第35 話西の行商人と神父さん

 色々と売る物を準備していたら、物見台の鐘が、カン、カンとのんびり鳴った。


「ああ、西のアウル村を行商人が出たんだな。誰か迎えに行かせないと!」 


 前に、ラウル村から神父さんと来た時は、リュミエールだったなぁ。


「私じゃ駄目ですか?」


 オリビィエ師匠は、腕を組んで考える。


「ミクかぁ……ちょっとまだ無理かもな」


 やっぱり、まだ駄目なんだね。


「守護魔法を行商人全体に掛けるのは、できないだろう」


 そうだよね。まだ自分にしか掛けられない。


「それより、行商人に売る石鹸や薬を纏めるのを手伝って欲しい。あっ、それと料理も多めに作らないといけないな。きっと、ミクに頼むと思うよ」


 えっ、前は竜の筋肉のシチューを作ったけど、あれは私の料理スキルを知っている行商人だったからだ。


「西からの行商人とは会った事がないのですが?」


 オリビィエ師匠は、ハッとした顔をする。


「そうか! まだミクがアルカディアに来て四ヶ月しか経っていないんだな。もう、二度とアリエルのスープは飲めないよ」


 アリエル師匠が横で聞いていて、怒っている。


「オリビィエのスープだって、変な薬草が入っていて不味かったわ。でも、ミクの料理を食べたら、他の人の料理は食べられないわね。えっ、弟子を卒業したら、どうしたら良いのかしら?」


 十歳で卒業できるかどうかも分からないよ。竜を倒せるのは、何歳になるんだろう? まだ二歳だから、ずうっと後に思えるね。




 石鹸や薬を箱に詰めていく。


「この石鹸の売上は、ミクが取れば良い。それと、火食い鳥カセウェアリーの殻もな」


 サリーにも殻を渡すけど、毎日はガラス工房に行かないから、何十個もある。毎日、八個ずつ増えるからね。まぁ、売った卵の殻はないけどさ。


 それと、この前、初めて狩ったビッグエルクの皮と角、これも売ろうかな?


「それは、置いておいて、バッグにしたら良い。ミクの初収穫物なんだから、記念にマジックバッグにして使えば良いんじゃないか?」


「でも、これもあるのに?」


 師匠に貰ったマジックバッグもある。


「そちらは、時間停止がついていない。今度のは、それにしたら良いさ。使い分けたら、便利だよ」


 確かにね! ああ、それなら保存箱が欲しいよ。


「オリビィエ師匠、秋になる前に保存箱も欲しいです」


「箱を作って貰えたら、それは簡単なんだけど、バッグは縫わないといけないからな」


 それは、私が縫う事にする。


「そろそろ、ミクもマジックバッグを作っても良い頃だからな。手入れの遣り方も覚えないといけないし、ちょっと落ち着いたら、やろう!」


 アルカディアに戻ってきた森の人エルフ達に、マジックバッグの手入れを頼まれているみたい。それと、マジックバッグもいっぱい注文されているし。


「あのう、行商人からバッグを買ったら良いのでは?」


 私も縫う予定だけど、買っても良いのでは?


「ああ、そうだけど、何故かしっくりこないんだよな。人間の街に住んでいる時に、売っている鞄に魔法陣を描いて、魔法を流そうとしたけど、破裂してしまったんだ。ミク、縫う時に魔法を流しているか?」


 えっ、どうだろう? 固い皮を縫う時に、予め穴を開けてはいるけど、通しやすいように魔法を使っているのかも?


「さぁ、もしかして使っているかも?」


「だろう? 私も無意識に使っているのかもしれない。だから、空間魔法で膨らんでも耐えられるのかも? 兎に角、買った鞄ではうまくいかないのさ」


 やれやれ、冬の内職にしよう! その前にビッグエルクの皮でバッグは縫うけどね。




 案内は、リュミエールの兄弟子が行ったみたい。


 サリーも、売る物を纏めて箱に詰めている。ガラスだから、気をつけなきゃね。


「手伝おうか?」と言ったけど「料理をしなきゃいけないのでしょう」と笑われた。


 オリビィエ師匠の予想通り、リグワードが神父さんの料理を頼みに来たんだ。


「何を作ろうかしら?」


 サリーが「冷たいトマトスープが飲みたい!」と言ったから、一品はそれにする。


「私は、ポテトサラダが食べたいわ」


 ソファーに寝そべったままのアリエル師匠の声が聞こえる。マヨネーズを作ったら、ハマったんだよね。


「私は、肉まんが食べたい!」


 何だか、無茶苦茶な取り合わせだね。


「オリビィエ師匠、肉まんは明日にします。今日は、ビッグボアのローストにしようと思っていますから」


 後は、朝焼いたパンがあるから、デザートだね。


「プリンが食べたい!」


 ああ、またアリエル師匠だ。でも、プリンは作って冷やしておけるから、良いかも?


