第9章 Gears start to move

第51話 Joke/冗談

「は〜、少し眠いし寝ようかな」

 季節は夏が近づく7月の初め。私は事務所で刀の手入れを行っていた。

「こういうふうにちゃんと拭かないと、錆びちゃうからね〜」

 眠い目をこすりながら、刀を拭く。

 事務所には私が、そして自室に玄武がいて、2階に凛がいる。レイさんは今、隣の賭田さんの家にお茶をしに行っている。

「私なんだか有名みたいだし、ちょっとくらいは武器に気を使わなきゃ」

 あの「守護者エブリデイ」が出版されてから、私は街で少し声をかけられるようになった。いわゆる、「どっかで見たことあるあの人」みたいなポジションになったのだ。



「あ、そうだ。導華」

「ん? どうしたの?」

 刀を拭いていると、玄武がひょっこり顔を出した。

「今日な、新しい入団者がくるんだ」

「へ〜、久しぶりだね」

「ああ、だからちょっとお使いを頼みたくてな。ちょっとお願いできるか?」

「いいよ」

 私は刀をしまい、ソファから立ち上がった。そして、自分の財布を引っ掴み、玄武に聞いた。

「んで、何を買ってくればいいの?」

「え〜、茶菓子だな。セレクトはお前でいい」

「了解」

「遅くなるなよ〜。面接者は12時に来るからな〜」

 現在時刻は10時。遅れることはないだろう。

「それじゃ、行ってきます」

「おう、行ってらっしゃい」



 近くの茶菓子屋でサクッと茶菓子を手に入れて、私は帰路に着いていた。

「や〜、あのお店普通に美味しそうなのいっぱいあったから、また行こうかな」

 迷った末にどら焼きを買った。調べたら、これが良いと書いてあったのだ。

「ふんふふんふふ〜ん」

 鼻歌を歌いながら歩いていると、一風変わった建物を目にした。

「これは……」

 事務所の裏のマンションの正面。そこに小さな木組みの小屋のような建物があった。ビル街のココではだいぶ目立つ。

「カフェかな?」

 見れば、『インパチェンス』と書かれた看板があり、カフェのようだ。

 私は悩んだが、時間はまだ10時半。時間に余裕もあるということで、中に入ることにした。

「いらっしゃい」

 天井では大きなファンが、ほんのり明るいライトは、レトロな雰囲気の店内を温かく照らしている。カウンターでは白い髪に白い髭を生やした老人が、コーヒー豆をひいている。

 私はそのカウンターの席に座った。

「お一人ですか」

「ええ」

 静かな店内にジャズが響く。

 メニューに目を通し、ひとまずオリジナルコーヒーを飲んでみることにした。

「はい」

 少しして、コーヒーが出された。見た目はオーソドックスなコーヒーだ。

(では……)

 飲んでみると、少し苦味が強めだが、その中にフレッシュさがあり、目が覚める。

「お客さん、少し眠そうだったから、味を調整してみた。どうだい?」

「そうだったんですね。ありがとうございます」

 昨日は夜遅くまでギターを触っていたせいで、少し眠気があったのだ。

「気に入ってくれたなら、良かったよ」

 そう言って、彼は少し笑った。私はこの店を気に入った。



「ただいま〜」

 午後11時半。事務所に戻ると、以前の面接の時のように玄武がいそいそと準備をしていた。

「お、帰ったか」

「はい、どら焼き」

「ありがとよ」

 玄武にどら焼きを渡して、私は自室に戻ろうとした。しかし、玄武に呼び止められる。

「ちょいちょい。ひとついいか?」

「どうしたのさ?」

「一応、お前って今いる中ではうちの事務所で2番目に位が高いわけだ。なら、面接に同行すべきじゃないか?」

「え〜、やったことないんだけど」

「まあまあ。隣に座ってるだけでいいぞ」

「……なら、まあ」

 玄武の提案を渋々受けて、私も座ることにした。

「……ちょっと遅めだね」

 12時になっても来ず、私たちは待ちぼうけしていた。

「よし。導華、ちょっと様子見してこい」

「いいけど……。あんまりどら焼き食べないでよ?」

 先程から玄武は私が買ったどら焼きを2個3個とバクバク食べていた。

「仕方ないなぁ……」

 ソファから立ち上がり、事務所のドアを開けた。

「どれどれ……」

 廊下を見ると、ちょうど下から志望者が上がって来るようだった。

「ちょうどいいし、出迎えるか」

 ちゃんと廊下に出て、志望者を待つ。

「こんにちは」

 私は挨拶をした。今回の志望者は女の人で、長い茶髪に綺麗な緑色の瞳を持った女性だった。服は昔の西洋の服に似ていて、ヒラヒラとした部分が多い。というか、胸がでかい。凄まじくでかい。階段を上がっている途中だが、そこから見える段階でもでかい。

