072 フェイス

 



「食った食ったぁーっ!」




 アミは膨らんだお腹をポンポンと叩く。


 メアリーも彼女ほどではないが、いつもより多く食べてしまった、


 それもこれも、全て料理がおいしかったせいだ。




「あんなに柔らかい肉は久しぶりに食べたな」


「あれお肉だったの? って思うぐらいおいしかった! 実は私が食べたことあるお肉とは別のものじゃない?」


「一緒よ」


「本当においしかったです、さすがマジョラームが運営する高級ホテルですね」


「ふふん、まあね。ステラさんはどうだったかしら?」


「もちろんおいしかったよぉ。すごい贅沢した気分。お金も払ってもらっちゃったし……申し訳ないなぁ」


「そこは安心して。ステラ・グラーントに奢ったことがあるって自慢して元を取るわ」


「せこいな」


「ファンなんだから別にいいじゃない! 夢みたいな時間だったんだから!」




 キューシーは離れた席に座っていたが、それは『隣だとオーラが眩しすぎて直視できない』という理由だったらしい。


 それでも小説についての話は聞きたかったのか、アミとメアリーを間に挟んだ状態で、しきりに質問を投げかけていた。


 ステラのほうも、有名な会社のご令嬢がファンと聞いて悪い気分はしなかったのか、饒舌に答えていた。




「じゃあ、私は違う棟だから、これで」


「もっと聞きたいことがあったのだけれど……仕方ないわね」


「ステラさん、また会いましょうね」


「うん、近いうちに」




 そう言って、ステラは階段を登っていった。


 彼女の姿が見えなくなると、四人は再び歩きだす。




「ねえねえお姉ちゃん、あの人とお姉ちゃんは昔の知り合いなんだよね」


「そうですよ」


「他の人とも知り合いだったの?」


「そうですね……お姉様とは面識があったようです。他はわかりませんが」


「確か、小さい頃に王城の庭とかで遊んでもらったのよね。贅沢な話だわ」


「だがそのときはまだ小説家でもなかったんだろう? 見たところ、貴族の出で立ちでもなかったが、元々は何者なんだ?」


「うーん……その頃は本当に、ただの知り合いのお姉さんといいますか。単純に遊んでもらっただけなんで、そんなに突っ込んだ話はしたことないんです」


「惜しいわね。謎多き作家、ステラ・グラーントの過去を探るチャンスだったのに」


「謎が多いのか」


「ほとんどメディア露出しないんだもの。顔ぐらいしかわからないわ」


「それはたぶん、ステラさん自身がそういうの苦手だからだと思います」


「人前に出るのとかあんまり好きそうなタイプじゃないよねー」


「そうですね、昔から引っ込み思案だったとは言ってました」


「そんな女が、どういう経緯でベストセラー作家まで上り詰めたんだろうな」


「きっとメアリーも知らない、ドラマティックな過去があるのよ! あれだけの作品を書ける人だもの、普通の人生なわけがないわ!」


「キューシーはあの人に夢を見すぎてる気がする」




 アミの辛辣な言葉に、思わず苦笑いを浮かべるメアリー。


 そうして会話を続けるうちに、彼女たちは部屋の前まで到着していた。


 カードキーを使って扉を開く。


 四人が中に入ると――そこには、椅子でくつろぐ髪の長い男がいた。




「お待たせしました、オックス将軍」




 彼はメアリーたちの帰還に気づくと慌てて立ち上がり、床にひざまずく。




「失礼いたしました、メアリー様」


「いいんですよ、ここは王城ではありません。リラックスしてください」


「はっ」




 そう言いながらも、椅子には戻ろうとしないオックス。


 メアリーたちはそれぞれベッドやソファに腰掛け、彼の方を向いた。




「すでに半数は片付けました、残りの半数も罠を仕掛けてあるので、勝手に自滅するでしょう」


