第53話 戦う毛綿たち

(チ、誘導綿スピットファイアも通らねぇ)

(さがってろ! 大綿弾グランドスラムをぶちかましてやる!)

(やったか?)


 狼の氷獣、フェンリアは難敵だった。

 バロメッツたちの攻撃は全く通用しない。毛綿針も、誘導綿も、綿を集めて作った大型の爆裂綿(?)もダメージを与えられない。

 そもそも命中させることも難しいようだった。


(こいつら、俺たちより高く、速く飛びやがる!)

(泣き言を抜かすな! 撃ちまくれ!)

(コマンダーに近づけるな!)


 おれとルフィオの周りを飛び回り、奮戦するバロメッツたちだが、フェンリアの動きについて行けていないようだ。攻撃を命中させられていない。


(ぎゃっ!)

(コットンイレブン! くっ、うわっ!)

(くそったれ、ばけものがぁっ!)


 フェンリアが放つ氷弾、地面から突き出す巨大氷柱みたいな霜柱に貫かれ、撃墜されるするバロメッツも出てきた。

 とはいえ、毛綿に急所もクソもない。

 墜落したあと身体の風穴をふさいで戦線に復帰していたが。

 主人マスターであるおれからの魔力供給が途切れるか、アスガルにある木のほうがどうにかならない限りは、綿の羊としてのバロメッツは不死身らしい。

 善戦はしている。

 アルビスとはにらみ合いのようになっているのでわかりにくいが、ランダルとの戦いを見ているとフェンリアの厄介さがわかる。

 一撃すれば大氷獣を瞬時に蒸発させるっていう、ランダルの雷撃を喰らっても、大したダメージを受けた気配がない。

 構わずに氷弾や冷気をとばし、地面から無数の氷柱を突き出してランダルを追い詰め、ランダルの身体の半分を凍結に追い込んでいた。

 もちろん、それで勝負がついたわけじゃないが。


「面白ぇ」


 と笑ったランダルは全身から電気を放って身体を溶かし、そのままフェンリアに肉弾戦を仕掛けた。

 いまはあちこちで氷柱をなぎ倒したり、雷撃をまき散らしたり、吹雪を巻き起こしたりしながら殴り合い、蹴り合い、噛みつきあっている。

 随分原始的な戦いになってる気もするが、まき散らされる雷撃やら冷気やらにおれが触れたらたぶん即死。

 人里近くでやられたら、大惨事間違いなしだろう。

 ルフィオに似た姿のフェンリアたちは戦闘力もルフィオに近いものを持っているらしい。

 ルフィオは、完全に苦戦していた。

 おれを背中に乗せて護っているせいで、普段のように動けていない。

 積極的な攻撃は行わず、最低限の動きでフェンリアの冷気や氷弾をかわし、高熱の障壁を展開して受け止めるという方針に徹しているが、見るからにやりにくそうだ。

 もちろん、背中にいるおれが一番の原因だろうが、フェンリアは最初からルフィオと戦うために作られているらしい。

 ルフィオと同等の運動能力、炎を操る代わりに氷と冷気を操り、さらに、以前に出会った蚯蚓ミミズもどきと同じ、熱の動きを操作する力があった。

 ルフィオの放った熱線を、そのまま湾曲させて撃ち返してくる。

 遠距離攻撃が通じない。

 さらに接近戦でも熱操作に巻き込まれるようだ。

 突っ込んできたフェンリアの爪を受けた毛皮の一部が凍り付いていた。

 強引に尻尾を振ってフェンリアの腹部を一撃、尻尾を凍り付かせながら距離を取ったルフィオは、身体の近くに火球を二つ浮かせて氷を溶かした。


「不利と言わざるを得ないな」


 鳥かごの中の霧氷が言った。


「今は黙っててくれ」


 ルフィオにしがみつきながら、鳥かごを持っているのはかなり厳しい。


「提案だが、ここで我らを手放してみるつもりはないか?」

「ここで手放すと落ちるぞ」


 現在の高度はざっと地上百メートルだ。


「構わんさ。その程度ではどうということもない。籠から出られるというだけだ。手放してもらえれば、多少は力になれるだろう。信用してもらえるとは思えんが、我らは、ここでおまえに死なれては困る」


 どうする?