「今回の志望者さんですか?」

 私がそう聞くと、その女性はキラキラと目を輝かせた。

「あなた……田切 導華ちゃん?」

「ええ……そうですけど……」

 その瞬間、その女性は何と私に抱きついた。「みーちゃん!」

 その衝撃で私は吹っ飛ばされて尻餅をつく。

「……はい!?」

 私は、理解が追いつかなかった。



「えー……、それではお名前をどうぞ」

「はい、グレーテ・シャーロットです」

「なるほど……。ひとつよろしいですか?」

「はい、何でしょう?」

「導華は何でそこにいるんだ?」

「私が聞きたい」

 私はあのとき抱きつかれた後、なぜかこのグレーテさんが離してくれず、そのまま運ばれて今はグレーテさんの抱き枕のような状態になっている。

「離してください……」

「ああ、すみません」

 すると、グレーテさんは案外あっさりと離してくれて、私は解放された。

「みーちゃんに言われるまで嫌がってたの気づかなかったわ。ごめんなさい」

「みーちゃん……」

 その呼ばれ方、あの有名アイドルを思い出す。

「……話を戻しますが、今回玄武団を志望された理由は何ですか?」

「はい、雑誌の方で知りまして、そこでビビッと」

「ほう。それは『守護者エブリデイ』ですか?」

「はい! そこでみーちゃんを見まして……」

 雑誌で有名になったことで、まさかこんなことが起きるとは、思いもしなかった。しかし、少し面倒だが、悪い人には見えない。

「うーむ、経歴の方にも問題はなし……。それでは、実践の方に移りましょうか」

 守護者として活動していく以上、やはり重要となるのは戦闘スキル。判断はココで下すべきだろう。

「はい。わかりました」

「では、明日のこの時間にまた事務所に来てください。今日のところはこれで終わりです」

「ありがとうございました」

 ぺこりと礼をして、グレーテさんは帰って行った。

「……またクセが強そうだね」

「ああ……」

 私は苦笑することしかできなかった。



「お邪魔しまーす」

 凛の部屋に入ると、凛はちょうどパソコンで作業をしていた。

「あ、導華」

 ヘッドフォンを外し、椅子からギシという音を立てて、凛が振り向いた。

「何となく、来たくなっちゃって」

「カフェじゃないんだから」

 そう言って、凛は私と向かい合うように机に座ってくれた。

「ほら、お茶持ってきたよ。水分補給はしなきゃ」

 私はレイさんからもらった麦茶を机に置いた。

「ん、ありがと」

 凛は麦茶を飲んだ。この部屋はエアコンがついていて涼しい。事務所はエアコンの効きが少し悪いのだ。

「明日、玄武団の志望者さんの面接やるんだ」

「へー、どんな人?」

 麦茶のコップを片手に凛が言った。

「えっと、胸が大きくて、長い茶髪で、綺麗な緑色の目で、私に突然抱きついて、みーちゃんって呼ぶ人」

「ちょっと待って」

 そのタイミングで凛が止めた。

「何それ?」

「本当にそんな人だよ?」

 すると、凛は私の方を机越しに掴んだ。

「導華、明日の実地試験私も行かせて」

「え?」

「ちょっとその人、気になる」

 その目はなぜかギラギラしており、笑顔が怖い。

「い、いいけど……」

「よし」

 凛は元の場所に戻り、また麦茶を飲んだ。

「(導華に突然抱きつくなんて……)」

「何か言った?」

「何にも」

 凛は少し不機嫌そうだった。



 そうして、次の日。私と玄武、加えて凛は事務所でグレーテさんを待っていた。

「失礼します」

 そのうち、グレーテさんがやってきた。

(デカくね……?)

