鍛錬verグレイス
「さてと、それでは私が行うのはより強い一撃を連続で強大な相手に叩き込める様になる鍛錬です。
ということで...重しを掛けます。崩れ落ちない様に、両の足だけで踏ん張って下さい。武器は下では無く胸元で持って、抱え込むのは無しです。
では取り敢えずその状態で移動しましょうか」
グレイスがそう言葉を告げて、羽と尻尾を解放する。
パキリという空気が軋む音と共にグレイスの体から魔力と威圧が溢れ出す。
ズンとした感覚が全身に突き刺さり、俺は全くそう思わないが、ゴブリンたちの様子を見るにおそらく立っているのがやっとなくらいに重さを感じている様だ。
まぁこの圧に慣れれば、少なくともトロルと対面して戸惑ったり冷静さを欠くことは無くなるだろうし、溢れ出したこれを感じるだけだから楽だろう。
「お互いに、そうですね...武器を振り回して、横に動いても当たらない程度に動いて下さい。
あぁ、安心して下さい。この修練場全体に声を届けるのも、あなたたち全員の動きを見て指摘する程度ならば容易に出来ますし、今はドラコー様も此処に居て見ておりますので」
………動き出したな、ゆっくりだが。
若い奴はこれに踏ん張るだけで終わりかと思ったが、逆に若い奴の方が率先して動いているな。
アコニトは、平気そうだな。重さを感じてはいるだろう力の入り具合だが、それでも手早く動いているな。
他には.....ふむ、傷が多い奴は比較的に力が入りすぎていないな。さっきまで俺たちの側に着いていたゴブリンも、しっかりと動けている。
………あの辺りは注意しておこうか、かろうじて踏ん張ってはいるが、あまり無茶はさせられんしな。気絶したら回収することにしよう。
「並び終わりましたね?
それでは、こちらに思うがままにその手に持った武器を叩き込んで下さい。目標は首を叩き折るか、四肢を潰して体を地面に倒して下さい。
大体そうですね、今から太陽が落ち始めるまでを期限としましょうか。達成出来ずとも構いませんよ、それならば次の指標が分かりますから。
後は振り方、踏み込み、狙い、力の込め方が甘いと感じましたら指摘して、どうすればいいか伝えて行きますので、では始めて下さい」
距離を取って並んだところでグレイスは魔法を起動、大体200cm程度の黒い人型を作り出す。
硬さはトロルぐらいか、ゴブリンたちの当面の目標としては丁度良いくらいだ。
………どれだけ達成出来るか、個人的には二人くらいだと思うが、どうなるかな。
さてと、俺も見て回ることにしよう。グレイスは練度が高い方を見ている様だし、俺は練度が低い若い奴らを見て行くことにしようかな。
────────────────────────
「踏み込みが甘いです。地面を踏み砕く様に全力で踏み込み、その力を一撃に込めて下さい。
………そうです、そこからさらに体を倒し切らずに起こして二撃目を狙って下さい。そう、そうやってすぐに体を起こして距離を取って踏み込み、一撃を繰り返して下さい。狙いは悪くありません」
「焦るな、丁寧にやっていけ。乱雑に武器を振っても当たらないだろう? 一回息を吸って吐いて、さぁ落ち着いたな? 狙い目は根本から少しズレた位置だ、分かるか...そうだ、よく分かっているな。
そこにしっかり、真っ直ぐ打ち込むんだ。
……そうだ、合っているぞ。それを繰り返し、ゆっくりじっくりと力を入れていくんだ。まずは全身、次に手、その次に腕、それから踏み込み、そして最後にもう一回全身と一歩一歩着実にやっていくんだ。
さぁ、頑張れよ」
「踏み込みに力を込め過ぎて武器を振る力が残っていませんよ。大丈夫です、その踏み込みから強い一撃を打てる様にしましょう。さぁ同じ様にやって下さい。
……前傾姿勢になり過ぎです、上体を起こして同じ力で踏み込んで下さい。それをするだけでずっと武器を振りやすくなります。
………そうです、そのやり方を維持して繰り返して下さい。慣れて来たらそこから続けて同じだけの力で打つ手段を模索して下さい」
「大丈夫か? 少し休め。
無理と無茶を続けるのは正解じゃない、それでは傷では無く怪我を重ねてしまうぞ。見てみろ、お前を教えていた教官だって休みながらやっているだろう?
しっかりと自分を振り返り、怪我をしない様に気をつけるんだ。それから、槍を使うならばこの距離感では無く、もう少し後ろに行った方がいいな。
……そうだ、その距離感は良いぞ、最高だ。
槍は近くで振り回して扱う事も出来るが、遠くからも振り回しても扱えるぞ。ちょっと長めに持つんだ。
……その通りだ、振り方もしっかりとしているな。それをしっかりと自分の体の様子を見ながら、常に全力を出せる様に続けるといい。頑張れよ」
「もう限界ですか? もう終わりですか?