「さすがです、メアリー様」


「それで、さっきは聞く時間がなかったんですが……あなたはどうして、私たちのところに?」




 メアリーたちがホテルに潜む刺客の存在に気づき、作戦を練っていたとき、オックスは突然やってきた。


 部屋を訪れた彼は『メアリー様に危機が迫っている』と言い、刺客についての情報を持ち込んだのである。


 もっとも、それらはすでにキューシーが手に入れていたものと同じ。


 結局、彼の登場で得るものは何もなく、詳しい話をしようにも食事の予定時刻まであと少しだったので、戻ってくるまで待ってもらったのである。




「フランシス様死亡のニュースを聞きました」


「さぞショックだったでしょうね。あなたはお姉様に忠義を誓っていましたから」


「はい……」


「将軍って、軍の偉い人だよね?」


「そうなります」


「ヘンリー国王ではなく、フランシス王女に忠誠を? 妙な話だな」


「恥ずかしながら、それは個人的な忠義でございます。軍人として動くときは、国王陛下の駒として行動するのです」


「ふふっ、そう言いながら、こうして堂々とヘンリー国王を裏切ってるじゃない」


「……おっしゃる通りです。フランシス様の死を前に、駒としての仮面などあまりに脆かった。今はあの男への憎しみだけが胸で滾っております」


「その復讐のために、私たちと手を組みたいと?」


「信用されないことは承知の上です。ですが、フランシス様亡き今、私が個人として忠義を尽くすべきは――あのお方と同じ血を引く、貴方様ではないかと判断したまでです」




 一見して、筋は通っているように思える。


 要するに、フランシスに心酔するオックスとしては、その血脈が少しでも繋がるメアリーを守ることで、その信仰心を証明したいというところだろう。


 キューシーはメアリーに目配せをする。


 ――信用できるの? と、そう問いただすように。


 メアリーも判断しかねていた。


 フィリアスのことだって信用しきれないというのに、ここで急に現れたオックス将軍が敵か味方を見定めるのは非常に難しい。


 確かに、殺し屋の存在を教えてくれはしたが――あれがもし、メアリーたちを信用させるための捨て駒だとしたら?


 将軍であるオックスなら、彼らを雇うことだって可能なはずだ。




「オックス将軍」


「はっ」


「あなただけが知り得る、私たちに有益な情報は他にありませんか?」




 試すように、メアリーは彼に尋ねた。


 すると彼は少し間をおいて話し出す。




「キャサリン王妃ですが、彼女は頻繁に何者かと連絡を取り合っているそうです」


「相手は誰です?」


「そこまでは。ただ――これはまだ噂の段階なのですが……」


「話してください」


「王妃が奇妙な力を使う所を見た、という者がいます。魔術とは違う、もっと強大な何かを」


「まさか……お母様がアルカナを!?」




 到底信じられる話ではなかった。


 キャサリンがキューシーと同じ手術を受けた話は聞いたことがないし、元々魔術師の家系ですらない。


 それとも、ヘンリーが近くにいる影響で、アミのような現象が起きたとでもいうのだろうか。




「彼女は実の息子であるエドワード王子とのつながりも強い。彼が王になるためなら、何だってするでしょう」


「……確かにそこは引っかかっていました」




 オックスの言う通り、キャサリンはかなりの子煩悩だ。


 エドワードが王位継承に執着するのも、母の影響が大きい。


 だから、仮に彼がフィリアスと組んだとしても、キャサリンを裏切られるとは思えなかった。




「騎士団長であるフィリアスもエドワードとの距離を縮めているという話です。彼らは非常に権力への執着心が強い。フランシス様のような澄んだ心を持っていない。到底、信用できるとは思えません」




