フェイス・シールド【後編】
「……さっきの光、なんだったんですか……?」
「帰国したばかりだと聞きました。
やっぱり、今の日本の現状を知らないみたいですね……」
「……確かに疎いですけど……え、今の光は日本特有の……?」
「海外で同じような現象を見たわけではないのでしょう? であれば、確認されているのは今のところ日本だけです。
どうしてこんなことになったのかは未だに判明していませんが……もしかしたら『イケメン』を目の仇にする男子が、願ったのかもしれませんね――
『イケメンの顔が輝きますように』、なんて具合に」
「…………、目の仇にしている割りには、優しい仕返しに思えますけど……」
「目の仇であって、親の仇ではないですから。仕返しをするにしても、過激なことはできないじゃないですか。
教室の隅っこで特定の友達とだけつるんでいるモテない男子は、僕たちを敵視しても、さすがに殴りかかってはきません。しても、陰口で盛り上がるくらいでしょう。
面倒なリーダーを押し付けたり、変な噂を流したり……、できることが限られてきます。彼らの心では、過激なお願いごとはできませんよ」
だからって、『輝き出す』という願いもおかしいけど。
……いや、そう願ったと確定したわけではない。
仮に願っていたのだとしても、だからなんなんだ? って思うけど?
「顔が輝いても、不都合があるのかな……」
「今、まさに不都合が目の前であったでしょう……。
見えていなかったとしても、見えないことが不都合になるはずですよ」
「あ、そっか」
イケメンだけが、その顔を見られないくらいに、輝き出す……。
一見、イケメンというアドバンテージを称えたかのような演出だけど、せっかくのアドバンテージを台無しにするという意味では、効果的な演出だ。今の彼のように、強盗みたいな覆面を被らないと、まともに目を合わせることも、喋ることもできない。
「まあ、こちらに好意がなければ、輝くことはないのですが……。ようするに恋愛をしないイケメンだけが、輝くことはないわけです。
でも、恋愛をしようとすれば、好きな子を前にすれば、僕たちは自慢の顔が輝き出します……、イケメンというアドバンテージが、完全に殺されたのですよ。
誰がきっかけかと言われたら、考えられるのは、僕たちを目の仇にするイケてないグループの男子しか思い浮かびませんよ」
イケメンが『輝き出す』となれば、まともな恋愛はできなくなる。
市場に残っているのは、そういうカラクリがあったからなのね……。
輝かないけどそこそこイケてる顔の男性が売れていき、彼らがいなくなれば、さらに一つ下のイケてない顔の男性が市場に並んでいく。
イケメンがいなくなったことで、イケてないメンバーの中で、女性は『マシ』な相手を見つけ出そうとする……。
白く輝いてはいないけど、上がいなくなったことで、最下層がやっと注目され始めた――見える程度に、輝き始めたのだ。
「イケメンがいない市場で、女性は『妥協』前提の婚活を強いられています。
まあ、誰もが容姿を重要視するわけではないですから、僕らが絶対に優位に立っているとも言い難いですし……。
顔が良いと、『浮気をされる』危険性はついて回りますし、遊び人とも思われてしまいますから……。その点、イケてない顔の人たちは、『きっと一途だ』なんて思われたりしますからね……、こっちはこっちで、それを羨ましく思っているんですよ」
お互いに、目の仇にしている節があるのだそう。
イケメンだって、苦労しているし、他人に憧れてもいるのだ。当たり前だけど。
「古原さんは、どうしますか? このまま解散でも、僕は――」
「いえ、このまま食事にいきましょう。
その覆面のままでいれば、光が漏れることはないんですよね? なら、問題はありませんよ。慣れてしまえば、こういう顔だって受け入れることで解決できますし」
「覆面ですよ……?」
「でも、私は飯浜さんの顔を見ていますから。アプリで撮影して、元の顔写真を重ねる手間もないです。私が脳内で、勝手に覆面の上から飯浜さんの顔を貼り付けている『つもり』でお話します。ほら、一緒でしょ? 覆面があろうが、飯浜さんの顔が変わったわけではないですからね」
「古原さん……っっ!」
「私は柔軟なんです! どうですか、惚れましたか?」
「めちゃくちゃっ、惚れてます!!」
溢れんばかりの好意が寄せられている……と分かったのは、覆面を被っても尚、漏れ出てくる白い光があったからだ。
覆面越しでも関係ない?
サングラスを突き破る光なのだから、覆面でも難しいのは、予想できたけど!!
「古原さん、僕と本気の交際を――」
「目がっ、あ痛っ、眼球がッ、焼けるぅうぅううッッ!!!?」
「古原さん!?
ちょっ、待ってください、僕からは出ている光の量が分からないんですよ!!」
止めてください!! と助けを求める飯浜さんだけど、光の止め方は簡単だった。
私が彼に、嫌われればいい。
『好意があるとイケメンは輝き出すからね』
担当さんが言っていた言葉。
そして、実際にイケメンを苦しめている呪い――。
好意さえなくなれば、この輝きは消えていく。
だからグーで殴った。全力で。
痛む手の甲を擦りながら、私は叫ぶ。
「――もう大嫌いです! 帰ってください! もうこのお話はなかったことにします!!」
と、言ったのだけど、光は一向に消える気配がなかった。
「な、なんで!? だって私、殴ったのに……っ」
「もう止まれないところまできたみたいです……すみません」
彼が言った。
見えないので分からないけど、今の彼はきっと、私から目を逸らしたいはずだ。
声が震えている。
まるで、私と向き合うことに、緊張しているみたいに――。
「殴られた程度で嫌いになるわけがないです。僕、古原さんのことが相当、好きみたいです」
「や、やめてください、そんな真っ直ぐな好意……直視できませんよ」
「そうですよね、直視すれば、目が焼けてしまいますよね……」
「そうじゃなくて……いや、そうなんですけどね!」
目を逸らしても、私側は逃げられないのだった。
―― 完 ――
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