 このままじゃまずいのは事実だ。

 ルフィオの呼吸が荒くなってきている。

 一対一ならそうそう負けたりはしないはずだが、おれを背中に乗せ、かばっていちゃだめだ。

 ランダルも、アルビスも、まだ動けそうにない。

 地平線の向こうから、黒いものが押し寄せて来るのが見えた。

 って、マジか。


「……どうやってここまで来やがった」


 もとの群落からは、千キロ以上離れてるはずなんだが。

 苦笑して、腹を決めた。


「ルフィオ」


 呼吸を整えつつ、フェンリアとにらみ合うルフィオの首筋に軽く触れる。


「ここで降りるぞ。おれのことは心配するな」


 そう告げて、ルフィオの背中から飛び降りた。

 地上に押し寄せてきた黒綿花の群落が作った、巨大な綿の山の上に。


「カルロ! なに?」


 事態を把握しきれなかったようだ。

 ルフィオの悲鳴が、途中で困惑の声に変わった。

 綿の山の中を滑るように、突き抜けるようにおれは落下し、地上へ。

 衝撃はたいしたことはなかったが、摩擦熱で火傷しそうになった。

 黒い綿の山の中、当然視界は真っ暗だ。


「糸になってくれ」


 黒い綿の山が黒い糸の竜巻みたいに変わって、視界がひらける。

 懐から裁縫セットを出し、縫い針を十本手元に浮かべる。

 布切りばさみを取り出し、ベルトに引っかける。

 糸を十本呼び寄せで、順に針に通す。

 鳥かごの中から霧氷を出した。

 バロメッツたちと戦っていたフェンリア、ルフィオと戦っていたフェンリアの視線がこちらを向いていた。

 

 どん、どどん。

 

 地面が揺れた。

 地面から氷柱つららを出そうとしたんだろう。

 だがここはもう、黒綿花の群落になっている。

 黒綿花の根を抜けられないようだ。

 続いてフェンリアたちは、全身から強烈な冷気を放ってこちらにたたきつけてくる。

 こっちの武器は物量だ。

 雪原を埋め尽くした黒綿花たちが膨らませつづける綿帽子を数十枚の黒い布の防御幕に変え、冷気を受け止めた。

 何枚かの防御幕が凍り付き、ばらばらになったが、冷気の直撃は阻めた。

 空気そのものは結局冷却されてるが、そっちはルフィオが火球を出して相殺してくれた。


「危ない、カルロ、こわい、やめて」


 そう苦情を言いつつ、ルフィオはフェンリアたちに向き直る。


「カルロ」


 霧氷が言う。


「あのケーブルを譲って欲しい」

「おれが作ったやつか? 何をする気だ?」

「武器を作る。護るのはいいが攻め手がないだろう」


 それは事実だ。

 今は黒綿花の群落と言う繊維の要塞に立てこもっているような状態である。

 フェンリアたちの攻撃をしのぐことはできているが、フェンリアたちを倒す術があるわけじゃない。

 バロメッツたちはもちろん、ルフィオも攻め手を欠いている様子だ。

 相手が空を飛んでいることもあって、イベル山でやった岩漿マグマ誘導も使えない。


「わかった。頼む」

「バロメッツを何匹か借りたい」

「ああ、いいか? リーダー」

(コットンワン、コットンツー、コットンスリー、動けるな?)

(ああ)

(どうにかな)

(やれやれだ)

氷鳥アイスバードに同行しろ。気は許すなよ)

(命令とあれば)

(ぞっとしないがね)

(ごねてもしょうがねぇさ)


 例によって妙なノリでヌエーヌェー言っているバロメッツたちを引き連れ、霧氷は飛び立って行った。

 で、次はどうするかだが。

 今のおれとルフィオ、バロメッツたちだけで攻勢に出ても、やはり攻め手を欠く。

 もう少し、守りを固めることにした。


「デカい布をだしてくれ」


 黒綿花たちに指示を出すと、あっと言う間に巨大な三角布が十枚出来て、空中に漂う。裁縫術で制御した十本の針と糸を使って、それをテント状に縫い上げる。

 数本の黒綿花が急激に伸びて柱代わりになり、ドーム状の布の構造物を作り上げた。

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