役得役不足
「明日はクラス全員で集合写真を撮るぞ。いいか、休むなよ? 一生に一度の思い出になるかもしれない一枚だ。病欠して、別日に撮ったバストアップ写真を右上に貼り付けられたくなければ、必ず出席することだな。以上だ、解散」
「あの、
「いいえ、先生にこんなことをさせるわけにはいきません」
「し、仕事が奪われてるぅ……」
今日もクラス委員長は、担任教師に過保護だった。
「――ねえ、明日の集合写真、バックレちゃおうか」
「え?」
女子高生が素直に帰宅するわけもない。スイーツカフェで期間限定のパフェを注文した二人はだらだらと駄弁りながら……そんな中で発せられた一言だ。
「バックレる……? いいけど、後が面倒だと思うよ。クラス委員長、面倒くさいし。嫌いじゃないけどね、あいつ、真面目過ぎるんだよねえ……」
楽しみにしていたパフェだが、一人で食べるにしては多い。
向かい合って座るもう一人は、既に綺麗に食べ終えている。
容器に入れたスプーンを指で弾き、からから、と高い音が響いた。
「でも、知ってるっしょ? 委員長が先生のことを好きだってこーと」
「見てれば分かる。もしかして本人から聞いたりした?」
「聞いてないよ、言わないっしょ。委員長は隠し通せてるって思ってるだろうし……、先生の方は微妙だよねー……気づいていながら気づいていないフリをしてそう」
「先生という立場上、そうするしかないと思う」
「でも、もう卒業じゃん。高校生じゃなくなるってことは……委員長の気持ちを受け取ることを、先生はできるってことじゃん! 卒業したから……あれ? でも未成年に大人が手を出すのはダメなんだっけ……?」
「もう未成年じゃないから問題ないと思うけど」
「あ、そっか」
成人年齢は十八歳だ。
当然、クラス委員長もその年齢に達している。
「で、バックレる意図はなに? 正直、一生の思い出になるかもしれない集合写真なんだけど……。嫌よ、別撮りのバストアップ写真を空白に貼り付けられるのは。
青空に貼り付けられたら、まるで死んだみたいな感じになるじゃない」
「だいじょぶだいじょぶ、みんなそうだから」
「は? ……ちょっと、なに考えてるの?」
「いいからいいから――じゃあ委員長を除いて、メッセージを入れておくね――明日は集団ボイコットってことで」
【3年d組メンバー】
『委員長と先生を二人きりに……ツーショットにしてあげたいから、明日はみんな、学校をサボってね。一人でも集合写真に写ったら意味がないんだから』
『いや、普通に個別で、二人を撮ってあげればいいんじゃないのか……?』
『そうだよ、わざわざ集合写真の日にみんなで欠席しなくても、』
『委員長の性格上、個別でツーショットを撮ると思うの? 集合写真っていう、学校行事の一つだからこそ、自然と委員長を動かせるんでしょ。……みんな、三年間、委員長にお世話になったはずだけど、これくらいの恩返しができないわけ?』
『言い方に気を付けて。……そんなことを言われたら、ここで断ることなんてできないじゃないの……! 委員長には返し切れない恩があるもの』
『俺も。委員長のおかげで試合に勝てたようなものだ』
『わたしも、委員長のおかげで彼氏ができたし』
『ここで発言していない子も、そうっしょ? 小さいことでも大きいことでも、委員長にお世話になってるはずだよ。
押し付けがましいところもあるけどさ、それでも最後は助けられた――ありがとう委員長って、みんなが思ってるはず。
それとも思っていない恩知らずなヤツがこのまま卒業するつもりなのかなー?』
『だから言い方。……分かったよ、サボればいいんだろ? これが委員長にとって恩返しになるかは疑問だけどな』
『分かりやすいお礼は別で考えてるから。これはおまけみたいなものの予定。委員長もだけど、先生の背中を押すためでもあるし……そっちがメインかもね』
一旦、メッセージが止んだ。
同じメンバーしか回答していないが、既読数だけはクラスメンバー全員分がついている(もちろん委員長はグループから外しているが)。だから分かってはいるだろう。
『休む理由は、病欠でいいの?』
『なんでもいいよ。面倒だったらウチらでやっておくけど。全員分の欠席理由を考えて先生に報告しておくから――みんなは明日、休日だと思ってのんびりしてなよ』
『ん、じゃあそうするね』
『OK』
『了解』
『承知!』
などなど、矢継ぎ早に回答があった。
そして全員分――明日のボイコットが決定する。
「さて、委員長にネタバラシするよりも先生の背中を押した方が早いっしょ。委員長が先生のことを好きなのが丸分かりなのと一緒で、先生から委員長への矢印も分かりやすいからね。
いやまあ、マジで隠してんのかってレベルなんだけどさ」
電話をかける。もちろん先生だ。
「あ、先生? ふふ、朗報と悲報、どっちから聞きたーい?」
どちらにせよ、同じ内容なのだが。
――当日になった。
撮るはずの集合写真の場にいたのは二人のみ……クラス委員長と担任教師だ。
「え、もっと真ん中に寄るんですか? でもこれだと先生と密着して……」
「欠席したみんなの写真を周りに貼り付けるから、私たちが密着していないと全員分が入らない可能性があるの。だからもっとこう……密着して……――ごめんなさいね、こんなおばさんと腕を組むような体勢になっちゃって」
「そんなことないです! というか七つ上ってだけでしょ! どこがおばさんですか!」
「七つ上って言われるとおばさん感が増すのよ……二つ上ならまだしも七つ上って――」
「二十代なら若者です」
「私が若者なら黒木くんはなんなのよ……」
「子供ですよ」
成人していても、まだまだ子供なのだ。
「右も左も分かりません。でも、前を向くことだけは愚直にできます――先生も気にせず前だけ見ましょう。人からどう思われているとか、過去のこととか、全て忘れて前だけ見ていればいいんです。前を走る人や後ろから追い抜いてくれた人とだけ付き合っていけば、きっと人生は、失敗しても後悔はないはずです」
「黒木くん……――前を見れば、欲しいものが手に入るのかしら」
「もちろん。少なくとも、今は前を見ないとシャッターが切られませんよ」
後に出来上がった集合写真。
肩を寄せ合い密着する委員長と先生……、そして周囲に貼り付けられている、欠席した生徒のバストアップ写真。背景など、全て埋まってしまっていた。
欠席者の多さが目を引くことで、『真実はツーショット』の二人の密着具合に注目されることはなく、上手く影に隠れていた。
後日、招待された委員長がグループメッセージでこう言った。
『お前たち、なにサボってるんだ! 大事な日だと言っただろう!? 仕組んだのか、わざとサボったのか!? 一生に一度の思い出になるかもしれない写真だったのに!!』
既読はつかなかった。
当然、返信もなかった。
しばらくして、
『…………ありがとな』
『どういたしまして』
全員から、「おめでとう」のスタンプが送られてきた。
―― 完 ――
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