お酒が飲めない、でも困らない。

山口やまぐちくんはお酒が飲めないんだっけ?」


「はい。……まあ、飲めないことはないですよ? 喉に流し込めばいいだけの話ですし」


「それは、そうだね……じゃあ、単純に好みじゃないんだ?」


「はい。お酒を飲むくらいなら、ソフトドリンクでいいかなって。

 ……これしかなければ飲むかもしれませんけど、わざわざ選んで飲むことはないですね」


「お酒も飲まない、たばこも吸わない……ギャンブルもしないんだっけ? 今の子らしいねー……楽しいのに。こういうことを経験していないと、人生の半分、損してると思うよ」


「そうですか? 『損』はしていないと思いますけどね」



 よくある飲み会だった。

 普段、会社ではあまり喋らない人と喋ることができる唯一の機会。


 たばこを吸っていれば、喫煙所で出会ったかもしれないけど、吸わなければ会えるタイミングは朝の挨拶と帰りの挨拶だけだ。

 時間がずれれば、顔を合わせることもなくて……、同じ会社にいるのに、「この人、誰だっけ?」となることもある。


 そのため、こういう飲み会は、ないとそれはそれで困る。あり過ぎても困るけど……、お酒が飲めない側からすれば、ダラダラと食事をしているのが合わないのだ。

 苦痛が勝る。


 喋ることと言っても、話題なんて二、三くらいしかないし……、廊下ですれ違った時の会話はよく弾むけど、こうして向き合って座って、いざ「喋ろう!」となると弾まなくなる。

 だからみんな、お酒を飲むのかな?

 酔わないとやっていられないみたいな……――みんなも嫌なんじゃないの?


 飲み会自体が。


 飲み会が楽しいのは、仲良し同士だからであって、そう知らない人とする飲み会は別に面白くもないだろう。気を遣うことに注意しなければならない。

 年上にせよ、年下にせよ――仕事より疲れることもある。


 なんで飲み会しているんだっけ?


 まあ、最低限の顔合わせをするという一点に絞れば、助かっているけど。



「損ではなく――お酒を飲んで、たばこを吸って、ギャンブルをしている人が『得』しているだけだと思いますよ。

 人生の最大満足度が、みんなは最初、『100』だと思うんです。僕は今、『100』ですけど、色々なことを知って、体験している人が、どんどん『100』から上がっていって……――お酒、たばこ、ギャンブルを知って、最大満足度が『150』になっている。

 それが今の松崎まつざきさんだと思うんです」


「知らない山口くんが、損をして『50』になっているわけではない、ということか」


「はい。知らないことの方が多いですけど、現状、困ってはいないですからね。

 知って、経験した上でそれらを楽しめない状況になれば、損をしていると言えますけど……だって『150』の上限の中で、できていたものができなくなれば、当然、現時点での満足度は『100』なわけで。『150』の満足度の上限の中で、現状が『100』なら、損してますよね? でも僕は『100』が『100』のままなだけです。得はしていないですが、損もしていないんですよ」


 知らないことを『損』している、と言う人がいるけれど、それは知っていることが前提だ。

 知らないことを『知らない』と言われても、そんなことは知らない。


 別の角度で、嫌いだから損をしている、というのも、『嫌い』な時点で、それを無理やり体に取り込むことが損なのではないか?

 嫌いなものを弾くことが得になる――『嫌い』も『知らない』も、絶対に損にはならない。



「損得を考えている時点で、損な気もしますけどね。

 見えている全部を楽しみましょうよ。損をしようが得をしようが、やりたいことをすればいいんです。やりたくないことはしなくていいんです。

 たぶんそれが一番、楽しい人生だと思いますよ?」



 ―― 完 ――

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