第17話

 朝、六時になると、オレはいつものように目を覚ました。

 なんでだろうか。

 異世界に来たというのに、元の世界の感覚がまだ抜けないようである。

 別にせっかく異世界にきたのだから、こんな朝早くに起きる必要もなく、昼過ぎまで寝ていてもいいというのに。

 とはいえ、オレはなんだかもう眠れそうにもなかったので、部屋の洗面所に向かい、顔を洗う。

 水が冷たい。

 なんだか生きている、という感じがする。

 元の世界でただ仕事をもくもくとこなしているよりも、異世界でモンスターを討伐しているほうが、生きている実感がする。

 生きている実感がある。

 死ぬ可能性ならば、この異世界のほうがよっぽど高いような気がするのだが。

 顔を洗い終わって鏡を見ていると、こんこんと部屋の扉がノックされたようだ。

 どうやらただ鏡を見ていただけで、髪の毛の調子を見ていただけで、朝食の準備ができたようである。

「おっさん、朝食をお持ちしました」

 というユイカの声。

 オレはこのユイカのことにも慣れてきたので、

「え? マジ? もうそんな時間か。朝食はテーブルの上に置いておいてくれる?」

「あ、はい!」

 という声が聞こえてきた。

 ほんとユイカは元気な子である。

 その明るさを、その元気の一部でも、おっさんのオレに分けてほしいものである。

 オレは前髪を整えて戻ると、そこにはユイカがいた。

 どうやらテーブルの上に朝食を用意していてくれたみたいだ。

 ユイカはオレのことを見ると、言った。

「なんだかおっさん、身体が大きくなってきましたね」

「そうかな?」

 オレから言わせると、そんなふうになった気はまったくしていないんだが、ユイカから言わせると、オレの身体はこの村にきてから、かなり鍛えこまれたように見えるらしい。

 オレが異世界でやってきたことなんて、モンスター討伐をしたり、冒険者ギルドの地下訓練場で、上の冒険者ランクの冒険者に、訓練をつけてもらったというくらいのことなのに。

