かすかに話し声が聞こえてきた。


 どうやらトイレの裏側からのようだ。


 こっそり近づき、覗き込むと、携帯端末を耳に当てるエラスティスの姿があった。




(連絡用の端末は壊したんじゃなかったっけ)




 情報が漏らされる可能性がある。


 ゆえにエラスティスは、外部と連絡する手段を持たないはずだった。


 ならばあの端末は、一体どこから手に入れたものなのか。


 そして誰と話しているのか――




「やめて……お願いっ! そうじゃない、違うの! 私の任務はまだ失敗したわけじゃっ!」




 様子を見ていると、エラスティスの顔はみるみる青ざめていく。




「あ……ああぁ……嘘……嘘よぉ……」




 瞳からは光が失われ、口は半開きのまま、からん、と――手のひらから端末がこぼれ落ち、地面で跳ねた。




(ショックを受けてるのかな? 何だか、表情が凍ってるっていうか……)




 アミは隠れるのをやめ、角から顔を出した。




「もしもーし」




 恐る恐る、異様な雰囲気を放つエラスティスに声をかける。


 しかし反応はない。




「エラスティス? 何してるの? 誰と話してたのっ?」




 ぴょこぴょこと一歩ずつ近づきながら、繰り返し問いかける。


 だがやはり、何も返事はない。




「おーい」




 一番近くまで接近し、顔を覗き込む。


 目をじーっと見つめても、視線がこちらに合うことはない。


 彼女は焦点の合わない虚ろな目で、ただただ前を眺めている。


 さらにアミが顔の前で手を振ってみても、頬をつまんで引っ張ってみても、エラスティスは何のリアクションも見せなかった。


 ――さすがにおかしい。


 アミがそう思い始めると、背後から足音が近づいてくる。


 振り向くと、そこにはカラリアがいた。




「あ、カラリア。あのね、エラスティスがさっき――」




 彼女はアミの声を聞いた途端、憎悪すら感じさせる目つきで睨みつけてきた。


 歯を食いしばり、血がにじむほど強く手を握り、瞳に復讐の炎を宿らせる。


 隠そうともしない、あまりにストレートな殺気を浴びせられ、思わずアミは体を縮こまらせる。




「カ、カラリア……?」




 カラリアが一歩前に踏み出すと、アミは一歩後ずさる。


 前に出て、後ずさる。


 前に出て――それを何度か繰り返すと、ようやくカラリアは口を開いた。




「お前は――ユーリィの、仇だ」




 腹の底から絞り出した、ドスの利いた声。




「……へ?」


「殺してやる。お前だけは絶対に、許してなるものかあぁぁっ!」




 カラリアは銃を抜き、アミに向かって発砲した。




「ま、待ってよカラリアっ!」




 アミは自分の前に車輪を生み出すと、それを回転させて銃弾を弾き飛ばす。


 そして再び声をかけた。




「何を言ってるの? 私だよ、アミだよっ!」


「聞こえるものか、貴様のような下劣な悪の言葉などォ! 死ね、死ね、死ねえぇぇぇえっ!」




 異様なほどの殺意――明らかな異変を感じ取ったアミは、角を曲がり、壁の向こうに身を隠した。


 すると、少し離れた場所で外の空気を吸っていた、メアリーとキューシーに目が合う。




「ねえ二人ともっ! 聞いて、カラリアがおかし――」




 そう声をかけた途端、二人はアミを強く睨みつけた。




(……同じだ)




 彼女はすぐに察する。


 そして想像通り、メアリーとキューシーはあまりに躊躇いのない、純粋な憎悪と殺意をアミに向けた。


 メアリーは鎌を握り、前に飛び出す。


 キューシーは近くにあった街灯を巨大な蛇に変え、アミにけしかける。




「お前は――お姉様の仇いぃぃいっ!」


「許さないわ、お父様を傷つけたお前をぉっ!」




 そんな、身に覚えのない罪状を突きつけられるアミ。


 彼女はひとまず、襲い来る三人から逃げることにした。




「おかしいよっ、おかしいよぉ、どうして急にこんなこと!」




 何らかの魔術を受けた自覚などまったくなかった。


 仮にエラスティスが何かしたのだとしても、弓がない状態で『恋人ラヴァー』は発動しないはずだ。


 それがなぜ、アミが襲われる状況になっているのか。


 まず第一に考えられるのは、新たなアルカナ使いの手によって、三人が操られた可能性。


 アミがテントから出た直後に、何者かに襲撃を受けたという筋書きだ。


 しかしその説は、彼女が自らの手の甲の異変に気づくと同時に消滅した。




「……えっと、これって確か……数字を違う書き方に変えたもの、だっけ? お姉ちゃんとキューシーが教えてくれたやつ」




 そこには、いつの間にか“Ⅵ”という文字が浮かび上がっていたのだ。


 見たところ、メアリーたちにはそういった変化はなかった。


 つまり――




「やっぱり何かされたのは私なんだ。一体、私はいつ、アルカナ使いから攻撃を受けてたの……?」




 逃亡しながら、困惑するアミ。


 背後から追う“大好きな人たち”が投げつける罵詈雑言と、包み隠さぬ殺意に、彼女の混乱はさらに深まっていった。



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