 私が言ったのは胸ではない。もちろん胸もでかいのだが、身長がすごく高い。昨日は気づかなかったが、玄武ぐらい……いやそれ以上?

「では行きましょうか」

「はい!」

 グレーテさんは白の可愛らしい車で来ているらしく、ウチのガレージにその車が止めてあった。

「それじゃあ、俺の車について来てください」

 玄武はグレーテさんに続いて、車を出した。「ちょいちょい。導華、ちょっといいか?」

 そんなとき、玄武が私を呼んだ。

「何?」

「ちょっとグレーテさんの車に乗ってくれないか?」

「え゛。どうして?」

「いや、ちょっと運転技術を見たくてな……」

 玄武はグレーテさんをチラリと見た。

「車をまともに運転できる人が増えれば、移動も楽だし」

「……まあ、玄武の車よりは信頼できそうだし、いいよ」

 私は忘れない。以前玄武がした運転のせいで、私が完全に酔いまくったことを。

「それじゃあ、私は凛と一緒に乗ってくる」

 そうして、私とグレーテさんと凛の楽しい楽しいドライブが始まった。



「おお……」

 車に乗ると、アロマの良い香りがする。

「さあ、乗って乗って!」

 ニコニコしながら、グレーテさんは私たちを後部座席に乗せた。

「狭い車だけど、ゆっくりしていってね」

 グレーテさんの車は軽自動車で、クリーム色のかわいらしい車だった。

「それじゃあ、しゅっぱーつ!」

 玄武の車に続いて、グレーテさんの車が発進した。

「……まともだ」

 少し身構えていたが、案外普通に走っている。異世界に来てから玄武の運転しか体験していないので、あれが異世界の常識なんじゃないかとヒヤヒヤした。

「導華、これってどこ向かってるの?」

 確かに、凛の言うとおりこの先には山しかない。

「山で何かするのかな……」

 グングンと山を登っていたそのとき、私の携帯がなった。

「はい」

『お、導華か。そっちはどうだ?』

「うん、大丈夫そう」

『そうか。だったら、グレーテさんにこう言ってくれ』

 急に玄武の車のエンジンが大きな音を立てた。

『ちょっと飛ばしますってな!』

 玄武の車は凄まじい速度を出した。

「あら?」

「え、ちょっ、速っ!?」

 あの男、何を考えているのか。

「なるほど。あれについていけってことね!」

「ちょっとま」

「みーちゃん、凛ちゃん! 飛ばすわよ!」

 グレーテさんはアクセルを一気に踏み込んだ。

「うぁあああああ!!!!!」

 こちらも凄まじい速度。絶対に法定速度は超えている。

「どうしてこうなるんだよぉおおおお!!!!!」

 楽しいドライブが一転、激しいカーレースへと早変わりだ。



「さて、どうくるか」

 玄武はグレーテの車をバックミラーにサイドミラーに映しながら、運転していた。

「ここは走り屋も恐る魔のカーブ地帯……どこまで来れるか、見ものだな」

 玄武が導華を載せたのは、実際にどこまでやれるかを肌で体感して欲しかったからだ。

「お、来たな」

 早速、カーブ地帯が見えてくる。

「おらよっと!」

 玄武のスポーツカーはここを難なく乗り越える。

「……どうだ?」

 サイドミラーにはまだグレーテの車が映っている。

「やるな……」

 そこから玄武はヤバ目な道を通り続けた。しかし、グレーテさんはそれを簡単に超えた。

「もうすぐ、魔のカーブだ!」

 そこは年に100人以上を事故らせた、いわば魔のカーブ。自治体に何回も直せと連絡が来ているらしいが、直すのが面倒なのだろう、いまだに直っていない。

「ここは流石にスピードを……」

 事故らないように、玄武がスピードを落としたその時だった。

「ビュン!」

「何ッ!?」

 その横をグレーテの車が通り過ぎていった。しかも、速度を一切落としていない。

「バカか!? あのままだったら、事故るぞ!」



「ちょ! グレーテさ、おえ。危ない、おえ」

 何度も吐きそうになりながら、社内で振り回される私たち。グレーテさんは考えられないような速度でカーブへと向かう。

「スピード落として!」

「まだよ。ここじゃないわ」

「何言ってるんですか!」

 カーブに差し掛かる、その時だった。

「今よ!」