 そんなことよりオレはこの少なくなってきている前髪のほうが気になっていた。

 なんてことだろうか。

 異世界召喚されたのに追放されたストレスのせいか、前髪が少し減少してきたような気がするのだ。

 せっかく異世界に来たのだから、髪の毛がふさふさになってもいいだろうに、なぜこんな目にあわなくてはならないのか。

 ポーションを頭にかけたら頭がふさふさになったり、頭にハイポーションをかけたら、頭がふさふさになったり、そんなことにはならないのだろうか。

 だがユイカはオレの髪の毛なんて全く気にしてないとでも言うように、気にしているのはオレだけなのかもしれない、いつものように明るく言った。

「はい! なんだかすごいたくましい体つきです。私が腕に抱き着いたとしても、もろともしないくらいにとても筋肉質な筋肉です」

 というユイカ。

 なんだこの子。

 もしかして筋肉質な冒険者が好きなのだろうか。

 オレは勇者ふうの勇者が好きだが。

 さて、ユイカがいかにオレが成長したかを述べているが、オレは朝食をユイカの話を聞きながら食べると、冒険者ギルドに行くことにした。

 オレは毎日日銭を稼がなきゃ食っていくことができない貧乏な冒険者である。

 だからのんびりとユイカとお話をしているだけでは生活はしていけないし、宿屋にだってとまる金もなくなってしまう。

 武器だって防具だってまだそろえてはいないし、それはいつも毎日晩酌しているせいだが、異世界というのも楽な世界だと思っていたが、どうやらそんなことはないらしい。

 異世界にはうまい飯と、うまい酒という敵がいて、お金を貯めるのを邪魔してくる。

 武器を買うためのお金を貯めるのを、防具を買うためのお金を貯めるのを、邪魔してくる。

 うまい飯。

 うまい酒。

 これは本当に冒険者にとって天敵である。

 オレが毎日酒を飲んで日々を楽しんでいるのも、うまい飯を食って異世界の生活を楽しんでいるのも、神様がオレが少しでも優秀な冒険者になるのを邪魔しているのだろう。

 さて、ミリカさんのいる冒険者ギルドに行くか。

 冒険者ギルドにつくと、いつも大人気の受付嬢ミリカさんの列には、男性冒険者、そして女性冒険者の列ができていた。

 女子にも男子にも人気があるとは、さすがはミリカさんである。

 まあ美人受付嬢で、昔は強い冒険者だった、という話もあるから、男子だけではなく女子にも人気があるのだろう。

 クエストボードにもクエストの募集一覧が書かれてあるが、冒険者は誰もそこに集まらず、なぜかミリカさんに集まっていた。

 いや、お前ら。

 わざわざミリカさんのところに集まらず、クエストボードを見ればいいだろう。

 そんなにもミリカさんのところに列を作ると、彼女の仕事が増えるじゃないか。

 と、そんなことを思いながらも、オレもミリカさんの列に並ぶ。

 まあなんというのだろうか。

 ほかの人がやっていると、自分もつい同じ行動をとりたくなるのが、人間というものである。

 どんだけ列作ってんだよ。

 オレの後ろにまた冒険者が並んじゃってるよ。

 ミリカさん大変だな。

 なんて思いながら、列が進んでいくのを待っていると、ついにオレの番が来た。

 ミリカさんは笑顔で言った。

「サトウ様、おはようございます! サトウ様が今日受けることができるクエストは、こちらです」

 クエストはSクラスからGクラスまでのクエストがある。

 受けられるクエストは普通に選択できるようになっていて、受けられないクエストは黒い文字で選択することができない状態になっている。

 オレが受けられるクエストは最低ランクのG。

 薬草採集だったり、ゴブリン退治などがGランクの最低の冒険者が受けることができるクエストである。

 あー。

 オレも早くS級の冒険者になって、ドラゴンでも討伐してみたいものだ。

 なんて思いながら、オレはそれしか受けることができない、ゴブリン退治のクエストを受ける。

 と、ミリカさんにこんなことを言われた。

「サトウ様、サトウ様は回復アイテムを使ったことはありますか?」

「いえ、敵の攻撃を今まで食らったことはないので」

 ミリカさんはオレの言ったことを信じているのか、疑っているのかはわからないが、笑顔を浮かべて、言った。

「モンスターとの戦闘でダメージを負った場合、回復アイテムを使用したほうがいい場合があります。ちなみに回復アイテムにも複数の種類があって、回復力が少ないポーション、ある程度回復力の高いハイポーションというふうにいろいろな回復アイテムがあります。よかったらサトウ様、この回復アイテムを買っていってはいかがでしょうか?」

「はあ……」

 回復アイテムか。

 確かにゲームなんかでは回復アイテムをかうのが普通だけれど、オレは敵の目を奪って攻撃するから、ほとんど敵のダメージを食らうことがないんだよなあ。

 とはいえ、この冒険者ギルドの受付のお姉さん、ミリカさんにもポーションを売るというノルマでもあるのか、そんなデイリーミッションでもあるのか、せっかく回復アイテムの購入をすすめてくれているわけだしな。

 いつもミリカさんにはお世話になっているし。

 少しくらいの回復アイテムは買っていってもいいかもしれない。

 回復アイテムの一覧は以下のとおりである。


ポーション 銅貨一枚

少しのダメージを回復することができる。


ハイポーション 銀貨一枚

ある程度のダメージを回復することができる。


エリクサー 大金貨一枚

どんな怪我も回復することができる。


 うわー。

 思わずそんな声が漏れてしまっていた。

 エリクサーの値段、大金貨一枚。

 日本円にして、百万ほどの値段がエリクサーについているということだ。

 高い。

 高いよ、エリクサー。

 百万があれば、どれだけ酒が、どれだけの飯が、どれだけの蜂蜜酒が、飲めると思っているのか。

 それとも何か。

 このエリクサーを頭にかければ、髪の毛がふさふさになるとでも言うのだろうか。

 悩む。

 お金をためて、エリクサーを買うべきか。

 だがエリクサーを頭にふりかけても髪の毛がふさふさにならないのだとしたら、百万という大金を失ったことになる。

 もしそんな大金があれば、どれだけの酒が、どれだけの蜂蜜酒がかえるというのだ。

 武器をかえ、防具をかえという突っ込みは受け付けません。

 と、そんなことを頭の中で思っていたら、ミリカさんは言った。

「サトウ様、お勧めはハイポーションです」

 というミリカさん。

 ポーションよりもハイポーションをすすめてくるとは、ミリカさんもなかなかのやり手のようである。

 ただの美人受付嬢だと侮っていたかもしれない。

 目の奥がきらん、と光って見えるのは気のせいだろうか。

 いや、気のせいではない。

 だがオレは銅貨二枚を出すと、こう言った。

「ポーション二つください」

 ハイポーション買わないかよ、という突っ込みを入れたいような顔をしている、ミリカさん。

 ミリカさん、オレがほしいのは、できるだけ安く買えるポーションと、そしてすべてを回復させる可能性のある、エリクサーなんですよ。

 ハイポーションなんて高性能だけどそこそこの値段のする回復アイテムなんて、オレにはまだ買うお金はないのである。

 目指せ、エリクサー。

 百万を貯めたら、この髪の毛を、薄くなってきたこの髪の毛を、治せるかもしれない……。

 いや、治せると信じている。

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