第37話

 トールにもう教えることは何もない。

 地下訓練場でトールにそう言われたオレは、トールよりも冒険者ランクの高い冒険者に魔法を教えてもらうことにした。

 教えてもらう冒険者は、紅蓮の炎のメンバーでいいだろう。

 魔法を使えるメンバーはエルマ、サック、エレンの三人。

 本当ならA級の冒険者であるエルマに魔法を教えてもらうのがいいのだろうけれど、エルマはなんというか魔法の教え方があまりうまくないのだ。

 教え方が下手なのだ。

 右手をかざして。

 どっかーん。

 ずっどーん。

 どどーん。

 こんな感じに魔法を使えばいいのよ。

 さあ、サトウもやってみて。

 というふうに、教えてくるのだ。

 これがエルマの魔法の教え方なのだ。

 それで魔法が使えるのなら、オレはすでに魔法が使えている。

 とそういう理由から、エルマはダメだ。

 というわけで、サックかエレンに魔法を教えてもらおう。

 サックは大ガエルとの戦闘で何もしていなかったので、後ろに突っ立って戦闘を見ていただけなので、エレンに魔法を教えてもらうことにするか。

 エレンのほうが戦闘能力が高そうだしな。

 そんな失礼なことを考えながら、オレはエレンを地下訓練場まで連れ出して、ここまで来た。

 のだが……。

 トールはなんだかあきれた顔をして、言った。

「オレが教えることはもう何もないとは言ったが……まさかほかの冒険者を連れてここに来るとは思わなかったぞ。一応ここ、勝手に訓練していい場所じゃないからな」

 というトール。

「すんません」

 というオレ。

 この地下訓練場というのは戦闘訓練をするのに、魔法の訓練をするのには便利な場所だ。

 宿屋の前で魔法の練習をしていると、人がこっちを見てくる。

 あの人は一体何をやっているのだろうと、見てくる。

「オレに魔法を教えろだと?」

 と、困惑したような顔をして、エレンは言った。

「はい。そうです。オレ、魔法をうまく使うことができないんです」

「そんなことを言われても……オレが使える魔法は風魔法だけだ。お前が使える光魔法は使えない」

 というエレン。

 エレンは風魔法を使って、空高くジャンプすることができる。

 だからそんな風魔法の使い方を、エレンに教えてもらおうとそう思ったのだが。

 ダメだっただろうか。

「ええと……光魔法がなかなかうまく使えないので、風魔法を教えてほしいんですけど……」

「ちっ、しかたねーな」

 というエレン。

 なんだか魔法を教えるのなんてかったるいぜ、みたいな横顔をしているが、なんだかんだいって、付き合いのいい人なのだろうか。

 ちょろいな。

 エレンは言った。

「まあ魔法なんてものは、練習なんてする必要はない。実戦で覚えろ」

「は?」

 実戦で使えないから、魔法を教えてほしいのだが?

 この人は頭が筋肉でできているのだろうか。

 できているのだろう。

「だからサトウ、戦闘をするぞ。いちいち魔法の練習なんてする必要はない。オレとの戦闘で、魔法の使い方を覚えればいいんだ。もしも魔法がうまく使えなかったら、サトウは怪我をするだけだ。魔法が覚えられないだけだ。よし、やるぞ、サトウ」

 というエレン。

 は?

 なんだこいつ。

 こいつはちょっとやばい人なのかもしれないな。

 脳筋なのかもしれない。

 まじでいきなり戦闘をするのかよ。

 そして失敗したら怪我しちゃうぞ、とかそんなことを言うのかよ。

 魔法を覚えられないだけとかそんなことを言うのかよ。

 ありえんだろう。

 誰か助けて。

 魔法を教えられる人誰かいないの。

 だがまあそれで魔法が覚えられるのなら、まあラッキーと思うことにして。

 エレンに魔法を教わるのだから、相手の言う通りのやり方でやるべきだろうか。

「じゃあまずは風魔法を使って、オレからサトウに襲い掛かるから、サトウはその対処をしてくれ」

「はい」

 防御の仕方はまぶしい光でいいだろう。

 もしくは身体強化だろうか。

「よしっ。いくぞ、サトウ」

「こいっ」

 というと、エレンは風魔法を使った。

 なんだか地面から風がふき、その風によって、上空へとジャンプするように飛んでいくエレン。

 高い。

 風魔法を使えば、あんなに高くジャンプすることができるのか。

 まさに魔法。

 普通の人間にはあんなことはできないだろう。

 そんなことを思っていたら、エレンは空から急降下してきて、オレの目の前までやってくる。

 そのままナイフをオレの顔面に突き刺そうとしてきた。

 こいつ、まさかオレを殺す気か?

 仲間が相手だからといって、手加減なしかよ。

 それともオレを本気の仲間だと信じているから、手加減せずに向かってきてくれているのだろうか。

「スキル、まぶしい光っ」

 オレはスキルまぶしい光を使った。

 まぶしい光が辺りを照らす。

 と、地面に無事に着地したエレンが首をかしげながら、言った。

「おかしいな。確かにやったと思ったんだが……」

 というエレン。

 やったというのは、やったという意味でしょうか?

 オレを殺すというでしょうか?

 この人、やばい人なのではないでしょうか?

 訓練相手を間違えたのではないでしょうか?

 と思っていると、エレンは言った。

「サトウ、お前のスキル、ただの頭がまぶしく光るっていうスキルじゃなかったんだな」

 と、真面目な顔でいうエレン。

 そうなのだろうか?