「では、それにしますけど、行商人は何人ぐらいなのかしら?」


 オリビィエ師匠が「行商人のは良いんじゃないか? いっぱい作るなら、売ればすぐに売れるぞ!」と唆す。




 なので、頑張って作りました。ポテトサラダもプリンもトマトスープも冷やしておけば良いから、楽だね。 


「良い匂いね!」サリーもマヨネーズを作るのを手伝ってくれたよ。あれは一人だと、少し面倒なんだ。


「ビッグボアのロースト、このオーブンで焼くと、凄く美味しそう」


 脂を掛けながら焼いているけど、なかなか良い感じ。それに付け合わせの焼き野菜も、美味しそう。




 荷馬車が一緒だから、行商人が到着したのは、夕方だった。狩人の村は一泊二日か、二泊三日しかいないけど、アルカディアには数日いるから、皆は慌てない。


 それに、ここには売るだけでなく、買うのも目的で行商人は来ているからね。狩人の村でも、魔物の皮や角を売っていたけど、ここには竜の素材があるし、紙やガラス製品や魔導具などもある。


 そして、オリビィエ師匠の薬もメインみたい。




「ラリック、今年も来たんだな」


 西からの行商人は、少し浅黒い肌をしたラリックという商人だ。


「オリビィエ様、是非、薬をお願いします。もう、在庫がないのですよ」


 ここでも、オリビィエ師匠の薬は値切らずに購入される。


 石鹸も同じ値段だった。私の作った動物製のもね。


「煎じ薬は多いですが、調合薬はもっと無いのですか?」


 オリビィエ師匠は肩を竦める。


「今年は、まだ竜を討伐していないからな」


 あっ、私がいるから、川向こうの森の奥にはあまり行かないからかも。あそこは危険地帯だからね。


「そうですか……また、冬になる前に来たいと思います。それまでに何とかお願いします」


 えっ、また来るんだ!


「船に乗せたいのか?」


 ラリックさんは、はっきりとは答えなかったが、にっこりと笑った。


「まぁ、あちらには、こんなに高性能な薬はないみたいですからね」


 オリビィエ師匠が難しい顔をする。


「交易で儲けるより、病人や怪我人に使って欲しいのだが!」


 ラリックさんは、頷いている。


「島にも病人や怪我人もいますでしょう」


 そう言われると、オリビィエ師匠は弱い。


「それは、そうだろうが……」


 どうやら、魔の森の西の人間の国は、島との交易で儲けているみたいだね。


 えっ、もしかして、新しい植物の種や知らないスパイスもあるかも?




 でも、初日は売るのが多いから、明日にしよう。


 それと、神父さんにも挨拶しなくちゃね!


 行商人の荷馬車から離れて、集会場の前にいる神父さんの所に駆けていく。


「神父さん!」


 先に、サリーが話していた。ガラスは、明日売るのかもね? 今日は、師匠達が売っているから。


「おお、ミクも元気そうだな!」


 サリーと一緒に神父さんと話す。


「修業はちゃんとやっているかい?」


 二人で頷く。真面目にしているもんね。


「ええ、風の魔法と光の魔法を使えるようになりました」


 神父さんが驚いている。


「サリー、凄いじゃないか! アルカディアに来て、良かったな。アリエルは、優れた使い手だから」


 それは、本当にそうだと思うけど、掃除と料理はできないけどね。


「私は、菜園を作っているし、火食い鳥カセウェアリーを飼っているの。料理も上手くなったし、植物の魔法と土の魔法が使えるようになったわ」


 ここで、光の魔法を使えると言えたら良かったのだけど、まだちょっとね。


「ミクは、光の魔法も少し使えるのですよ」


 サリーがフォローしてくれた。光の魔法を狩人の村に教える件は、今晩、神父さんに長老会のメンバーから伝える事になっているから、私たちからはこのくらいしか言えないんだ。


 つまり、豪華な夕食は、長老会と神父さん用になったんだよね。勿論、私とサリーのは取ってあるよ!


 神父さんが、理解して、狩人の村を説得してくれたら良いなぁ。

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