王の姿

想定以上だったな、一瞬だけとはいえ根源から力を引きずり出せたとは。

ゴブリンの親子が襲われて、グレイスが飛び出す寸前に飛び出してそのまま根源由来の魔力で武器を変形させるとは本当に想定以上だ。

それに、配下として相応しい姿を見せれたか。それならば、俺もそれにしっかりと応えなければな。


「アコニト、お疲れさん」

「……ドラコー様」

「グレイス治療をしてやってくれ、俺はあれを殺して来る。アコニトよく見ておけ、お前の王の戦いを」


疲労から足を震えさせているアコニトの肩を軽く叩いて、全身に刻まれた傷の治療をグレイスに頼む。

それからゆっくりと右手の籠手と手の中に取り出した黒い光を内包したダイアモンドの両方に魔力を注ぎ込んでいく。

手の中からミシミシという音が鳴るのを無視して、静かに目の前の木々の隙間に目を向ける。



バキバキという音と共に木が薙ぎ倒されていく。

木々の隙間の暗闇から姿を現したのは木々をかき分けるトロルよりも遥かに大きい巨大な手足。

続いて出て来たのは理性を失って目が地走り歯を食い縛った顔に、所々が錆びて青くなった銅の鎧を身に付けた筋骨隆々の胴体。

鎧の隙間から見える肌には古い裂傷の痕が見える。


巨人、自然界の上位捕食者の巨人だ。

本来ならばこうした森林区域ではなく山岳区域や大峡谷に生息している筈の生物だ。

時々群れに馴染めなかったのだったり、同族に敗れたのがそうした場所から離れるが、そうした場合ならば錆びるまで銅の鎧を身に付けていない。

つまり、異常生態ということだ。


「それも、四体」


大きさに多少の違いはあれども、異常な生態をしているのが四体も同時に存在している。

それも四体全員が血走った目に歯を食い縛った顔だ。

空気がひり付く様な敵意も目の前に立っている俺じゃなくて後ろにある集落へ向けている。

ゴブリンの様な木端など狙わない筈の巨人が、ゴブリンの集落へと敵意を向けている。

まぁ何が起きて、誰が原因なのかは大体想像付いているがな。この後で殺しに行くとしよう。


「さてと、それじゃあまぁ死んでくれや木偶の坊」


魔力を思いっきり引き摺り出して、その全てをダイアモンドに注ぎ込んでいく。パキリという音と共に砕けて飛んだ破片を見ながら腕を振る。


────────────────────────



空気が捻れて、砕かれて、甲高い悲鳴を上げる。

揺らめいて湧き上がる黒い光は右の手の中から砕けて弾けた破片に纏わりついていく。

それはゆっくりと実体を持って、一つの形を成しながら振り上げられた手の中に収まっていく。

それが元の形であるかの様に澱みや迷いという物を一切見せずに成していく。

そうして形を成したのは黒い鎌。身の丈以上ある長柄に異様な輝きを見せる刃を携えた黒い鎌。

持ち主は軽く目を向けて、手首だけで軽く三回転させると片手で刃を振り上げて眼前の敵へと向ける。


後ろにいたアコニトとグレイスは魅了されたかの様にその鎌を、持ち主であるドラコーの背中を見ていた。

瞬きすら忘れただただその姿を見続けていた。


目の前に立っていた巨人たちは、鎌が現れた時点で漸くドラコーの存在に気付き、奪われた感情を取り戻して後ろに足を引いて恐怖に身体を震わせる。

生物が潜在的に持ち続ける未知と死への恐怖を、巨人たちはあらゆる影響を上書きする形で芽生えさせられた。言葉無き声を上げる事すら出来ないまま、その身体と精神を硬直させる。



固まった巨人を放って、ドラコーは大きく鎌を振り上げて音も無く空中に線を描く様に軽く動かす。

それだけの動きで、50m以上の距離はある巨人の内一体の胴体がズルリと崩れ落ちていく。肩から腰にかけて真っ直ぐと、一切の抵抗を感じさせない切り口を見せながら崩れ落ちる。

残った三体の巨人が驚愕に包まれていく中、それを実行したドラコーは当然の結果の様に反応を示す事なく再び鎌を振り上げていく。

振り上げたことに気づいた巨人たちは逃げるために背を向けて走り出そうとして声を聞く。


「汝背を向ける事を禁ずる、汝逃げる事を禁ずる、汝目を背ける事を禁ずる、汝動く事を禁ずる」


そんな言葉が耳では無く、脳に直接無機質な声を刻み込まれる。そして逃げようとした身体が一切動かなくなり、迫り来る恐怖から目を逸らす事も目を閉じる事も出来ずに固まっている事を理解する。

ドラコーはそんな巨人の様子を見て軽く口角を上げて鎌を振り下ろし、そして下から上へと振り上げる。

しっかりと軌道が見えるゆっくりとした振り方だったが、鎌が通りすぎた後の空気は死に絶えて何も感じさせない異様な空間を形成する。


そして音の無い空間に物が落ちる音が広がる。

残った巨人の内二体の身体が複数の方向から切り裂かれた様にバラバラと地面の上に落ちていた。

切り口は同じ様に重ね合わせたらピッタリと引っ付いてしまう様な鮮やかさだった。

残った一体の巨人はガチガチと歯を鳴らして、迫り来る死と恐怖に震え続ける。


「邪魔だな、思った以上に」


ドラコーは切り分けた巨人の死体を見てそう呟いた。

バラバラにされた筈なのに一切血が流れていない死体の山に向けてそんな言葉を向けて、それから鎌で地面を軽く叩いた。

そしてドラコーの足元から黒い水の様な何かが巨人たちの方へと広がっていく。地面を黒に染め上げながら巨人たちの死体へと近づいて行き真下へと辿り着いた瞬間、死体たちを飲み込んでいく。

沈んでいくかの様に切られた巨人三体分の死体と、生きた状態で固まった巨人一体が飲み込まれていく。


「あぁ、すまん忘れてた」


最後の一体、生きながら飲み込まれていた巨人の身体が半分ほど飲み込まれた時にそう言ってドラコーは鎌を横に振り抜く。

生きながら飲み込まれる感覚を味わい続けた巨人は、閉塞感を感じながら首を切り飛ばされて死に絶えて他の巨人と同じ様に飲み込まれる。



その場においてゴブリンよりも遥かに上位の存在であった四体の巨人たちはあまりにも簡単に、それでいて残酷にその命を奪い去られる。

生き延びたいという執念を抱きアンデッドになり得た可能性を、これ以上生きて再び同じ目にあいたく無いという恐怖で塗り潰しながら死んでいった。


それを成したドラコーは軽く見渡して死体が残っていないのを確認して、鎌を肩に担ぎながら広げた黒い水の様な何かを自身の中へと回収していく。

それらが引いた後は草木が枯れ果てている事もなく元の綺麗な緑色が広がっており、その場で巨人が死体となったという事実を感じさせなかった。

回収を終えて、もう一度一通り見渡してから静かに振り返って後ろにいるアコニトとグレイスの方へと歩いていく。


「これがお前らの上に立つ俺の力だ。よく目に焼き付けたかグレイス、アコニト?」


そんな風に声を掛けながら近づいていく。

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