 そう言い切るオックス。


 どうやら彼は、エドワードたちとは距離を置いているようだ。


 現状のメアリーの立ち位置からすると、オックスとは微妙な関係性になるが――




「これで信用いただけましたか?」


「……ええ。それは私たちが知らない情報です。包み隠さず明かしてくれたあなたは、十分に信用に値します」




 ――元より、メアリーは別にフィリアスを信用しているわけではない。


 エドワードは良くも悪くも流されやすい性格なので、あちらの勢力で警戒すべきフィリアス、あるいはキャサリンだろう。


 そしてオックスのことも心からは信用しない。


 所詮、彼の目的はフランシスの復讐だ。


 彼もまた、メアリー自身を信用しているわけではないのだから。


 互いに腹のさぐりあい。


 その最中で、有益な情報が得られるのなら、それで十分だろう。




「ところで、王女様御一行も、もちろん・・・・フランシス様の仇を取るのですよね?」


「はい、当然です。お姉様を殺したお父様を許すわけにはいきません」




 オックスはメアリーの決意を聞くと、気持ち悪いほどに、頬に皺を寄せながらにっこりと笑った。


 他の表情はともかく、それだけは本心のように思えた。




「でしたら、今後も協力しましょう。互いに連絡を取り合って」


「それがいいでしょうね。そうだ、王都へ向かうルートについてもアドバイスをもらっていいですか? 将軍であるあなたなら、私たちとは違うものが見えるでしょうから」


「喜んでお受けいたします」




 そう言って地図を広げるメアリー。


 他の三人は、そんな彼女を少し心配そうに見つめていた。




 ◇◇◇




 翌朝、四人はホテルをチェックアウトすると、オックスと別れ、車で次の街へと向かう。




「キューシーさん、ホテルが見えなくなったら、どこかに車を停めてもらってもいいですか?」




 メアリーは後部座席から、運転席のキューシーに言った。




「構わないけど……メアリー、あなた昨日から変よ。何か隠してるでしょう」


「お姉ちゃんが私たちに隠し事なんてらしくないと思いまーす」




 頬をふくらませる、メアリーの隣に座るアミ。




「ごめんなさい……」


「オックスがどこで聞いているかわからないから、下手に話せなかったんだろう」




 カラリアがフォローするように言った。


 するとアミが首をかしげる。




「あの男の人、味方じゃないの?」


「そうは言い切れませんね。お姉様を崇拝していた彼が、その直後だというのにあそこまで落ち着いているのは妙です」


「オックス将軍って、そこまでフランシスのファンだったわけ?」


「家に祭壇を作るぐらいだったと聞いています」


「それもうファンというよりは……」


「宗教だな」




 メアリーもあくまで噂で聞いたことがあるだけだ。


 だが近くで見ていて、オックスがフランシスに並々ならぬ感情を抱いていたことは肌で感じていた。




「その相談も兼ねて、フィリアスさんと話したいと思いまして」




 ちょうど、車が停められそうな広場が見つかる。


 キューシーがそこに入ると、メアリーは通信端末を取り出した。


 出発前に、エドワードとフィリアスの連絡先を聞いている。


 今回は直接、フィリアスにかけることにした。




『ハーイ、思ったより連絡が早かったわねぇ』


「フィリアスさん、おはようございます。実は相談したいことがありまして。オックス将軍についてなのですが」


『なぁに、消息でもわかったの?』


「昨日、私たちの前に現れました。フィリアスさんたちは信用できない。こちらと協力してお父様を殺したい、とのことです」


『へー、意外ね。彼、あなたのことずっと憎んでたはずなのに』




 メアリーは険しい表情を浮かべた。




「私を憎んでた? オックス将軍がですか?」


『そうよ、『どうして自分が弟ではないのか』って。無能なのに、無条件でフランシスに愛されるあなたのことが大嫌いだったのよ』




 さすがにそれは、彼女も初耳だった。


 あまり言葉を交わした記憶はなかったが、そこまでの憎悪を向けられていたとは。


 もっとも、それがフィリアスの作り話である可能性はあるが――




「では、私たちとコンタクトを取ってきたのは」


『動向を探りに来た、力量を測りにきた……そのあたりかしらね』


「……そうですか。やはり、そうなりますよね」




 一番しっくり来る説だった。


 そもそも、彼が殺し屋の存在を伝えに来た状況も不自然だ。


 目撃者から位置を探るのは簡単だとしても、なぜ軍のトップである人間が、単独行動で。


 そこだけを切り抜けば、到底、冷静とは言えない行動である。




『まあ、私はあまり、彼を信用するのはおすすめしないわよぉ』




 最後に二人は軽く言葉を交わして、通信を切った。


 すると、聞き耳を立てていたキューシーが言う。




「どうすんのよ。昨日、レイングスに行くって言ってたけど」


「伝えたのはプランBです。予定通り、プランAで進みましょう。Bのほうにはマジョラームの諜報員を送り込めますか?」


「やっぱりね。そう言うと思ってもう送っておいた」


「さすが、頼りになりますね」


「おだてたって照れ顔しか出ないわよ」


「でもお姉ちゃん、そこまで信用してないなら、昨日のうちに倒しちゃったほうがよかったんじゃないかな?」


「相手は将軍だ。根拠なく殺しても影響が大きすぎる、そういう判断だろう」


「それに加えて、『パワー』の能力も全てがわかったわけではありませんから。慎重に行きましょう、まだ時間はあります」




 次の目的地は、海岸から四時間ほど南東に進んだ先にある街、フィーダム。


 とある神への信仰者が多く、かつて教徒への弾圧が行われた影響からか、国王の支持者が少ない。


 それをいいことに、マジョラームの工場が進出し、経済的に大きく影響を与えている場所だった。


 もっとも、オックスに伝えた“レイングス”という街にも、他のルートで行く街にもマジョラームの施設があり、どこも繋がりな薄いわけではない。


 ブラフだと気づいても、次の目的地を当てるのは困難――そう考えた上での判断だった。


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