 オレはまぶしいスキルというスキルは、自分の頭がまぶしく光るだけのそんなスキルだと思っていた。

 回避スキルだとは思っていなかった。

 まあそれにしては、敵の攻撃を回避しすぎている、回避する確率が高すぎるとは思っていたが。

「もしかしてそのスキルって、回避スキルなんじゃねえか」

 というエレン。

 そうなのだろうか?

 オレはこのまぶしい光というスキルは、頭がまぶしく光るだけのスキルだと思っていたのだが。

 さあ。

 そんなのオレにもわからない。

 だってスキルのところに書いてあるのは、まぶしい光を放つ、ということしか書かれていないからな。

 と、エレンはあきれ顔をして、言った。

「まさかサトウ、まさかとは思うけど、お前、自分のスキルをちゃんと把握してねえんじゃねえだろうな」

 その通りです。

 スキルなんて適当につかっていても敵に勝てていたため、オレは自分のスキルの特性を把握していない。

 素手でぶん殴って倒す、それだけを考えて、敵と戦ってきた。

「まあいいか。次行くぞっ、サトウ」

「くっ」

 このエレン、風魔法のおかげか、あっちこっちに素早く動きやがる。

 その動きは最速で、あっちこっちに右に左に上に下に動き回るので、その動きを捕らえることは困難だ。

 顔をエレンに踏まれて、オレはむかっとしながら言った。

「くそっ。なんだか遊ばれている気がする」

「サトウ、これは魔法の練習なんだ。物理攻撃でオレに攻撃をする練習じゃない。お前も風魔法を使って、オレと同じように空に飛ぶんだ。空に向かってジャンプするんだ」

 というエレン。

 そんなのはわかっているが、オレには風魔法なんて使えない。

 風魔法を使おうとして出てくるのは、光魔法だった。

 光の玉。

 ぴかぴかと光る、発光する光の玉が出現するだけだ。

「なんだよ、その光の玉は? そうじゃないだろう。お前は風魔法の練習をしているんだ。光魔法の練習をしているんじゃないぞ、サトウ」

 というエレン。

「なんだって出てくるのは光の玉なんだよ。もうちょっとましなもの出て来いよ。風魔法じゃなくてもいい、火の魔法とかあるだろうがっ」

 そしてぴかぴかぴかぴかと光やがって。

 オレが禿だといいたいのだろうか。

 エレンは光の玉を見ながら、言った。

「なんだ、まさかその光の玉、まさかその魔法は……一ターン動けなくなる……行動不能のスキルだったのか? 身体が動かない。行動ができない」

 空中に浮いたまま、動かないエレンが言った。

 オレのこの光の玉が、相手の動きを止めるスキルがあるとでも言うのだろうか。

 一ターン相手の行動を封じるスキルだったとでもいうのか。

 知らなかった。

 気づかなかった。

 ただただまぶしい光を放つだけの、玉だと思っていたのに。

「やるな。サトウ、風魔法なんて使わなくても、オレの動きを封じることはできるじゃないか。敵の行動を封じる魔法は使えるじゃないか」

 というエレン。

 たしかにエレンの動きはとまっている。

 いや、オレが使いたいのは風魔法なんですけど。

 火の魔法とか水の魔法なんですけど。

「さあ、来い。サトウ、敵の動きをとめたら、やることは一つだ」

 やることはつまり攻撃。

 オレはエレンに襲い掛かっていく。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ」

 という声を上げて、エレンに向かっていく。

 エレンは余裕の顔をして、ただそのまま空中に浮かびあがっている。

 まあ行動を不能なので動けないだけかもしれないが。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ」

 オレは叫び声を上げながら、エレンの顔面をぶん殴った。

「ぐおおおっ」

 エレンの口の端から血が出ている。

 エレンは一ターン行動不能になったあと、また動けるようになったのか、その口から流れている血を、腕で拭いた。

 腕で血を拭った。

「やるじゃねえか、サトウ。風魔法なんか覚える必要はなかったな。お前は十分つええ。お前は十分戦闘の才能を持っているよ。魔法の才能も持っているよ」

 だがエレンは誉め言葉を言いながら、なぜかすごい怒っている。

 自分で攻撃してこいと言っておいて、オレの攻撃力が思いのほか高かったからか、口から血が流れたからか、体力が思いのほか減ったからか、なんかすげえ怒っている。

 口から血が出ているからか、ものすごい怒っている。

 エレンは言った。

「サトウさあ、わかってるよなあ……オレの顔面を本気で殴ったんだ……全力で殴ったんだ……血が出るほどの威力で殴ったんだ……当然、反撃されるだけの覚悟は……残っているんだろうなあ!!!」

 エレンは激怒している。

 マジかよこいつ。

 殴れといったから攻撃したのに、それに対して激怒するとは、こいつ……めんどくせえやつだったか。

「エレン、冷静になれ。これは魔法の練習なんだ。殺し合いじゃない。殴り合いじゃない。ただの模擬戦だ」

「そうだ、これはただの模擬戦だ。模擬戦でも死ぬことはあるよなあ。なあ、サトウ? うっかり模擬戦でやってしまっても、かまわないだろう。サトウ、しんでも文句言うなよ。やってもいいのは、やられる覚悟のあるやつだけだ」

「文句言うに決まってんだろ、馬鹿。エレン、お前のほうが冒険者ランクが高いんだから、手加減しろよ」

 エレンは襲い掛かってきた。

 そしてエレンとの戦闘は激しい戦闘の末、最終的に、オレの勝利に終わった。

 光の玉、そしてまぶしい光は、意外にも優れたスキルだったのかもしれない。

 そしてオレは実は強いのかもしれない。

 敵を一撃で倒すことはできないけれど。

 敵を一撃で倒すことは苦手だけれど。

 十分に戦える能力は持っているのかもしれない。

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