047 聞きたい話が腐るほどある

 



「目が覚めたか、メアリー」


「メアリー様、大丈夫!?」


「カラリアさんに……アミちゃん?」




 戦いから数時間――昼前に、意識を失っていたメアリーは目を覚ました。


 カラリアはともかく、平然としゃべるアミに、メアリーは前のめりになりながら問いかける。




「そちらこそ大丈夫なんですか!?」


「私は元気だよっ! 元気すぎるぐらい!」


「体から熱が引いたらあっさり起き上がって、見てのとおりだ」


「それはよかった……ところで、どうしてカラリアさんは私の手を握ってるんですか?」




 カラリアだけでなく、アミもメアリーのドレスの袖をつまんでいた。




「そっちから握ってきたんだぞ。腕だけベッドから出ていたからな、戻したときに捕まえられたんだ」


「私はね、カラリアさんと目の前でらぶらぶされて寂しかったから、つまんでたの」


「らぶらぶはしてませんが……してませんよね?」


「聞かれても困る」


「してたよぉー!」


「そ、それはさておき、キューシーさんはどうなんです?」


「あっちのベッドだ。まだ寝ているよ、さすがに傷が深すぎた」


「『吊られた男ハングドマン』との戦いでそこまで……」


「一人で倒したんだ、大した戦果だ」


「でもそのあと、一回生き返ったんだよね? それとも殺しきれてなかったの?」


「いや、間違いなく死んでいた。あれは蘇ったんだ。さすがに想定外だ、メアリーが来てくれて助かった」


「私はたまたまです。天使を倒すために、『吊られた男』の能力が必要だったので」




 眉をひそめるカラリア。


 天使のことは、解放戦線から聞いているかもしれないが、秘神武装アルカナインストールのことを知らないのだから。




「知りたいことは腐るほどあるが……まずは、アミのことからだろう」


「私?」




 こてん、と首をかしげるアミ。




「死んだと報告を受けた」


「はい。私が医務室に到着したときも、アミちゃんは間違いなく死んでいました」


「そうだったの? 私は夢で、神様とお話してただけだけど……」


「詳しく聞かせてもらってもいいか」




 カラリアに言われ、アミは両腕を使って、見た夢をできるだけ詳細に二人に伝えた。




「私は医務室に入ったあと、しばらくしたら頭がぼーっとしだしたの。そのまま寝ちゃったんだけど、夢の中で、何だか車輪がいっぱいついた、大きくて変な人が出てきたの!」




 メアリーは、フランシスの夢を思い出す。


 あの場にも、明らかに人とは違う異物が存在していた。


 おそらくはあれこそ『スター』のアルカナ本人なのだろう。




「その人はね、すっごく謝ってくるの。『こんなことをしてすまない。君みたいな小さな子を選んですまない。奴と同じ手段を選んですまない。許してくれ、しかしこの世を救うためなんだ』って、何回も何回もずーっと言ってた」


「謝っていたんですか……アルカナが」


「それでね、私もよくわからないから、聞いてみたの。『それってメアリー様の役に立てることですか?』って。そしたらね、『彼女と一緒に戦える力を与えよう』って。もちろん、私はすぐに『じゃあちょうだい!』って言ったの!」


