水源と霊石

「此方の奥地が、己らの水源です」


そう言われながら案内された先は、修練場を通り過ぎた先にある小さい丘とそこに開いた縦幅200、横幅150ほどの穴だった。

外から見る限り、緩やかにそこそこの距離を下っていく様に続いている穴で光が届いていないはずだが、奥底付近も光がある様に見える。というか、穴の内部に全体を照らせるだけの光源があるな。


「では、参りましょうか」

「あぁ」

「若干滑りますのでお気をつけ下さい」




ジメッとした感覚を足の裏で感じながら穴の中を歩いていく。

踏んだ瞬間にほんの少しだけだが水が滲み出て来ており、外の湿り気のある地面とは違う感覚に、本当に水源が近くにあるんだろうなと実感出来る。

それに、少しばかし先へと進めば周囲に鉄や鈴、それから翡翠が表面に薄らと見えている。追加で削られている痕跡が無いのを見るに、ゴブリンたちは手を付けていないのだろうな。

俺も製錬技術は分からんから教えたりはしないが。

・・・・水の音が聞こえるな、そろそろか。



「着きましたよ」

「……コイツは、また随分と、凄いな」

「……えぇ、これは凄いですね」


辿り着いたのは虹の輝きを放つ巨大な地底湖。

成龍が三匹は入るくらいの広さはあるし、深さもそこそこに深そうな湖。透き通っている湖の底には多種多様の宝石の原石が顔を出しており、それらが光を放ち反射し合っている。

それに、奇妙なまでに清浄な湖だ。ゴブリンたちが頻繁に掬っている割には濁っていないし、こうした湖ならば多少は混ざっている不純物が一切ない。

作られた綺麗さではなく純然な綺麗さとでも言うべきか、綺麗な水場であるという事が常に確定した事実であるというべきか、神の干渉があり続けているというべきか、取り敢えず異様な美しさであると言える。


「少し掬ってみても?」

「どうぞ、何故か減らないし増えない変な水源ですから。なんだかんだで十数年は飲んでますけど、特に異常性は無いですし」

「なるほど、では貰うぞ」


万が一でも俺の呪いが湖に混ざらない様に気を付けながら、そっと水を手の上に掬い上げて口に含む。

…………水ではある、水ではあるが奇妙だ。

口当たりが軽い様で重い、苦みや臭いを感じる様で全く感じない奇妙すぎる味だ。

それから、幾つか意図的に体に仕込んでいた呪いが浄化されている。不老不死に不変といった呪いは消えていないが、試験的に作って検証していた呪いが浄化されて消え去ったな。まるで白龍の治癒の力で呪いを消した様にあっさりと消え去ったな。


「………………聖水か?」

「何か言いましたか?」

「いや、何でもない。気にしないでくれ」


精霊の泉では感じなかった浄化性、本質的に俺と対極の位置にある根源的な力。

俺の考えが正しいのならば、この地底湖の中心に。

この虹の輝きを放つ鉱石たちの中に...あれか。

直接手に取る訳にはいかないし、輝きが邪魔で把握しきれないがおそらくあれだろう。

一応、アコニトにも確認を取っておくか?

だが関わっていないだろうし、そもそも知らん可能性もあるし、下手に教えて飛び込まれてもあれだから確認するのはやめておこう。

そもそも俺の考えが正しいのか分からんしな。


「ふむ、美味しいですね」

「ん? あぁそうだな、もう普通の水が飲めなくなりそうだ。飲み過ぎない様に気を付けないとな」

「そうですね、確かにこの味に舌が慣れてしまってはよろしくありませんしね」

「あぁ。ところでアコニトは手を突っ込んで何をしているんだ? 何か落としたか?」

「あぁいえ問題ありません」少々お待ちいただければ....よっと、今日も綺麗な物が貰えましたね」

「それは、何だ?」

「この湖に手を突っ込んでお礼や手向け、祝福の念を込めますと何故か貰えるのです。そこらの石よりも遥かに綺麗ですので、結婚記念や初狩り祝いにはこれを贈るのが流行りなのです」

「ほう」

「ということで、此方をお二人にお贈りします」

「……これを、俺たちにか?」

「はい、言葉では表せませんし、どれだけの行動を捧げようとも返し切れない程お世話になりましたから。

そのお礼です、どうか受け取っていただきたい」

「あぁ、勿論受け取ろう。感謝するぞ」

「私も受け取りますよ。ありがとうございます」


アコニトが水に手を突っ込み、そう言いながら差し出して来た物は、周囲にその輝きを漏らさない内側で白く輝き続ける見たことがない丸い鉱石。

湖と同じかそれ以上の浄化性を内包していて、鉱石の輝きの中心部には微弱ではあるが神性が感じる。





「…………あぁ、此処にあるのか」

「? どうかなさいましたか?」

「いや問題ない、気にしなくていいぞ」


確定だ、確定したぞ。

此処には霊石がある、それもあの精霊が言っていた霊石が此処にある。何故此処にあるのかは全く分からんが、此処はもはや神の代行者が滞在するのに相応しい清浄性と美しさを備えた場所である。

霊石も正しい形、正しい在り方を持ったまま此処に存在しているし、生成を続けている。


であるのならば最早何の障害も無くなった。

あの精霊とあの泉が霊石を他者に与える為に必要だと思ったが、此処にあるのならばあれらは最早不要だ。

泉は動物の水飲み場になるかもしれんから残してはおくが、あの精霊を消しても何ら問題はないな。

まぁそう急ぐ事もないな、今はこの集落での暮らしを満了しよう。その最中に干渉して来たのならば、



あの精霊は殺そう。

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