Måneskin - Zitti e buoni

 さて、今回も元気良く自由気ままにエッセイを綴っていこうと思います。と、その前にいつもの前振りを。時の流れとは恐ろしく速いもので、70近くにも及ぶ多種多様なアーティストを紹介してきました本作の初回投稿日から、およそ半年が経過しました。


 素人ながら、僕の作家としてのデビューもほぼ同時期なので、物書きの端くれとして執筆活動を始めてからも約半年が経ったのだという事実に、開いた口が塞がりません。あれ、ということは、後もう4か月もしないうちに2024年を迎えると……? ちょっと知らなかったことにしますね。


 過ぎゆく時間の残酷さに現実逃避を試みるべく、本日語っていきたいのは、死に体となりかけていた21世紀のロック・ミュージックの救世主とも呼ぶべき、2016年のイタリア・ローマより彗星の如く現れたグラム・ロックバンド──Måneskinの『Zitti e buoni』です!


 本作でも何度か言及してきたかと思いますが、21世紀に突入してからというもの、ロックという音楽ジャンルは衰退の一途を辿ってきました。事実として、近年のミュージック・アリーナを沸かせているのは、Taylor SwiftやJustin Bieberに代表されるようなポップ・アクトであったり、Kendrick LamarにTravis ScottのようなヒップホッパーないしR&Bプレイヤー、はたまたAvicii, Alesso, ZeddといったDJ/EDMプロデューサーたちであり、そこにロック・アーティストの影は昔ほどありません。ですよね……?


 無論、これまでも数多く気鋭のロック・バンドを紹介してきた通り、21世紀のロック・シーンを牽引するバンドには、素晴らしい才能を秘めたミュージシャンが溢れています。それなのに、低迷期に陥り、フェスティバルのヘッドライナーを務め上げることができるような大御所バンドが第一線から退く度に、界隈ではメディアがこぞって「ロックン・ロールは死んだのだ」とはやし立てる。ロック好きとして、これほどまでに悲しいことはありません……。


 でもでも、悲観的になる必要はないのですよ。だって、所謂「ロックの死」という現象は、何もこれが初めてではないのです。遡ること1970年、The Beatlesの解散を契機としてJohn Lennonは商業主義化していくロック・シーンの将来を憂い「ロックは死んだ」と発言しました。1990年代には、当時隆盛を極めたグランジ・シーンの代表格たるNirvanaのカリスマ・Kurt Cobainの死が一時代の終止符となり、ブラック・ミュージックの台頭とロックへの弔辞がもたらされる結果となりました。


 ──それでも、そういった出来事が起きる毎に、ロックは新陳代謝を繰り返して姿かたちを変え、不死鳥の如く蘇ってみせたのです……!


 「で、何が言いたいの」と思われた方、前置きが長く申し訳ない。第69(ロック)回まで大切に温めていたMåneskinという時代の寵児──彼らこそが、暗憺たる長き闇夜が訪れた昨今のロック・シーンに颯爽と現れた、希望の月明かりであるということです!


 Måneskinを名乗る前のこと、デンマーク人の母親とイタリア人の父親の間に生まれた紅一点ベーシスト・Victoria De Angelisと、重厚感のあるソウルフルな歌声が特徴的な長身ボーカリスト・Damiano Davidにより母体となるデュオが結成され、ローマ市内のリチェオ(日本の普通科高等学校に相当)にて知り合ったギタリスト・Thomas Raggiを加えます。バンドとして発足するに際し、SNS上でドラマーを募集していた彼らですが、ローマ近郊のフロジノーネ出身であるEthan Torchioがすぐに発掘され、現在の構成に。バンド名の考案者はVictoriaで、メンバーの希望によりデンマーク語に精通する彼女が提案した候補の中で、最も彼らの興味を惹いたのが「月光」を意味するMåneskinでした。


 当初は地元でストリートミュージシャンとして活動を開始した高校時代のMåneskinでしたが、彼らの非凡な才能が世間の注目を集めるのに、それほど時間を要しませんでした。高校のバンドコンテストで優勝し、弾みをつけた彼らの初舞台は、2017年放送のイギリス発の音楽オーディション番組『The X Factor』のイタリア版。Zara Larssonがブレイクのきっかけを掴んだ『Got Talent』シリーズの兄弟番組として、権威ある審査員たちの慧眼に見初められた彼らのパフォーマンスは準優勝に輝き、一躍Måneskinの名がイタリア国内に轟きます!


