第八話 共闘
月曜、火曜は何事もなく過ぎていく。
律がデカい図体をしてちょこまかとついて回るのが
クラスメイト達には既に仲が良い事に驚かれた。優斗にとっては遺憾だが、
律もその声に乗っかり「俺たちニコイチだもんね〜」と抱きついてくると、それを見た女生徒数名が黄色い声を上げ、優斗は首を捻った。
そして、今日は水曜日。
約束していた夜戦の日だ。
帰宅した優斗は夕食を済ませると勉強を理由に部屋に篭った。
祖父が関係者ならばもしかしたら母も。
そう思ったが余計な心配はさせたくない。戦いに行く事は伏せるようにした。
普段は特に報告しない優斗に母は怪訝な顔をしたが追及は無く胸を撫で下ろす。
ただ、祖父が一言だけ「精進しなさい」と呟いた事が気になった。
玄関からこっそり靴を持ち出し着替えると懐中電灯を手に窓から出た。優斗の家は
初めて踏み出した夜の世界は背徳の味がした。夜に出かけるのは年に数回の祭りの日くらいで家族と一緒だった。それが今は何も告げず抜け出している。いけない事しているようで心臓が騒いだ。
居間でテレビを観る母を警戒しながら境内を通り外に出る。
あとは待ち合わせ場所まで急ぐだけだ。夜回りの警官も田んぼしか無いこの辺りには来ない。田舎の夜は早いから誰にも出会わずに無事目的地に辿り着く。
神社からは南西に位置する小高い山の麓だ。
そこには既に律が待っていて大きく手を振っていた。二人は落ち合うと暗い山道を登って行く。
辺りは闇に包まれて、虫の声だけが響いている。さすがの律も人目を気にしてか言葉少なだ。こんなに静かな律は珍しいだろう。
そういえばと、優斗は気になっていた事を問いかけた。
「今の回ってる奴、封印じゃなくて倒せないのか? 倒してしまった方が手間がなさそうだけど」
律は「ん〜」と顎に手をやりながら解説する。
「あいつをきっちり殺すには一度封印を解いて復活させないとダメなんだよね。人間だって手足を斬っただけじゃ死なないでしょ? 完全体になった所で止めを刺さなきゃ意味ないの。それにはリスクも伴うから今の陰陽寮じゃ無理だね。仕事の内容が内容だし、殉職率が高くて万年人手不足だもん」
相変わらず軽い口調で不穏な発言をする律に顔を
それでは今日とあと一回、あの不気味な化け物と対峙しなくてはならないのかと優斗は肩を落とす。
「まぁまぁ、俺達にかかればあんな奴お茶の子さいさいだよ! 世の中にはも〜っと強い奴は五万といるからね。これからはあちこち飛び回る事になるよ。勿論、俺と一緒にね!」
その言葉に嫌な汗が背中を伝った。陰陽寮に入る事はまぁ、許容範囲内だ。でも、こいつと一緒というのが不安を掻き立てる。
手塚での動きを見るに相当な腕の持ち主である事は認めよう。しかし、どうにも本心が分からない。
底抜けに明るいかと思えば、ゾッとするほどの暗い目をする。その明るささえ時に狂気じみた気配を感じた。
優斗はそっと律の横顔を盗み見る。
ニコニコと笑うその顔は表か裏か。
そうこうしているうちに胴塚へと着いた。
優斗は初めて夜にこの場所を訪れたが、昼間とは違う異様な雰囲気に息を呑む。
辺りを包む冷気と妖蟲は変わらない。ただ、岩が鼓動するかのように明滅しているのだ。
「なんだ……あれ」
思わずそう呟くと律が横から顔を出した。
「あれね、やばいって合図。もうすぐ封印が解けちゃいますよ〜って」
そう言いながら、いそいそと刀を取り出す。
「今日は夜戦と、あと共闘の練習ね。初めての共同作業だよ。照れちゃうね」
テヘッと舌を出す律に優斗は無視を決め込んだ。それでも「んもう! 照れ屋さん」と言って
それも無視して優斗は問いかける。
「手順は?」
短い言葉に律は不貞腐れながらも答えた。
「まずは俺が祝詞を唱えるから、化け物が出たら攻撃して。今日は俺も手ぇ出すからね。俺まで斬らないでよ?」
それに首肯で返すと刀を佩く。
律が奏上を始めると間を置かずにそれは現れる。まるで
一際大きく体を震わせたその瞬間。
上半身を反らし間一髪
真一文字に薙ぎ払うと球体は弾むように跳躍して逃れる。
しかし、飛んだ先には律が待ち構え、上段から斬りかかり肉を抉る。勢いよく血飛沫が上がると大気を震わす雄叫びが響いた。
落下してきた球体にすかさず肉薄すると優斗は体重を乗せて深く突き刺し、返す刀で斬り上げる。
頭上に掲げた刀をさらに
「律!」
優斗が声を張り上げると「はいは〜い」と軽いノリで岩まで走り寄り祝詞を奏上し札を貼り付ける。するとたちまち球体は消え失せた。
優斗はほっと一息吐いて刀を納めると律の元へ歩を進める。
「いや〜お見事! この程度の奴じゃ俺達が共闘するまでも無いね。ホントはさ、もっとビビって足手まといになると思ってたんだ〜。化け物とはいえ、斬りつける事に抵抗がある奴も珍しくないのに」
パチパチと軽く手を叩きながら律が言う。
それに溜息を吐きながら優斗はげんなりと返した。
「まぁ、子供の頃から喧嘩は絶えなかったからな。今更傷つける事に抵抗は無いよ」
そんな優斗の様子を面白そうに笑いながら律は軽口を叩く。
「いじめっこを返り討ちにしてたんだってね。優斗って可愛いからいじめたくなっちゃうのかな?」
優斗の頬を
「調べたのか?」
それに軽く肩を諫めるとさも当然と言った口調でいなした。
「そりゃそうでしょ。いくらお父さんの推薦でも事前調査はちゃんとやりますよ。腐っても国家機関だからね」
腐っても、という言葉に引っ掛かりを覚えたが律の態度を見ればあまりよろしく無い組織であろう事は窺い知れた。そこで働く父は一体何をしているのか。聞くのが恐ろしい。
聞くべきか迷い口籠っていると、律の明るい声でそれは霧散した。
「じゃ、もう遅いし今日はここまでね! 次はいつが良いかな〜。封印の状態を見るとそう長くは持ちそうに無いし金曜の夜か土曜日頃かな。予定空けといてね」
時計を見ると、もう二十三時を回っている。
律は一方的に決めると踵を返し、もうここには用は無いとばかりにさっさと帰路に着く。
その背を追って優斗も胴塚を後にした。
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