091 その愛は虚誕妄説

 



 メアリーとアミが『戦車チャリオット』との戦闘を開始した頃――カラリアとキューシーもまた、オックスと対峙していた。


 オックスは『パワー』の能力、上半身だけが異様に肥大化している。


 握っているのは大きな剣のはずなのに、まるで子供のおもちゃのように見えるほどだった。


 ドス、ドス、と地面を鳴らしながら、彼はカラリアに歩み寄る。




「マキナネウス、デュアルウィード」




 彼女はライフルを二丁拳銃に変え、銃口をオックスに向けた。


 現在の彼の魔術評価は30000オーバー。


 通常時が12000であることを考えると、『力』の能力は『吊られた男ハングドマン』の能力を任意で発動できるようなものだ。


 いくらなんでも汎用性が高すぎる。


 条件か、制約か――必ず弱点はどこかにあるはず。




「フランシス様……フランシス様あぁぁぁぁああッ!」




 声を裏返しながら、奇声をあげてカラリアに斬りかかるオックス。


 彼女は後ろに飛び、振り下ろされる刃は空振り地面に叩きつけられた。


 大地が砕ける。


 飛び散ったつぶてがカラリアの頬を掠め、生じた傷に薄っすらと赤い血が浮かんだ。




「まるで銃弾だな」


「邪魔をぉお……するなあぁぁああああッ!」




 オックスは、背後から噛み付いてきた『女帝エンプレス』の犬を振り払う。


 腕で薙ぎ払われた下僕たちは、まるで風船のように破裂して消えていく。


 しかし術者であるキューシーの姿は、いつの間にか消えていた。




「許せぬッ! 許せぬッ! 許せえぇぇぇぇぬッ! なぜだ! なぜフランシス様は死なねばならなかったぁ! 誰がやった! なぜ誰も守らなかったあぁぁ!」




 オックスは『恋人ラヴァー』の能力により心を乱され、ひたすらフランシスへの想いを胸に暴れ続ける。


 今の彼にとって、目に映るもの全てが敵だ。


 もっとも近くにいるカラリアは、最優先で潰すべき対象。


 ひたすら剣を振って、振って、振りまくる。


 魔術を使っているわけではない。


 ただただ、『力』のアルカナによって強化された肉体で暴れているだけだ。


 だが、空を断てば離れた場所に物体も切断できるし、地面を叩けば砕けた小石が銃弾となる。


 対するカラリアは、二丁拳銃で懸命に応戦するも、かすり傷すら与えられていなかった。


 まるで巨大な岩でも相手にしているような気分だ。


 一方的に、カラリアの傷ばかりが増えていく――




「打ち合いなど正気の沙汰ではないが――しかし、それ以外で傷を与える術は無いか!」




 できれば離れて戦いたい。


 しかし、ロングバレルモードでもダメージを与えられない以上、他に選択肢はない。




「マキナネウス、ガントレット! ミスティカで両断する!」




 銃を篭手に変形。


 そして刀を抜くと、さっそく篭手から刀へ、魔力のチャージを開始する。




「フランシス様を守れなかった人間が憎い! フランシス様を守れなかった世界が憎いィ!」




 オックスの言動は、最初に比べるといくらか理性が感じられるものになっていた。


 時間経過で『恋人』の毒は弱まっていくのだろう。


 力のみならず、正気を取り戻し技まで使いだしたら手に負えない。


 その前に戦いを終わらせたいカラリアは、数発の斬撃を、地面を転がり回避すると、




『OVERDRIVE,READY』




 というミスティカのアナウンスとほぼ同時に、オックスの懐へと飛び込んだ。




「食らえ、これが私の最大火力だッ!」




 魔力を纏い、バチバチと光る刃が彼の首筋に迫る。


 だがオックスもほぼ同時に、剣を振り下ろした。


 刀の細い刃と、剣の幅広の刃が衝突し、生じた光で一瞬だけ村はまばゆく照らされ、両者の視界はホワイトアウトした。


 視界が戻る。


 威力はほぼ互角。


 どちらが押すでもなく、拮抗している――




「こちらは必殺の一撃だぞ……!」




 カラリアは腕を震わせながら、悔しげに言った。


 そう、これはオックスにとっては、ただ剣を振り下ろしただけである。


 対してカラリアにとってみれば、多量の魔力を消費する切り札。


 それで釣り合うのだから、絶望もするというものだ。


 魔導刀ミスティカの再チャージまではまだ時間がかかる。


 一方、オックスはすでに次の予備動作に入っていた。


 慌てて後ろに大きく飛ぼうとするカラリア。


 しかし彼の剣のほうがわずかに早い。




「フラァァァアンシス様アァァァァッ!」




 カラリアの腰よりも太い腕に血管が浮かび、握られた柄が指の形にひしゃげながら、刃が彼女の頭上より降り注ぐ。




「とっておきの大型動物たち、行ってあの子を助けなさいっ!」




 するとキューシーの生み出した動物たちが、その攻撃を妨害した。


