第16話

 冒険者ギルドの受付のお姉さん、ミリカさんから地下の訓練場での特訓を勧められた。

 なんでも冒険者ランクがGランクの冒険者は、新人の冒険者は、地下の訓練場での特訓をして少しでも自分の能力を上げるらしい。

 自分のレベルを上げるらしい。

 冒険者というのはモンスターを倒してレベルを上げるものだと思っていたけど、どうやらそれ以外でも、冒険者のレベルを上げることは可能なようだ。

 ミリカさんの勧めということもあって、オレは地下の訓練場での特訓を受けることにした。

 さて、ミリカさんに地下の訓練場の場所を聞いて来たはいいんだけど、本当に場所はここでいいのだろうか。

 辺りを見回すと、大部屋の中には一人の冒険者の姿がある。

 この人がオレを指導してくれる人なのだろうか?

「あの……。地下の訓練場での特訓を受けに来たんですけど……場所はここでよかったですか?」

「ああ。お前が訓練生か」

 四十くらいの見た目のおっさんの冒険者がうなずいて言った。

「ええと……お前の名前は?」

「サトウです」

「ああ。サトウの特訓をするのはこの私だ。私のことはトールとよんでくれ。冒険者ランクはC。新人の冒険者を特訓して、少しでもましな冒険者に仕上げるのがこの私の役目だ」

「トール、よろしく」

 オレとトールの年は近いだろうと思ったので、オレはそうトールに言った。

「ああ。よろしくな。で、サトウはなんの特訓がしたいんだ」

「実践の訓練です。モンスターを討伐するためのレベル上げをしたいと思いまして」

「ほう。Gランクの冒険者なのに……ずいぶんと高い志を持っているな」

 モンスターを討伐したいと思うくらいで、高い志を持っていることになるのだろうか。

 だが日銭を稼ぐのには、モンスターを討伐するのが一番だと思うのだけど。

 と、トールは言った。

「サトウは何の武器を使ってる?」

「素手ですね」

「防具もそんな薄手の装備で大丈夫なのか? まあお金がなければ、十分な装備も整えられねえのかも知れねえが」

「防具ですか……」

 ゲームの中だったらちゃんとした装備、ちゃんとした防具を整えていくのだが、現実だとそううまくはいかない。

 異世界でのうまい飯に魅了され、異世界でのうまい酒に魅了され、お金がなかなかたまることがないのである。

 ちっとは節約しろよ、と思うのかもしれないが、せっかくの異世界だ。

 貯金なんてせずに豪勢にやろうぜ、酒を飲もうぜ、飯を食おうぜ、という考えで、浪費しすぎたのかもしれない。

 とはいえ、今はこれが最高装備と言っても過言ではない。

 なぜならうまい飯とうまい酒を飲んでいると、一銭もお金が残らないのだから。

「トール、防具のことは今はよしてください。オレは今Gランクの冒険者。日銭を稼ぐだけで、いっぱいいっぱいの生活なんです」

「そうだな。Gランクの冒険者なら……仕方がねえかもしれねえな。武器をそろえるのは……防具をそろえるのは……もうちょっとランクを上げてから考えることだったかもしれねえ」

 というトール。

 いや、まあオレに節約という概念があれば、貯金をして、少しでもいい武器を、少しでもいい防具をかう、という選択肢もあったのかもしれないが。

 だが元の世界では貯金をするためにできるだけ金を使わない、という生活をしてきたこのオレにとって、異世界までそんな生活でいいのかと、せっかく異世界に来たんだから、次こそはもうちょっと楽しい生活をするべきではないのかと、そんなふうに考えてしまったわけである。

 まあ別に魔王だったり、魔人族を倒すわけでもない、異世界での生活である。

 最強の装備を手に入れる必要もないし、異世界での生活をするだけなら、このこぶしだけと、この身体だけあれば、十分に生きていけるだろう。

 なんて考えていると、トールは言った。

「さあ、やろうぜ、サトウ。そうだな。武器なんてなくても、この魂があれば、モンスターとも戦えるもんな」

「そうですよね」

「かかってこい、サトウ。オレはCランクの冒険者。Gランクの冒険者のサトウの攻撃をオレが受け流すから、お前は好きに攻撃をしてくれ」

「いいんですか?」

 つまりトールは反撃をしないということである。

 反撃をしてこない相手を倒すなんて、結構簡単だと思うけれど、それでいいのだろうか。

 とはいえ、目の前にいるトールはまさかGランクの冒険者になんて負けるとは思っていないようで、自信満々な顔をしている。

 まあそんなに自信があるのなら、それもまあいいだろう。

 オレは異世界召喚者とはいえ、追放された無能な冒険者。

 そして冒険者ランクは最低のGランクの冒険者だ。

「じゃあ、行きますよっ」

「おう、来い」

 と、トールは言っていたのだけれど、数十秒後のことである。

 焦った顔に変わったトールはこんなことを言った。

「ちょ、ちょっと待て。攻撃をやめろ。それ以上攻撃をしたら……オレが死んじまうだろうが……」

「はあ?」

 あんなにも反撃しないから、好きに攻撃をしてくれと言っていたトールが、今更になってそんなことを言いだした。

 好きに攻撃をしていいといったくせに、今更何を言っているのか。この男は。

 そう思ったが、死ぬ死ぬ死ぬ、とうるさいので、おとなしく攻撃をやめる。

 はあはあはあと息を乱しているトールはぺたりとその場に座りこむと、

「お前……ほんとに何者なんだよ……初心者の冒険者って話だったけど……Gランクの冒険者だって話だったけれど……おそらく嘘だな……」

 というトール。

 いや、オレは実際にGランクの冒険者であり。

 そして異世界召喚者でありながら、無能の烙印を押された冒険者なわけだが。

 でもそんなことをわざわざ言うのは恥ずかしいので、

「トールって……本当にCランクの冒険者なの?」

 相手を小馬鹿にするように、冗談を言うように、そういった。

 そう言われたトールは、

「お……お前……上のランクのものになんてことを……まあオレは優しいからそういうことも気にしないけどさ……」

 トールはそう言うと、こう言った。

「サトウ……お前はなかなか見込みのある冒険者かもしれないな。オレはCランクの冒険者だから、確証はできないが……お前なら……オレ以上の冒険者に……つまりBランク以上の冒険者に……なれるかもしれねえ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る