第39話 夏休みもおわるね!

 私とサリーは、神父さんがちゃんと説得してくれるか、不安な毎日を送っていたが、師匠達はそれを見抜いていたみたい。

「狩人の村の件が気になるのは仕方ないけど、そろそろ夏休みも終わる。ミクは光の魔法の練習と薬草の採取を頑張ろう!」


 そうだよね! サリーもアリエル師匠に「蜂蜜を取って、二回目の蜂蜜酒を作りましょう」と言われている。

 私より、サリーの方が魔法の修業は進んでいるからね。


 今夜は、ピザ屋を開く予定だったけど、光の魔法の修業に専念した方が良いのかな?

「師匠、光の魔法の修業を見てもらえますか?」

 オリビィエ師匠は、承知してくれたけど「ピザ屋を開くんじゃないのか?」と首を捻る。


「ええ、その予定でしたが、少し真面目に光の魔法を習いたいと思ったのです」

 うん、私が習得できたら、狩人の村の森の人エルフも自分もできると思うだろうからさ。

「ミク、偉いな! だが、ピザ屋は夕方からだからしたら良いよ。皆も楽しみにしているからね」

 

 確かにね! それに、冬になったら外でピザ屋をするのは寒くなりそうだもの。

「ええ、生地とソースを作ってから、教えて貰います」

 台所で、サリーも手伝ってくれたので、ピザ生地とソースを作る。

「今日の具材は、魔物の肉の燻製とアスパラガスなのよ」

 サリーはアスパラガスが好きなので嬉しそうだ。


「ミク、そろそろ夏休みも終わりだわね。学舎に行くのも初めてだったし、夏休みも初めてだったけど、楽しかったわ」

 狩人の村の森のエルフが光の魔法を習うと決めてくれるかは、やはり心の奥で心配しているけど、転生してから一番子どもらしく過ごした夏休みだと思う。

 本当に、この世界は厳し過ぎるけど、アルカディアは少しだけでも余裕があるからかな?


「ミク、光の魔法の守護魔法はできるのだろう?」

 オリビィエ師匠と魔法の特訓だ。普段は、薬師の修業が多いとまでは言えないけど、あれこれ役立つ事を中心に習っている。

「ええ、自分の周りにだけですけど」

 火食い鳥カセウェアリーの世話を毎日しているし、キラービーの近くに果樹を植えているから、守護魔法は必須だよ。

「やってごらん!」


 ええっと、守護魔法は前世のバリアのイメージで掛けているんだよね。改めてするとなると緊張しちゃう。

「ふむ、ちゃんと掛かっているね。もう少し、範囲を広げる事はできるかな?」

 今の守護魔法は私の身体に沿って掛けている。

 火食い鳥カセウェアリーのキックやキラービーに刺されないようにするだけだからね。


「広げる? どのくらいですか?」

 オリビィエ師匠は、少し考えてから、答えた。

「もし、ミクが森に居て、魔物が襲ってきたとする。そして、そこに他の人が居たら、その人を護らなくてはいけないだろう。ミクと私を護る為に範囲を広げ、強くするんだ」

 オリビィエ師匠を私が護る必要があるとは思えないけど、もっと幼い子とか、神父さんとか行商人とかかな? 幼い子ってアルカディアでは私とサリーになるんだけどさ。


 イメージ的に神父さんにしてみる。魔の森を移動する時に、リュミエールが掛けていた守護魔法をお手本にしよう。

「守護魔法!」

 あっ、思わず叫んじゃった。うん、でも何となく私と師匠の周りに守護魔法が掛かっている気がするよ。


「おお、ミク! 上手いじゃないか!」

 褒めて貰って嬉しい。魔法関係は、サリーに二歩も三歩も遅れているからね。体術とかもだけど……。

「守護魔法以外の光の魔法はライトですか?」

 ライトが下手なんだよね。イメージ的に蛍光灯とかを考えるからかも?


「ライトは、私も下手なんだ。ライト!」

 バッと眩しい光が目に刺さる。

「ごめん! 調整が下手なんだよね。ライト!」

 今度は小さな光の玉が師匠の指先に出た。


「師匠でも苦手な物があるのですね」

 オリビィエ師匠も苦笑している。

「私は治療の方がまだマシだな。いつもアリエルがいるから、ライトを使う事がなかったからかも? だから、ミクもサリーに頼りっきりにならないように練習しなきゃな!」


 そうなんだよね。いつも一緒だから、洗濯物を乾かすのもサリーに任せちゃうんだ。

「ライトは使えると便利だし、蝋燭代の節約にもなる。それに、人間の町の蝋燭は獣脂で作られているのが多くて、臭いんだ」

 狩人の村の蝋燭も獣脂だったから、やはり匂いが気になった。まぁ、夜はすぐに寝ていたから、然程使う事もなかったけどね。


 午前中、光の魔法の修業をして、なんとかライトを少しの間はつけておけるようになった。サリーは褒めてくれたけど、アリエル師匠は「一瞬だわね」と笑った。


 午後からは、マジックバッグのお手入れを頼まれていたので、オリビィエ師匠を手伝う。

「ほら、ミクもひっくり返してごらん」

 今回は二つ持ち込まれたので、小さい方をやってみる。


「ううん、いくらひっくり返してもキリがありません」

 革のバッグを裏返そうとしてもいつまでも、同じ作業をしている感じだ。

「それは、指先に魔力を通していないからだよ。マジックバッグの広い空間を全てひっくり返そうとしても無駄だ。その革のバッグのみをひっくり返すんだ」


 よくわかるような、わからないようなオリビィエ師匠の説明だ。

「ちょっと一緒にやってみよう」

 私の手の上にオリビィエ師匠の手を重ねて、バッグをひっくり返す。

 指に魔力を込める? 何とはなくわかるかも?


