第21話 異界からの先触れ

 河津動物病院の駐車場。

 日差しがぽかぽかと暖かい。


 駐車場でだらんと寝そべるぜんざい。

 その大きなお腹の上で、おはぎがすぅすぅと寝息をたてていた。


「あのへんなナメクジは一匹だけだったんですか?」


 二匹の様子を眺めながら、丈二たちは河津先生を待っていた。

 とりあえず簡単な調査をしてもらっている。


「一匹だけなら、わざわざ河津先生に調査は依頼しなかったでしょうね」


 丈二の隣に立っている半蔵。

 半蔵は気分が悪そうに眉をゆがませた。


「人狼の体の中にうようよと居たんですよ。明らかに異常だと分かるくらいに」


 その話を聞いて、丈二も顔をゆがませる。

 

 子供のころ水道メーターのボックスを開いたことがある。

 その中にはナメクジがうようよと這いずりまわっていた。

 ひんやりとした日陰であり、湿度も高い。

 ナメクジにとっては最高の環境だったのだろう。

 その様子を見て、背筋を這われるような不気味さを感じた記憶がある。


「……それは他の狼にも寄生してたんですか?」

「強めの奴には入ってましたね。うようよってほどじゃありませんでしたが」


 他の狼にも寄生していた。

 そうなると心配になるのはぜんざいだ。

 もしも体の中に入り込んでいたら、どんな悪影響があるのか分からない。


「ぜんざいちゃんの心配なら、問題ないよ」


 河津先生が歩いてきた。

 その手には大きな封筒。


「とりあえず、僕の見解をまとめておいたから。さらに詳しいことが分かったら、また連絡するよ」


 河津先生は大きな封筒を半蔵に渡す。

 そして丈二を見る。

 のんびりとした顔に、丈二は安心を感じた。


「まず、こいつらは精霊に寄生する生き物だね」


 河津先生は白衣のポケットから小瓶を取り出した。

 ナメクジの入った瓶だ。


「体のほとんどが魔力で形成されている。だけど自分たちでその体を維持することはできない。精霊に寄生して、精霊が作り出した魔力を吸い取ることで体を維持しているんだろう」


 精霊は生き物に寄生する。

 その精霊にさらに寄生するのが、あのナメクジなのだろう。


「精霊と生物の関係を寄生と呼ぶことが多いけど、正確に言うと共生だね。精霊は生物の生命力を分けてもらう。代わりに精霊は魔力を提供して、生物は魔法を使える。どちらにも利益のある共生関係だ」


 河津先生はスマホを取り出す。

 そのスマホには動画が流されていた。

 白いネズミ。その背中に”ナメクジ”が張り付いている。

 ネズミは半狂乱になったように暴れていた。

 小さなネズミとは思えないほどの力で体当たりして、檻をゆがませている。


「このナメクジは魔力を吸い取る。その代わりに何らかのエネルギーを渡しているようなんだけど、それは生物にとって良いものは言えなさそうだ」


 動画の最後。

 河津先生が魔法を使ってネズミを眠らせた。

 その背中に付いたナメクジをピンセットではがして、ネズミのケガを治療していた。


「ギルドから貰った資料も合わせて考えるに、このナメクジは生物の凶暴性を上げて、さらに肉体を変化させるらしい。キミたちが戦った人狼も、狼のモンスターが変化したものだと推測できるね」


 河津先生はスマホの画面を切り替える。

 そこに写っていたのはネズミの写真。

 普通のではなく、魔力が見えるサーモグラフィーっぽい写真だ。

 そこには、背中にとりついたナメクジがくっきりと写っていた。


「このナメクジはくっきりと写るんだけど……」


 画像が切り替わる。

 今度はぜんざいの物だ。

 そこにおかしな影は写っていない。


「ぜんざいちゃんにおかしなところはない。ついでに、貰ったナメクジのサンプルを解剖してみたけど、ナメクジには生殖機能が無い。卵なんかが植え付けられてる可能性も低いね。人狼の体からも、それらしきものは見つかってないらしいから」


 その言葉を聞いて、安心から丈二は脱力する。

 とりあえず、ぜんざいの体に心配はないらしい。


「良かったよ。ぜんざいさん」


 丈二はぜんざいのお腹をなでる。


「ばう」


 『何を心配しているのだ』ぜんざいは呆れたような目で丈二を見ていた。

 ぜんざい自身は初めから心配ないと確信していたのだろうか。


「ぐるぅ」


 おはぎは起き上がると、ボクも撫でてと丈二の腕に体をこすりつけてくる。


「うんうん、おはぎも良かったよね」


 丈二が親ばかを発動。

 おはぎの頬をなでると、おはぎはぐるぐると喉を鳴らしていた。


 その間、半蔵は難しい顔をしている。


「つまり、ナメクジどもが増える可能性は低いですか?」

「現状では『自然に増殖する可能性は限りなく低い』と言えるね。今後もモンスターと一緒に現れる可能性は低くないけど」

「なるほど……」


 半蔵は眉を寄せているが、先ほどまでよりは柔らかい顔つきだ。

 最悪の可能性。

 つまりナメクジが増殖して、ダンジョンや自然環境に悪影響が出る可能性が減って安心しているのだろう。


「ああ、ただ一つ注意して貰いたいんだ」

「なんでしょうか?」


 いつものんびりとした顔をしている河津先生。

 その顔が険しくなった。


「このナメクジは凶暴性を増すとは言っても、モンスターや”精霊が宿った生物”を強化する。この情報が流出したら面倒なことになるかもしれない。十分に注意するよう、ギルドに伝えてくれ」



☆要約

・ナメクジはモンスターに寄生して凶暴化+強化させるよ

・ぜんざいには寄生してないよ

・ナメクジの強化能力には価値があるから、ギルドは気を付けてね

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