「軽いな……」


「代償は、無いんですか?」


「あと一ヶ月しか生きられないんだって」




 今までと変わらぬトーンで、アミはそう言った。


 メアリーとカラリアは言葉を失う。


 信じたくはない。


 だが、魔術の才能もない、手術も受けていない彼女が、あれだけのアルカナの力を扱えたということは――それぐらいの代償が必要だろうという、理解はできた。


 しかし理解したとしても、納得はできない。




「でもメアリー様の役に立てるなら、それでもいいかなと思って」


「アミちゃんっ! あなたは何を言っているか……づっ、うぅ……」




 アミの肩に手を置くメアリーだが、すぐに頭痛に顔を歪める。


 カラリアが崩れ落ちそうなメアリーの体を支えた。




「落ち着けメアリー、まだ本調子じゃないんだ!」


「ですが……っ!」


「アミ、それは本当なのか? お前は、あと一ヶ月しか生きられないと?」


「うん、だってこの体、もう人間じゃないから。ほとんどアルカナそのものなんだって。でも、そんなものを人間が受け入れられるはずもないから、あと一ヶ月」




 きっと、アミが説明する言葉以上の現象は起きていない。


 だから、言葉どおりに受け取るしかないのだろう。




「『運命の輪ホイールオブフォーチュン』は、ヘムロックのアルカナだったはずだ。アミに起きた現象は継承なのか?」


「早すぎますし、こんな強引に――!」




 感情的に大きな声を出すメアリーとは裏腹に、アミは笑顔を崩さない。




「私、メアリー様が助けてくれなかったら、とっくに死んでたと思うんだ」




 その表情に、一切の悲壮感はない。




「でも助かったところで、平民だし、魔術師でもないし、何の役にも立たずに、メアリー様の足だけ引っ張って生き残るしかない」


「そんなことありません。私はアミちゃんが生きててくれば!」


「だけど“ただ生きてるだけ”じゃ、メアリー様とは、ここでお別れになっちゃうよね?」


「それは……」


「私は、一ヶ月でも一緒に戦えるほうがずっと嬉しいなっ」




 一緒に過ごした時間はほんの少しなのに、なぜそこまで命をかけられるのか。


 理解はできないが、アミの価値観がそれで満足した以上、メアリーの言葉で変えられるものでもないのだろう。


 メアリーはうつむき、唇を噛む。




「アミちゃん」


「なに?」


「こっちに、来てください」




 うつむいたまま、アミを呼ぶメアリー。


 そして近づいてきた小さな体を、両腕で強く抱きしめた。




「あ……えへ……また抱きしめられちゃった……」




 アミは心底幸せそうに、メアリーの体温を感じ、頬をこすりつける。




「何か、私にできることはありませんか?」


「これで十分だよ」


「足りません。私自身が……自分を許せなくなりそうなんですっ!」


「うーん……私は嬉しいのになぁ……」




 紛れもない本心だ。


 平民であるアミが、一刻の王女に抱きしめられている――それだけで命を描ける価値がある。


 だが、メアリーがそれで満足しないのなら、彼女はあと少しだけわがままになることにした。




「じゃあ、あのね、これ、すっごく夢っていうか、ありえないことだと思うんだけど」




 それでも“失礼”という自覚はあるので、躊躇うし、前置きだってする。


 その上で、上目遣いで、控えめの声でアミは言った。




「お姉ちゃんって、呼んでもいい?」




 メアリーは固まった。


 そんなことでいいんですか――と。


 それが声になる前に、アミは顔を真っ赤にして、メアリーの腕の中でじたばたしはじめる。




「きゃーっ、言っちゃった言っちゃったっ。でもどうしてもって言われたら、やっぱり言っちゃうよねぇ――はっ、調子に乗りすぎちゃった、かな。ごめんなさいメアリー様、やっぱり今のはナシで!」


「もちろんいいですよ」


「……!」




 誰の目にも明らかなほど、輝くアミの瞳。


 キラキラと、うるうると、様々なポジティブの感情が混ざりあった眼差しをメアリーに向ける。


 そんなアミに無自覚な追い打ちをかけるように、メアリーは微笑んだ。




「むしろ、他にあるならもっと言ってほしいぐらいです」


「い、いいの? え、えと、あの、じゃあ……その……ちゃん付けじゃなくて、呼び捨てのほうが……姉妹、っぽいかな、って……」


「アミ」


「ひやあぁぁぁあんっ!」


「アミ」


「ふひやあぁああっ!」


「お姉ちゃんって、呼んでくれないんですか?」


「あ、あう……すうぅぅ……はあぁあぁ……」




 アミはメアリーの腕から抜けると、なぜか背筋をピンと伸ばして、胸に手を当て深呼吸をした。


 そしていつになく真剣な眼差しで、まっすぐにメアリーの目を見据え、口を開いた。




「じゃあ、呼ぶね」


「どうぞ」




 ガチガチに緊張しながら――




「お……お……っ、おねえ、ちゃん」




 絞り出すように、そう呼ぶアミ。


 メアリーはできるだけ自然体で返事をした。




「どうしたんです、アミ」




 ぱあぁっ――とアミの表情が、さらに輝く。


 感情を押さえきれなくなったのか、彼女は天井を見上げながら叫んだ。




「天国のお父さん、お母さん! 私、メアリー様の妹になっちゃったよぉーーっ!」




 きゃっきゃと喜ぶアミを、医務室にいる面々は複雑な心境で見つめる。


 それもそのはずだ。


 彼女の両親が死んだのは、つい最近のことなのだから。


 当然、メアリーの胸も痛む。




「あまり気に病むな、彼女自身の選択だ」


「わかってます。頭では、わかってるんです……!」




 そうは言っても、メアリーの心は晴れないだろう。


 一ヶ月後の死――避けられぬ運命。


 いや、正確には、一ヶ月で夢が終わる、とでも言うべきか。


 今のアミは、いわば死体がアルカナの力で動いているようなものなのだから。


 考えれば考えるほど、メアリーは自分を責め立てるだろう。


 いくらアミが望んだことだったとしても。



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