049 血の繋がりなんて、結局は
外の空気を吸おうと、メアリーは工場内の医務室から出た。
廊下の窓際には、解放戦線の面々が集まっている。
彼らはメアリーに気づくと、揃って頭を下げた。
するとメアリーは団員たちに近づき、声をかける。
「今日はありがとうございました。勝つことができたのは、みなさんのご助力のおかげです」
「王女様――いやいや、そっちまで頭なんて下げないでくれ。大して役にも立ってないんだ!」
「素直に受け取っとけばいいだろ」
相変わらず、悪態をつく女団員。
そんな彼女をジェイサムがいさめる。
「そういうわけにもいかんだろうが! いいか王女様、俺たちは相互利用の関係にあるんだ。命を救われたから、命を賭けただけなんだよ」
「『
「入るだろそりゃ、あんたらがいなかったら、あたしら全滅してたんだからさ」
「そういうことだ。そして今回も、俺らは王女様に救われた。だから次も、死なない程度に命を賭けて手伝わせてもらうさ」
「いい心がけね、さすがマジョラームの社員だわ」
メアリーの背後から近づく女の声が、会話に割り込んでくる。
先ほどまで横になっていたキューシーだった。
「キューシーさん、もう大丈夫なんですか?」
「うちの医療技術を舐めないでよね。見ての通り、ピンピンして――うわっとと!?」
調子に乗って飛び跳ねた途端、転びそうになるキューシー。
メアリーは慌ててその体を支えた。
「ほらもうっ、危ないですって!」
「あはは……ごめんねメアリー、まだ本調子ではないみたい」
「ったりめえだろ、内臓がいくつか潰れてたって聞いたぞ」
「その程度じゃへたってられないのよ、社員さん。夕方前には仕掛けるって言うんだから」
「ドゥーガンの隠れ家に、ですか?」
もちろん、と微笑むキューシー。
解放戦線の面々は湧き立つ。
「いよいよドゥーガンの野郎を殺せるのか、腕が鳴るねえ!」
「当然、作戦には俺たち解放戦線も参加していいんだな?」
「参加させるわよ。もっとも、その他大勢のうちの一員になるでしょうけど」
「そんなに沢山の戦力を確保できたんですか?」
「スラヴァー軍はほぼ全て、お父様の指示に従うわ」
「ヒュウ、さすがはマジョラームの社長さん」
「こら、あんまり茶化すなよ。デファーレ将軍はどうなったんだ? 圧倒的カリスマを持つ彼がいる限り、寝返りのリスクが残るはずだが」
ジェイサムがそう尋ねると、キューシーは顎に手を当てて不安げな表情を浮かべた。
「……行方不明よ。執事のプラティと一緒に、取り押さえようとした多数の兵士を殺して逃走したわ」
「意外だな、あの将軍が兵士を殺すとは」
「そこ、なのよね。陰謀の匂いがするわ。そのあたりの対処を含めて話し合うみたいだから、あなたたちは会議室に行って。お父様が先に待ってるわ」
「社長直々かよ、出世したなあたしらも」
「浮かれるな。行くぞ、みんな!」
ジェイサムに引き連れられ、ぞろぞろと会議室に向かう解放戦線の面々。
その場には、メアリーとキューシーだけが残された。
「さて、と……今回の戦い、大変だったわね。お疲れ様、メアリー」
先ほどより表情を緩めて、キューシーはそう言った。
思わずメアリーの頬もほころぶ。
「キューシーさんこそお疲れ様でした。本当に体は大丈夫なんですか?」
「実を言うと、全然ダメ。本調子には程遠い」
「やっぱり……休んでてください」
「体はそのうち治るわ。大事なのは心のケアよ」
「つまり、私と話すと癒やされるということですか?」
からかっているのかと思いきや、メアリーはいたって素の表情。
それだけに、キューシーは無性に恥ずかしくなった。
「い、いや、そういうわけじゃないんだけど……退屈は心の大敵って言いたいの!」
「私はキューシーさんと話すの楽しいですよ」
「だーかーらー!」
「ふふふっ」
「ったく……あんた、こんな時によく笑えるわね。自分がホムンクルスだったとか、ショックじゃなかったの?」
窓に背中を預け、不満げに、しかし心配するように尋ねるキューシー。
「傷つきましたよ。でもお姉様が死んだ傷に比べたら、かすり傷ですから」
「比べるもんじゃないでしょう。辛いときは辛いって言いなさい」
「そうですねぇ……辛いです」
「ほらね」
「でも、今はそういうのを通り越して、よくわからないです。自分が普通の人間じゃなかったり、天使を名乗る化物が出てきたり、アルカナ使いを食べるとその力を使えるようになったり……そのせいで、お姉様がアルカナ使いだったことがわかったり」