「何か感じただろう? 一人でやってごらん。マジックバッグを作ったり、手入れできたら、かなりの収入になるからね」

 薬師の修業より、こちらを勧められているのかな? 少し不安そうな顔になったのかも。

 オリビィエ師匠がぽふぽふと私の頭を撫でる。


「薬師の修業は、何年も掛かる。その間に、マジックバッグが作れるようになれば、人間の町での生活の費用になると思っているのさ」

 そうだよね! 薬師って何年も修業するんだもん。


「ちょっと頑張ってみます!」

 指の先に魔力を集めて、革のバッグだけをひっくり返すイメージで、やってみる。

「おお、できたじゃないか!」

 やっとひっくり返せた。


 中はかなり汚い。私が前世で読んでいたマジックバッグは、インデックスがついていたり、中身はぐじゃぐじゃにはならない感じだったけど、この中には土や魔物の血や毛までこびりついていた。

「これを綺麗に拭いて、薄くなっている収納魔法陣を描き直せば良いのだ。描いてみるかい?」


 それは遠慮しておく。

「これは、頼まれたマジックバッグだから。今度、サリーのを作る時はやってみます」

 サリーのだったら、ちゃんとできるまで、何回でも試せるからね。

「そうか、バッグも何個か作ってくれたから、それもついでに魔法陣を描いて渡さなきゃいけないな」

 

 夏休みの間に、革のバッグを何個か縫ったんだ。一つはサリーに作ってあげる予定。

「ミク、このマジックバッグは、アルカディアの森の人エルフは使っているけど、人間はあまり使っていないんだ。何個かは出回っているようだけど、人前で使う時は用心しなさい」

 そうだよね! 凄く便利だもの。

「はい! もし、サリーに作れたら、注意しておきます」


 盗まれたりしたら大変だもんね。そこから、収納魔法陣をオリビィエ師匠が描くのを真剣に見学した。

「ミク、これを書く時に魔力を込める事が重要なのだ。多分、今のミクでは、小さな容量のマジックバッグしかできないだろう」

 それは、良いんだ。サリーのマジックバッグ、最初は小さな容量でも、アルカディアの中にいるなら、それで十分だし、お手入れする時にもっと魔力を込めれば、どんどん大きくなるからね。


「初めてだから、一緒に描こうか?」

 その方が失敗はないだろうけど、自分でやってみたい。

「師匠、自分でやって駄目な時はお願いします」

 ペンを持つ前に、深呼吸する。集中して、魔法陣を描きたい。


「魔法陣の図柄を間違えないように!」

 それは分かっている。何度も石板に描いて覚えたんだ。ちょこっと、前世の昔の漢字に似た象形文字っぽいのが組み合わされているから、覚えるの難しかったけどね。


「そう、もっと魔法を込めて!」

 ふぅ、汗が額からバッグの革に一滴落ちる。もっと、もっと集中しなくては!

 ペン先に魔法が伝わっているのか、少し不安になるけど、呼吸に気を付けながら、魔力を指先から送り出す。

 

「あと、もう少しだ! 頑張れ!」

 分かっているけど、魔力が足りない。魔法陣が歪みそうだ。

 石板に描いていた時は、魔力を込めていなかったから、スムーズに魔法陣を描けていたのに、今回はあちらから反発というか、描きにくいんだよ。

 気を抜くと歪んじゃう。あと、もう少し! もう少しだから、頑張ろう。


「やったぁ! 描けました! でも、ちゃんとマジックバッグになっているかな?」

 ここから魔法陣に魔力を注がないといけないんだけど、私は疲れちゃったよ。

「試すのは、私がしてあげよう」

 師匠が魔力を込めて、ひっくり返してくれた。本当は、ここまでしなきゃいけないだけどさ。


「何か入れてごらん」

 サリーにあげるんだから、中が汚れるような物は入れたくない。

「そこの本を入れても良いですか?」

 アリエル師匠ほどではないけど、オリビィエ師匠の仕事部屋にも本はいっぱいある。

 この革のバッグなら、五冊も入れたらパンパンになる筈だ。


「十冊入れても、まだ余裕があります」

 やったね! 容量はそんなに大きくは無いかもしれないけど、ちゃんとマジックバッグになっている。

「うん、多分、五十冊ぐらいは大丈夫だろう。キラービーの巣は無理かもしれないな」

 うん、それは無理かもね。来年は、巣を増やすそうだから、その時はアリエル師匠のを使うか、私が魔法陣を描き直すかだ。


「ミク、ありがとう! 大事に使うわ」

 サリーは大喜びしてくれたけど、まだ容量は大きく無いんだ。

「来年、綺麗にする時にもっと魔力を込めて大容量にするからね」

 オリビィエ師匠とアリエル師匠は「頑張りなさい」と笑っている。


 夕方からのピザ屋、学舎の皆も来てくれたので、一緒に夏休みの間にやった事を話し合った。こういうの、前世でもしたかったんだよね。

 ずっと家で安静にしているか、病院だったからさ。


「ねぇ、夏休みが終わってもピザ屋はやめないでね!」 

 マリエールに頼まれたけど、どうかな? もしかしたら、狩人の村に行くかもしれない。

「ピザ屋だけじゃなく、肉まん屋でも良いな」

 リュミエールの発言に男の子が賛成する。皆も肉まんも大好きみたいだ。

「そうね! 寒くなるまでは、何か売りたいわ」

 わちゃわちゃ喋りながら、夏休みは終わっていった。

 

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