 数年後、伝統あるイタリアン・アーティストの登竜門として名高いサンレモ音楽祭にて、見事優勝。オランダ・ロッテルダムで開催され、イタリア代表として鳴り物入りで参加した欧州最大の音楽祭・Eurovision Song Contestにて名曲『Zitti e buoni』を引っ提げ優勝するなど、破竹の勢いで大躍進を遂げた神童の存在は、瞬く間に全世界が知るところへ。コンテスト史上、バンドとしての優勝は2006年のフィンランド代表・Lordi以来の快挙であり、ロック・ジャンルから優勝曲が生まれたのは初めてでした。そして丁度昨年の今ごろ、単独公演のため初来日、そしてSUMMER SONIC 2022に出演を果たすなど、我々日本人の間でもロックの救世主の名は大きな話題を呼びましたね……!


 特に1970年代のロック・ミュージックと比較されることの多いMåneskinですが、フロントマンであるDamianoも自身の音楽性について「過去の音楽の現代訳」だと認めており、影響を受けたアーティストとしてLed Zeppelin, Black Sabbath, Aerosmithなどの70年代に活躍したロックバンドを挙げている一方で、Franz Ferdinand, Arctic Monkeysといった今世紀を代表する先鋭的バンドからもインスピレーションを得ているらしく──。


 実際に、先述のオーディション番組にて彼らが披露したThe Four Seasonsの『Beggin'』に加え、Franz Ferdinandの『Take Me Out』やThe Killersの『Somebody Told Me』のカバーが収録された2017年のデビューEP『Chosen』から、翌年の1stアルバム『Il ballo della vita』まではファンクに傾倒したポップ・ロックサウンドが中心でしたが、2ndアルバム『Teatro d'ira: Vol. I』ではハード・ロック寄りのスタイルを取り入れるなど、特定のジャンルに囚われない変幻自在っぷりを遺憾なく発揮しています。

 

 今回紹介したいのは、そんな2021年の2ndアルバム『Teatro d'ira: Vol. I』に収録され、サンレモ音楽祭、そして後のEurovision Song Contestで堂々の優勝を果たした『Zitti e buoni』です。元はバラード曲として2016年に制作された当該楽曲ですが、何年にもわたって次第にロック・アレンジが施されていったと語られています。何と言っても、当該楽曲を披露してコンテストを優勝した後のDamianoが声高に宣言した"Rock ’N’ Roll Never Dies(ロックン・ロールは不滅だ)"は、これからのロック・シーン──ひいては音楽史に刻まれる名台詞として人々の心に刻まれたことでしょう……。


 Måneskinが現代のロック・シーンにおいて、どれほど稀有な存在であるのかは十二分に伝わったことかと思います。それでは、論より証拠をお見せ──いや、お聴かせしましょう!


[Verse1(0:10~)]

「奴等は俺が何を言ってるのか分かってない」

「汚い服だな、兄弟、泥塗れだ」

「黄ばんだ煙草を指に挟んで」

「歩きながら吹かしてやろう」

「悪いな、でも信じてるんだぜ」

「どこまでもぶっ飛べるって」

「たとえ上り坂に阻まれようとな」

「だから今は力を蓄えてるんだ」

「ご列席の皆様、どうもこんばんわ」

「偽物の諸君にはご退席願おう」

「しっかりタマを握っておけ」

「お前らは黙って静かにしてるのがお似合いだ」

「この辺の連中はヤクの売人みたいにぶっ飛んでるな」

「何度夜に締め出されたかも分からない」

「だが今はそのドアを蹴破る番だ」

「登山家の如く志は高く」

「だからいつも家を空けている俺を許しておくれよ母さん、でも」


[Chorus(0:47~)]

「俺は確かに正気じゃないが、奴等とは違う」

「お前も確かに狂ってるが、奴等とは違う」

「俺たちはぶっ飛んじまってるが、奴等とは違う」

「俺たちはイカれちまってるが、奴等とは違う」


 ──イタリア語って難しい! でも痺れるようなカッコ良さ……!


 この歌詞でMåneskinが伝えたいこと──それは、自分自身の最も自然で本来あるべき姿になれるようにと、向上心を持って変貌を遂げている若者たちを理解しようとせず、大切にしない、リスペクトを欠いた世代の大人たちに向けた批判を表していると言われています。英・NME誌の言葉を借りると、これは「偏見への挑戦("challenging prejudices")」と「救済の発見("finding redemption")」であると。


 具体的に、彼らの短いキャリアの中で、一貫して主張されてきたジェンダー規範への批判は、その最たる例でしょう。バイセクシャルを公表し、ライブではトップレスの衣装(乳首だけをシールで隠すエガちゃんスタイル)でパフォーマンスすることもあるVictoriaを筆頭に、男女の性差によって社会的な制約が生じることに疑義を唱えているMåneskinは、メンバー全員が化粧をし、中性的な外見をしております。皆とても美しく、すごく羨ましい……!