「……は? そうだったの!?」
「そうなんですよ。私、たまにお姉様の声が聞こえたり、幽霊みたいな姿が見えたりしてたんです。きっとお姉様の遺志だろう、とか勝手に期待していたのに――私を導いていたのは、お姉様の姿をした『
「導く能力……未来予知めいた判断力って言われてたけど、本当に未来が見えてたってこと? だからわたくしのあれこれも、ぜーんぶお見通しだったってわけね」
無論、フランシス自身の頭の良さだってある。
だがその能力がある以上、キューシーは彼女に逆立ちしたって敵わなかっただろう。
「にしても、よく隠し通せたわね」
「お姉様は水の魔術を使っていました」
「アルカナは魔力の貯蔵域を占有するはずでしょ?」
「例外もある、ということでしょう。戦闘能力には直結しないアルカナのようですから」
「ふぅん……彼女がアルカナ使いってわかったら、父親は大喜びでしょうに」
「だから、隠したんでしょうね。お姉様は王位継承を拒んでいましたから」
「あー、わかる気がするわ。めんどくさいとか言って拒否しそう」
「まさにその通りです」
フランシスは基本的に優秀だし、行動力もあったが、本当に嫌なことはきっぱりと断る主義だった。
王位継承もそのうちの一つだったということだ。
あるいは、『星』がそう判断したのかもしれないが。
「やっぱりフランシスを女王にするって話もあったの?」
「はい、お父様が再婚するまでは、血を引くのは私とお姉様だけでしたから」
「エドワード王子は妾の子だったわよね。コンプレックスは相当なものだったでしょう……」
ふいに、遠い目をして窓の外を見つめるキューシー。
「キューシーさん……?」
急な感情の変動に、メアリーは首をかしげる。
するとキューシーは、寂しげな表情で口を開いた。
「実はわたくしね、マジョラーム家の子供じゃないのよ」
「え? でも――」
「戦災孤児。物心つくまえに、国境地帯の戦いで両親を失って……それで、お父様が引き取ってくれたの」
「そう、だったんですか……」
要するに、メアリーが感じた『この親子は似ていない』という感覚は間違いではなかったのだ。
「お父様もね、私を引き取る直前に奥さんを亡くしてて。しかも妊娠中だったらしいのよねー……だからわたくしは、それはもう可愛がられて育ってきた」
「
「まーね。でも、そう思っちゃうのよ、張本人はね」
キューシーとて、ノーテッドの愛情の深さは知っている。
それでも、どれだけ自分に言い聞かせようと、変わらず“それ”は居座り続けた。
「わたくしは失った家族の代わり。本当の娘にはなれない。違うってわかってても、頭のどっかに、常にそういう考えが張り付いてる」
「……もしかして、無茶な手術を受けたりしたのは」
「わたくしは魔術師ですらない。せめてアルカナ使いになれれば、マジョラームの役に立てる……そう思ったんだけど」
そこまで言って、突然、キューシーは自虐っぽく笑って肩を震わせた。
「ふふっ……当時、それを知ったお父様に、こっぴどく怒られましたわ。あんな顔をしたお父様を見たのは初めてってぐらいに」
「当たり前です!」
命に関わる手術を、親に内緒で勝手に受けたのだ
しかも、手がかりは盗んだ情報だけ、手術を行ったのはそのノウハウもないマジョラームの社員である。
何を馬鹿げたことを――と、ノーテッドが激怒する姿が頭に浮かぶようだ。
だがそんな父親の姿を想像して――
「親は――親は、それぐらい……子供の、心配、を……」
メアリーは言葉に詰まる。
その“当たり前”は、彼女の家族にとっては、当たり前ではなかったから。
「ごめんなさい、お互いに得しない話だったわね」
「……キューシーさんとノーテッドさんは、とても父娘らしいと思います。たとえ、血が繋がっていなくとも」
「義理だからこそ、そうあろうとするのかもしれないわね――」
実の父娘は冷めていて、義理の父娘は暖かく。
前者は殺し合いを、後者はより家族に近づく方法を探している。
こんな虚しい対比、考えるだけ苦しくなるだけだった。
「ごめんね脱線しちゃって」
繰り返し謝るキューシー。
メアリーはそれを否定するように笑みを浮かべるも、表情には力がない。
「いえ、キューシーさんのことが知れてよかったです」
「知って嬉しい間柄?」