 先陣を切るのは、民家がまるごと変化した“ゾウ”だ。


 オックスの巨体に横から突進すると、さすがの彼もバランスを崩しよろめいた。


 その隙に、カラリアは離脱する。




「すまない、助かった」


「こっちこそ遅くなったわ。大型はやっぱ時間かかるわね」




 キューシーは、中型までの動物では威力不足と判断し、下僕の調達に行っていたのだ。


 この村には、小さな民家がいくつも並んでいる。


 逆にそのサイズだからこそ、『女帝』の能力を適用させることができたのである。




 しかし、オックスはあくまでよろめいただけ。


 その手にはまだ剣が握られている。


 彼はそれをゾウに向かって振り下ろし、脳天を真っ二つに割る。


 斬撃により生じたかまいたちが、さらに深くまで敵を引き裂く。




「とっておきって言ったじゃない。一撃じゃあ止まらないわよ!」




 頭部から体の半分ほどを切断されたゾウだが、なおも動き続けた。


 前足を大きく上げ、鳴き声をあげながら押しつぶす。


 だが動きがあまりに緩慢だ――オックスは様子を見た上で、余裕をもって剣で薙ぎ払う。


 さらに使っていない左手で亡骸に指を突き刺し、持ち上げると、それをキューシーに向かって放り投げた。




「キューシー、危ないっ!」




 カラリアが割って入り、ガントレットの障壁でそれを防ぐ。




「サンキュ。一匹やられちゃったけど、まだまだ打ち止めには程遠いわよ!」




 キューシーが腕を前にかざすと、夜の闇の中から今度はゾウが二匹姿を表す。


 両側から挟むように迫る二体を前に、剣を握り構えを取るオックス。


 明らかに理性が戻ってきている。


 このままでは、さらに鋭さを増した斬撃で、二体の下僕が潰されるだけだろう。




『OVERDRIVE,READY』




 ここで魔導刀のチャージが完了する。


 カラリアは鞘に収めた刀の柄を握ると、前傾姿勢を取った。


 そしてオックスに向かって駆け出し、速度を威力に上乗せした居合抜きを放つ。




「うぅおおおぉおおッ!」


「その程度の太刀筋でえぇぇッ!」




 カラリアの一閃は、雷鳴を纏いながら――しかしやはり、振り下ろされたオックスの刃に受け止められる。


 鳴り響く轟音。


 ほとばしる閃光。


 ほぼ同時に、キューシーの生み出したゾウがオックスに体当たりを仕掛ける。


 彼は左手を伸ばし、迫るゾウの頭部をパァンッ! と握りつぶし行動不能にした。


 しかしもう一体のタックルは、防御すらできずに食らってしまう。


 重量級の体にはね飛ばされ、「ぬぅっ!」とうめきながらよろめくオックス。


 カラリアの刀は、なおも魔力をまとっている。




「今だあぁぁっ!」




 放つは渾身の刺突。


 鋭い刀の先端が、オックスの首に突き立てられる。


 あと少し――もう何センチか前に進めたら、頸動脈を断てる――


 だが無情にも、両手で握った柄越しに感じる感触は、あまりに鈍い。


 まるでゴムでも相手にしているかのようだ。


 一点への“突き”を、“衝撃”として体全体に分散されているとでもいうのか。


 オックスは首に直撃を受け、再びよろめき、倒れそうになりながらも、しかし“傷”を負うことはなかった。




「ああ、この、こみ上げるフランシス様への想いは……そうか、『恋人』の能力だったのだな……」




 それなりに痛みは感じるのか、首を手で押さえながら、「ふうぅ」と大きく息を吐き出すオックス。




「危うかった。まさか王女側から仕掛けてくるとは、想定外だったよ。僕のフランシス様への愛が、今より少しでも弱ければ、すでに死んでいたかもしれん」


「心配は無いだろう。戦ってみて確信した、お前は私たちがどう罠を仕掛けようが死なないさ」


「そうそう。あんたの体、見た目もそうだけど、いくら何でも頑丈すぎよ。わたくしにも能力を少し分けてもらえないかしら」


「いやはや、そういいものでもないぞ。種が明かされる前に勝たなければ――と焦る程度にはな」




 彼は下半身に力を込める。


 屈強だが、“人”の範囲に収まっていたその筋肉はたちまち膨張した。


 肌は皮が引き伸ばされたせいか透け、筋肉の色で赤くなる。


 太い血管が浮き出て、どくん、どくんと脈打つ様子が目に見えた。


 それ以前の、上半身だけが筋肉の化物になった姿も、アンバランスで滑稽だったが――全身に広がったら広がったで、その姿も異様だ。


 身長は三メートルを超え、見上げたところで、顔は胸筋に隠れて見えない。




「ここからは全力でやらせてもらう」




 そう宣言した直後、オックスは猛スピードでカラリアに襲いかかる。




「化け物め……!」




 巨体に不釣り合いな速度を前に、彼女は敵に背中を向けて逃げ出した。



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