第59話

 酒場で酒を飲み、飯を食ったその帰りのこと。

 空は暗くなっていて、星がきらきらと瞬いていた。

 その道を歩いているのはオレとグレア。

 夜道を歩いていると、グレアは言った。

「サトウさん、ありがとうございました。紅蓮の炎とのパーティーの時間はとても楽しかったです。こんなに楽しい時間を過ごせて、わたし、幸せです」

 というグレア。

 オレは何かグレアにお礼を言われるようなことをやっただろうか。

 何かしただろうか。

 オレはグレアをいじめている子供から、グレアのことを救っただけだ。

 悪いやつらからグレアのことを助けただけだ。

 でもあれは別に大したことではない。

 グレアほどの実力があれば、いじめっこを魔法で脅かすなりして、何か他に助かる方法があったはずだ。

 自分で解決できたはずだ。

 オレは言った。

「オレは何もしていない」

「ううん。そんなことないよ」

 首を振るグレア。

「サトウさんはわたしをいじめっこから助けてくれた。怖い人間からわたしのことを救ってくれた」

 というグレア。

 そうだろうか。

 オレはグレアほどの実力の持ち主なら、魔法の使い手なら、自分自身の手で、あの中から抜け出すことができたのではないだろうか。

 グレアは言った。

「わたしはね、多分一人では、人間のことが怖いままだったと思う。まあ今でも怖くないかといわれれば、怖いんだけど、」

 それはそうかもしれない。

 グレアはエレンにびびっている。

 グレアは言った。

「でもわたしが人間の冒険者を前よりは怖くなくなったのは、人間の冒険者に少しは興味を持ったのは、サトウさんのおかげなの。こんなおかしな冒険者もいるんだな、ってそう思ったのは、サトウさんのおかげなの」

 それは褒めてくれているのだろうか。

 そしてオレはおかしな冒険者という自覚はない。

 普通の冒険者のつもりだ。

「サトウさんはあんまりわかっていないみたいだけど……」

 グレアは言った。

「サトウさんは魔法を使えるし、戦闘も強い。なにより優しいし、そして何より冒険者ランクが高い、今、みんなに注目されている冒険者なんだよ」

「そんな実感はないが?」

 そんな実感はなかった。

 オレはすごい冒険者になっているとは思っていなかった。

 すごい冒険者とは、オレから言わせれば、ゲームの中の主人公のようなやつのことを言う。

 ゲームの中で、世界を救うような、救っちゃうよな、そんな勇者のようなやつのことを言う。

 魔人族だったり、魔王なんかを倒すことができるやつのことを言う。

 この程度の男は、こんな程度のオレはすごくない、とオレは思っている。

 グレアは言った。

「サトウさんはわたしをいじめっこから助けてくれたし、冒険者として強くなるように鍛えてくれた。魔法の練習にも付き合ってくれた。レベル上げにも付き合ってくれた。そしてサトウさんのおかげで、紅蓮の炎というAランクのパーティーに入れるようになった。今でも人間のことはやっぱり怖いけれど、サトウさん以外の人間はまだ怖いけれど、それでも今は人間のことがみんながみんな嫌いなわけじゃない。全員が嫌いなわけじゃない。人間の中でもいいはいるんだって、今ではそう思うし」

 というグレア。

 いいひととは誰のことだろうか。

 よくわからない。

 それは誰のことだろうか。

 オレにはわからない。

「それはよかったな」

 というオレ。

「まあでも……オレは別に大したことはしてない。グレアは自分自身の力で勝手に助かっただけだ。オレはその手伝いをほんのちょっとのしただけだ」

 グレアは言った。

「でも……今まで、獣人族のわたしを、助けてくれる人は誰もいなかった……わたしのことを助けようとしてくれる人は……今まで誰も一人もいなかった。サトウさんが現れるまでは……」

 というグレア。

 そうなのか。

 まあでもそんなもんかもしれない。

 オレはただ、困っている人がいたら助けたかっただけだ。

 困っている人がいたら、救いたかっただけだ。

 異世界では、元の世界とは違ったことをしたかっただけだ。

 元の世界で人助けをすると、おっさんというだけで通報されるからな。

 オレは元の世界だったら、困っている子供を見ても、助けなかった気がする。

 グレアは言った。

「獣人はね……魔法の力が強すぎるから……魔力が強すぎるから……村の人に嫌われているの。村の人にさんざんいじめられてきたし、石を投げつけられたりもした。石を頭にぶつけられたりもした。獣人は獣くさいだとか、村から出ていけだとか、そんなことを言われたこともあるの」

 というグレア。

「そうなのか……大変だったんだな」

 オレも異世界に召喚されたばかりのころは、さんざんだった。

 おっさんという理由だけで、能力が低いという理由だけで、扱いは悪かった。

 グレアは言った。

「でもね、サトウさんが私を拾ってくれてから、私を救ってくれてから、私を助けてくれてから、わたしは今は幸せなの。獣人族に生まれてよかったなって、今では思っているの。だからわたし、サトウさんに恩返しがしたい。サトウさんの役に立ちたい、ってそう思っているの」

 というグレア。

「そうか……」

 というオレ。

 グレアは言った。

「だからサトウさん、ありがとう。わたしをいじめっこから助けてくれてありがとう。わたしをいじめっこから救ってくれてありがとう。そしてサトウさん、これからもよろしくねっ。こんなわたしですが、これからも仲良くしてくださいっ」

 というグレア。

「おう。こちらこそよろしくなっ。グレアっ。これからも仲良くしようぜっ」

 というのはオレ。

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