「当然です。私の中ではもうお友達ですから」
「判定が軽いわねー、あくまでギブアンドテイクの関係よ? 王女様とお友達ってのは商売の目線からも悪くないけど」
「素直じゃないですねえ」
「そこはせめて意地悪って言いなさいよ」
キューシーがメアリーの額をつつくと、二人は声を出して笑った。
「……で、また脱線しちゃったけど、何の話をしてたんだっけ」
「お姉様がアルカナ使いだってことを隠していた話です」
「ああ、そうそう。王位継承権がどうこうって」
重い空気もリセットされたところで、話題は元に戻る。
「ええ、正式な王位継承権はお兄様にあるにせよ、お姉様のほうが人気が高いのは事実です。大臣たちの中には、お姉様を担ぎ上げたい人たちもいます。そんなタイミングでアルカナ使いだと判明したら――」
「こじれるでしょうね。下手すれば内戦まっしぐらだわ」
王位継承をめぐる内戦は、歴史の中で見てもそう珍しくはない。
だが、漁夫の利を狙う第三勢力が明確に存在する今は、タイミングとして最悪である。
「でもそれって、うちにしてみれば美味しい話よね」
「む……」
「フランシスが死んだ今となっては、遅すぎるけど。でもそうね、彼女を殺害したのがエドワード王子の派閥だって情報を流してみようかしら。そしてメアリー王女は死んだ姉の代わりに女王を目指して立ち上がる。きっと国民の人気は一気に集中するわ」
「むー……!」
フランシスの死を利用するようなキューシーの発想に、メアリーの頬は風船のように膨らんだ。
「ふふっ。冗談よ、膨れないの。ただ、似たようなことを考えるやつはいるでしょうね。フランシスの死を知るものはまだ少ない。行方不明扱いとして取り上げる新聞が何社かある程度。誰かに利用される前に、先手は打ちたいところだわ」
「政争に首を突っ込むつもりはありません」
「利用するぐらいの気概はあっていいと思うわよ。メアリーがそういうのに向いてないってのはわかるけど」
「お姉様も嫌っていました。ですがお姉様の場合、実際に直面したら、誰よりもうまく立ち回るんでしょうね」
「そういう知性こそが、フランシス人気の秘訣よね」
「人気があるのは美人だからじゃないですか?」
「知的だからでしょう」
「お姉様には、万人を魅了する魔性があると思います」
「あんたがシスコンだからよ。美人だけど、普通の美人の
「キューシーさんは魅了されなかったんですか?」
「されるか!」
「私はばっちりされてます、骨の髄まで!」
「何で自慢げなのよ……」
姉の話をするとき、メアリーは無駄に誇らしげになる。
それほどまでに、フランシスはメアリーにとっての理想であり、夢であり、尊敬の対象だったのだ。
「これはきっと、永遠に解けない魔法です」
「まるで呪いじゃない」
キューシーがそう言っても、なおメアリーは嬉しそうだ。
「呪いでもいいんです。それがお姉様の遺したものなら、喜んで私は受け入れます」
「……まあ、生きてる子をないがしろにしないなら、それでも構わないと思うわ」
「生きてる子?」
「ほら、来たわよ」
猛スピードで駆ける足音。
メアリーの視線がそちらを向いた瞬間、アミはジャンプして、その胸に飛び込んだ。
「おねーちゃーんっ! どすーんっ! ばふーんっ! ぐりぐりーっ!」
「うわわ、アミちゃんっ! どうしたんですか急に」
「甘えたいざかり!」
「それは大変ですね。ぎゅーってしてあげます」
「やったー! お姉ちゃん大好きー!」
メアリーは突然現れたアミに驚きながらも、彼女の温かい体を抱きしめた。
そしてぐりぐりと頭を撫で回して、甘やかし、愛でる。
残された時間で、少しでも彼女に幸せを与えるために。
じゃれあう二人の様子を、キューシーは呆れた様子で眺めていた。
「元気になったらなったで騒がしいわね……」
「キューシーもメアリーに抱きつきたかったの?」
「違うわよ! というか呼び捨て!」
「ふふん、私は王女様の妹だから」
「調子に乗るな平民」
「王族に無礼だぞー!」
「まあまあ、二人とも落ち着いてください」
犬猿の仲――というよりは、二人もまた違う形でじゃれあっているだけなのだろう。
戦いを目前に控え、平和なひとときを過ごす。
体を癒やし、心を満たし、ドゥーガンとの最後の戦いに備えて。
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