確かに凹んでいますし、四肢にもしっかりとダメージは入っていますが、まだ倒れていませんし首も折れていませんよ? それでも終わっていいのですか?
彼方で倒れている若い人たちに混ざりますか?
……良く無いのならば立ち上がって下さい、どんな形でもいい歯を食いしばって、武器を支えにしてでもいいので、終わりたく無いなら立ち上がって下さい。
あなたの長は下半身を失って、片腕を失って、喉を潰されても決して心を折りませんでしたよ。あなたも同じ戦士なのですから、立ち上がって下さい。
…………えぇ、素晴らしい闘志ですね。あなたの振り方、踏み込み、力の入れ方は合っています。
ですので、狙いをズラさないで下さい。凹ませられたのならば、首を叩き折る事も容易いはずです。一撃で足りないのならば二撃目、三撃目を同じ場所に叩き込めばいいのです。さぁ、どうぞ続けて下さい」
「貫いたのか、中々やるじゃないか。
抜けないのか? んー、まぁ今日は抜いてやろう。
……よいしょ、ほら抜けたぞ。
コツとしては軽く捻りながら、後ろに投げるイメージで引き抜いてみるといい。それならそれほど力を入れずに抜けるぞ。うむうむ、だが素晴らしいな。
現状こうして貫いたのはお前だけだぞ?
……ほう、アコニトに憧れているのか。彼奴はかなり強いぞ。ズタボロになって死に掛けても諦めず、敗北しようとも何度でも挑み続ける闘志がある。だからこそ今の彼奴はお前たちの長であるし、お前たちの誰よりも強いんだ。
………だが、お前も良い目をしている。きっとその憧れを抱えながら積み重ねていけば、きっとお前ならアコニトを超える事も出来るだろう。俺が保証する。
ん? 続けるのか、良いぞさぁ存分にやるといい」
「お見事、無事に倒し切りましたね。
それでどうします? これで終わって休みますか? 私たちと同じ様に指導役になりますか? それとも、もう一度同じのを作り出して、時間ギリギリまで続けますか?
………分かりました、では頑張って下さいね? どうやって倒したのか、それを思い出しながら、一度目よりも早く、それでいて綺麗に倒して下さい。
別に首を狙っても構いませんよ?」
「どうしたアコニト、お前はここまでか?
あの日、あの時、あの瞬間俺たちに示した闘志はその程度なのか? 戦士たちの長として磨き上げた闘志はこの程度で終わりなのか?
…あぁ確かにお前のは硬くなっている、それに三度叩き伏せたのだろう。だがその程度で挫けるのか?
………そうだ、まだだろう? もっとその闘志を燃やし続けろ、それでいて冷静に完全な一撃を叩き込み続けろ。簡単に諦めるな、一撃で足を捩じ切れ。一撃で腕を叩き落とせ。一撃で首を斬り飛ばせ。
反撃される可能性を潰せ、貪欲にただ目の前の敵が抱えている勝利を奪い取れ。一撃で決めきれなくとも引くな、そこからさらに踏み込んで捩じ込め。
お前ならば出来る、成してみせろ」
────────────────────────
「そこまで、体を休めて下さい。
倒れない様に、しっかりと両足で立ち続けて下さい」
グレイスがそう告げながら魔法を解除する。
脱落者は十二名、打ち倒せたのは五十三名。
想定以上に踏ん張り切っていたし、想定以上に打ち倒せていて驚いた。若い奴らも二人ほど倒せていたし。
アコニトもアコニトであそこから追加で六回倒し切っていたしな。
……明日は軽めにしようと思ったが、ここまで疲労していても全く闘志が死んでいないし、結構厳しめにやってもいいか。
「あぁ、そのままで大丈夫です。これで私の鍛錬は終わりです。各自で解散という事で、ゆっくり休んで英気を養って下さい。
……みなさん想定以上でしたよ、素晴らしい戦士であると言えるくらいには想定以上でした」
……予想以上に嬉しそうな雰囲気を感じるな。それも若いのじゃなくて、練度が高い奴らから。
どれだけ厳しくしたんだ? 闘志は折れていないみたいだから、厳しさに振り切っていないみたいだが。
……まぁいいか、折れずに立ち上がり続けられているならば問題ないだろう。
「ドラコー様、グレイス様。
食事の前に水場に案内したいと思いますが、大丈夫でしょうか?」
「うん? 俺は全然大丈夫だが、お前はいいのか?」
「私も大丈夫ですが...」
「己は問題ありません、疲労感はありますがその程度です。崩れ落ちる程ではないです」
「そうか? じゃあ行くとしようか」
「はっ、ではこちらです」
強いなコイツ、というかもう回復したのか?
………あぁ、まだ体が変化中だったのか。俺とグレイスから圧を掛けられていたのを、適応しながら乗り越えたのかコイツ。中々にとんでもないことをしているな、あの若いのには申し訳なくなってくるな。
コイツを超えるのはかなり厳しいぞ。
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