 グレーテさんはステアリングを切り、アクセルから足を離した。すると、車体が曲がり、ギャギャギャギャと聞いたこともない音がして、車が曲がったのだ。

「これは……感性ドリフト!?」

「何それぇ」

「猛スピードを維持したまま曲がる、危険な走法! スポーツカーとかならやってるの見たことはあるけど、軽自動車は初めて見た……」

 凛は驚いたまま、グレーテさんを見た。

「自動車学校で教えてもらったわ」

「そんなわけないでしょ!」

「ええ、感でガチャガチャやったら上手くいったわ!」

「人が乗ってるときにやらないでください!」

「えへへ、張り切っちゃった」

「張り切っちゃったじゃな」

 そのとき、私に限界が来た。

「ちょ、どっかトメテクダサイ」

 私は山中にあったお店で、トイレを借りた。



「到着です!」

「結局いつもの廃ビル群じゃん!」

 山を越えてはるばる来たのは、何といつもと変わらない廃ビル群だった。

「ちょっと回り道をな」

「回りすぎじゃい!」

 私に殴られた玄武は、説明を始めた。

「えー、グレーテさんは確か回復志望者ですよね?」

「はい、あってます」

「それじゃあ、今からこの導華に戦わせるので、怪我した彼女を治療してください」

「何で私!?」

「しょうがないだろ。ここにいる近接お前しかいないんだから」

 玄武は銃、凛は魔法。言われてみれば、近接で一番怪我をしそうなのは私しかいない。

「……ハァ、行ってくるよ」

 ため息をついて、廃ビル群へと繰り出す。

「俺たちもついていきましょう」

 玄武たちを5m後方に連れて、私は歩く。

「討伐命令が出てるやつってどこにいる?」

「ん〜、あいつじゃないか?」

 そこにいたのは、1mほどのウサギ。可愛らしい。

「そいつは『ゲドーウサギモドキ』。ウサギの仲間だが、見た目に反して建物を食って脆くしたりして、やることが悪質だ。そこでどっかの学者がこんなのウサギじゃないって勘違いしてモドキなんて名前をつけたそうだ」

「ひどい名付け理由……」

 まあ、可哀想だが、狩るしかない。

「じゃあ、ごめんね!」

 私が刀を振ろうとしたその時だった。

「ピキーーーーー!!!」

 そのウサギモドキが凄まじく鳴いた。

「ああ、ちなみに周りにいっぱい仲間がいることが多いから、気をつけろって」

「遅い!」

 私はウサギモドキに囲まれたのだった。



「うおお……多い!」

 私は今、みーちゃんのことをじっと見ていた。

(やっぱり、実物の方が可愛いわね)

 表情豊かで、これを見れて、ここにいれて嬉しい。

「まさかここまでいるとは思ってなかったな……」

 そんなとき、玄武団の団長さんが、頭をかいているのを見た。

「そうなんです?」

「せいぜい10体かそこらかと……」

 見ればそこにはビルの上やらすぐ前やら50体はいる。

「あの……ちょっと忘れ物したので車まで取りに行ってきていいですか?」

「いいですけど……」

 その状況を見て、私はを忘れて来たことに気がついた。

「急いで急いで……」

 車まで走り、助手席にあったその子を手に取る。

「行くわよ。!」



「流石に多すぎるんだけど!?」

 先程からバッサバッサと切り捨てているが、一向に数が減らない。

「そろそろ危ういかも……!」

 そんなとき、私の後ろに突如ウサギが出現した。

「あ、やばい!」

「導華!」

 玄武が叫んだそのときだった。

「みーちゃん、伏せて!」

 グレーテさんの声がする。

「わかりました!」

 できる限り、身を伏せた。その瞬間だった。

「『緑鎌ミドリガマ』!」

 私の少し上を大きな鎌が通過した。

「何何何!?」

 状況が飲み込めない。

「戻っておいで!」

 通過した鎌と私は、いつの間にか巻き付いていたツルによって、グレーテさんに引き寄せられた。

「うわぁ!?」

「おっ、と」

 それをグレーテさんはうまくキャッチし、私はお姫様抱っこのような体勢になった。

 グレーテさんは鎌を背負い、私に笑いかけた。



「大丈夫? 怪我はない?」



「は、はい……」

 何このかっこいいお姉さん。思ってたタイプと違った。

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