第35話

 オレは冒険者ギルドのミリカさんの列に並んでいた。

 相変わらずミリカさんは、冒険者たちに人気のある受付嬢のようだった。

 オレのほかにもたくさんの冒険者がミリカさんの列に並んでいるので、列が進まない。

 お前ら、ほかの受付嬢のところに行けよ。

 いや、お前が行け。

 というような冒険者の争いもなく、みんな仲良くミリカさんの列に並んでいる。

 まあみんな馬鹿なんだろう。

 だがみんなが馬鹿になる理由もわかる。

 ミリカさんは可愛いのだ。

 そして笑顔が天使なのだ。

 だからミリカさんが人気なのは当然のことである。

 だからこうやってみんなして同じ列に並ぶのも、普通のことである。

 仕方のないことである。

 当然のことなのである。

 と、みながお互いの顔を見合って、納得している、そんな感じである。

 その中でミリカさんだけに注目が集まっていたのが今までだったのだが、

「あれ? サトウじゃねえか」

「紅蓮の炎のか?」

「Eランク冒険者になったっていう、新人のことか?」

 というような会話をしながら、こっちを見てくる冒険者がいる。

 オレのことを知っている冒険者なんていたのだろうか。

 オレは無能な冒険者のはずなのに。

 オレは城から追放された無能な冒険者のはずなのに、ほかの冒険者がオレの話をしている。

 オレの話なんてせずに、お前らミリカさんの話をしろよ、とオレはそう思った。

 オレは紅蓮の炎に加入したEランクになったばかりの冒険者である。

 魔法はまだ使えないし、たった一人で大ガエルすら倒すことができない。

 そんな無能な人間である。

 だからオレのことを話すよりも、

「ミリカさんかわいい」

 とか、

「ミリカさん、天使だ」

 とか、そういったミリカさん関連の会話をしてくれればいいのに、とそんなことを思っていた。

 さて、実力以上にオレのことが評価されはじめて、なんだかその評価間違っていますよ、オレはそんなにすごい冒険者じゃないんですよ、すごいのは紅蓮の炎であって、Aランクの冒険者であって、すごいのはエルマなんですよ、ということを伝えたかったが、知り合いの冒険者でもない冒険者にそんなことを言っても意味はなかった。

 と、そんなことを考えていたら、ようやくオレの番がきたようだ。

「サトウ様、E級の冒険者への昇格、おめでとうございます。なんだかわたし、サトウ様がE級の冒険者になって、嬉しいです。すごく嬉しいです。そしてなんだか誇らしいです。サトウ様、このままD級の冒険者を目指して、頑張ってくださいね。C級の冒険者を目指して、頑張ってくださいね。なんならB級の冒険者を目指して、頑張ってくださいねっ。サトウ様ならもしかしたらそれ以上の冒険者にだってなれるかもしれません。わたしはそう思っています」

 というミリカさん。

 ミリカさんは最高の笑顔でそう言った。

 そしてミリカさんは付け加えて、言った。

「でもサトウ様、ちゃんと気を付けなきゃダメですよ。いくらすごい冒険者パーティーに加入できたからといって、紅蓮の炎のパーティーに入れたからといって、危険なモンスターと戦ってはダメですからね。危険なモンスターと戦っていたら、命がいくつあっても足りないんですよっ」

 というミリカさん。

 ミリカさんはそういうが、紅蓮の炎というパーティーは、Aランクのパーティーは、そういう危険なモンスターが出現する場所へ行くのである。

 そういう危険な場所に喜んで、オレを連れていくのである。

 お前、期待の新人なんだから、これくらいのモンスターは倒せるだろう?

 というノリで。

 いや、ランクの高い冒険者パーティーって、軽いから怖い。

 ノリが体育会系のようなノリだから怖い。

 だって難しいクエストだろうが、それをクリアできる前提で、ものごとを考えているのだから。

 まさか期待の新人がBランクのモンスターに負けるなんて考えていない、そんなわけない、というような、そんな脳筋ばかりなのだ。

 Aランクのパーティーメンバーなんだから、こんくらいのモンスターは倒せよ、というノリなのである。

 よくそんなノリで、モンスターに殺されずにすんだなと、やってこれたな、とそう思う。

 やはり能力の高い冒険者と一緒にいると、オレの能力もまた上がりやすいのかもしれない。

 レベルもまた上がりやすいのかもしれない。

 手持ちのお金、金貨五枚と銀貨五枚の中から、ハイポーションを十個ほど購入する。

「ありがとうございました。サトウ様、またのご利用お待ちしております」

 というミリカさん。

 やはりミリカさんはハイポーションが売れると嬉しいのか、回復アイテムを購入したときのミリカさんの笑顔は極上だった。

 酒もうまいが、飯もうまいが、ミリカさんの笑顔も、異世界の飯には負けていない。

 異世界の酒には負けていない。

 オレが頑張れるのはミリカさんのおかげだ。

 さて、回復アイテムも購入したことだし、トールのところにでも向かうか。

 オレが知り合いの冒険者というのは、紅蓮の炎のメンバーと、そして訓練場の先生であるトールくらいしかいない。

 だからそう思って、訓練場へと向かおうとした、その時だった。

「お前が……紅蓮の炎に加入した、サトウか?」

 と、知らない大男に声をかけられる。

 誰だろうか。

 見たことがない男である。

 目の前には大男が立っている。

 大男は全身鎧、兜はかぶってはいない、その背中に大剣を背負っている、その男の顔にはモンスターにでもやられたのだろうか、深い傷があった。

 年の頃は三十後半から、四十くらい。

 おっさんである。

 とにかくおっさんの大男が何を思ったのか、オレに話しかけてきたわけだ。

 紅蓮の炎のメンバーであるオレに声をかけてきたのだ。

 最近のオレは人気になったものである。

 オレはきょとんとして、言葉を返した。

「はい。オレが紅蓮の炎のメンバー、サトウです。冒険者ランクはE。ええと……あなたはどなたでしょうか?」

「ああ。すまない。自己紹介をしていなかったな。オレの名前はノスカー。職業はセイバー。冒険者ランクはAだ」

 冒険者ランクAだって!?

 つまりこの目の前に立っている顔面に傷のある大男は、エルマと同じように、Aランクの冒険者だというのか。

 あの化け物のように強い、エルマと同じ、そんな冒険者だということか。

 確かにほかの冒険者に混じっていたため、この冒険者の能力をさっきまで感じることはできなかったが、目の前に立っているこのノスカーの威圧感は、エルマ以上とも言えるのかもしれない。

 いや、そもそも回復術士であるエルマと、セイバーであるノスカーを比べること自体が、間違っているのかもしれないが。

「サトウ、お前の今後に期待している。一日でもはやくオレのところまで来いっ」

 そしてノスカーはそれだけ言うと、去っていった。

 Aランクの冒険者ノスカーの背中は、とても大きかった。

 その背中はとてもかっこいいものだった。

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