 「男は男らしく」「女は女らしく」といった前時代的な価値観に阻まれ、内なる真の姿を曝け出すことを躊躇してしまっている現代の若者らの強い味方である彼らのメッセージには、そうした古い価値観を押し付けようとする人々への皮肉が含まれているのだと解釈することができそうですね。


[Verse2(1:14~)]

「何ページにもわたって書き殴ってきた」

「少しのしょっぱさの後、涙が流れたんだ」

「機械のような人間たちよ」

「流れに逆らうなとうそぶくのか」

「墓石の上に書かれた」

「我が家に神など居ないのだと」

「だが時間というものの意味を見つけられたなら」

「お前が忘れ去られることはない」

「止まり続ける風などない」

「それが自然の力だ」

「穿った見方で」

「風の流れに身を任せよう」

「蝋の翼を背に」

「高みを目指すんだ」

「俺を止めたいのなら、さあもう一度」

「首をねてみれば良い」

「なぜかって」


[Chorus(1:34~)]

繰り返し


 ここでは「流れ」という言葉が時間や風に例えられて頻繁に登場していますね。新しい時代の潮流(時間)や世間の風潮(風)を「流れ」として表現しているのならば、時間も風も止まることを知らない概念ですから「無理やりに止めようとしたって無駄だ。俺たちは自分なりのやり方でこれからも信じるもののために突き進むんだぜ!」というメッセージが伝わってくる気がします。──うーん、ロックンロール!


 「蝋の翼」のくだりは、ギリシャ神話に登場するイカロスの逸話を意識したものかと。蝋によって固めた翼を背に飛ぶイカロスが、父の忠告を無視して自らの力を過信し、太陽にすら手が届くとの傲慢から、熱で蝋が溶かされ堕落死するという悲惨な結末を迎えますが、この物語は、主に人間の傲慢や無謀が自らの破滅を招くとの教訓を与える神話として有名です。


 自らの信じる道を突き進むがあまり、周囲が見えなくなる結果として「他者から自由を奪い取ろうとする愚かな大人たちと同じように成り下がるな」という戒めか、あるいは「無謀な挑戦に思えることでも、首を刎ねられて死を迎えない限り決して諦めないのだ」との決意表明か、様々な解釈ができそうです……。


[Bridge(2:00~)]

「残念だが人はお喋りを止めない生き物だ」(×3)

「とはいえ、何を言ってるのは分かりやしない」(×3)

「何処か遠くへ連れていってくれ」(×3)

「ここじゃ息もしづれえんだよ」(×3)


[Chorus(2:32~)]

繰り返し


[Outro(3:07~)]

「俺たちは奴等とは違うんだよ」


 どうでしょう。昨今のロック・シーンの衰退に危機感を抱いていた方も、そうでないという方も「未来のロックは明るいぞ!」と感じて頂けたのではないでしょうか……?


 そんな次世代の担い手であるMåneskinですが、昨年の初来日に続き、今年の年末も2年連続となる来日公演が決定しております。「洋楽は好きだけど、イタリア語は分からないからなあ……」と考えている方も、ご心配なく。Måneskinの名曲の中には英語で書かれた歌詞もあり、バリエーションも様々。きっと貴方の好きな音楽が見つかります!


 現在最も話題性のあるバンドといっても何ら過言ではない注目株の動向には、今後も目が離せません。暗い夜を明るく照らす美しい月光の活躍を、これからも見守っていきたいですね。


 それでは……!



 †††



 ※本作における改行後の連続する「」内は主に作品タイトルとなっている楽曲の歌詞の一部分又はその翻訳です。今回はMåneskin - Zitti e buoniから引用しております。


 ※本作品は、著作権法32条1項に依拠して公正な慣行のもと批評に必要な範囲で「引用」するという形で楽曲の歌詞を一部和訳しております。文化庁は引用における注意事項として、他人の著作物を引用する必然性があること、かぎ括弧をつけるなどして自分の著作物と引用部分とが区別されていること、自分の著作物と引用する著作物との主従関係が明確であること、出所の明示がなされていることの4要件を提示しておりますが、本作品はいずれの要件も充足していると執筆者は考えております。


 ※カクヨム運営様からも「カクヨム上で他者が権利を有する創作物の引用をすることは可能ですが、その場合は、著作権の引用の要件に従って行ってください。また、外国語の翻訳は書き方にもよりますが、引用にならないと存じます。」という旨の回答によってお墨付きを得たものと解釈しております。


 ※ただし、歌詞原文の全てを掲載することは引用の範疇を越えると思われますので、読者の皆様は紹介する楽曲の歌詞をお手元の端末などで表示しながら、執筆者による独自の解釈を楽しんでいただけると幸いです。

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