第88話

「総理、あれがドラゴンなのですね」


賢者の塔から無事に帰還した御戸部を除く五人が服部が用意したセンター内の一室で話をしていた。


「そうだな、想像以上の存在だったな」

「目の前にあの顔を見た瞬間「喰われる」と思いました」

「我等を食ったところで美味くはなかろう?」

「喰われると言うよりは自分の命の小ささを感じましたね」


それぞれが、それぞれなりの感想を持ったようだった。


「で、確認した感じはどうだと思う?」

「御戸部から報告は受けていましたが、涼木さんが上手くやってくれたようですね。所々曲げられない主張はあるようですが、概ねは問題無いかと思いました」

「そうですな。まさか航空路や飛行高度なども教えて理解してくれているとは、正直嬉しい驚きでした」

「ただ・・・攻撃には攻撃で返すと言う、眼には眼を的な発言は変えられませんでしたな」

「それは涼木さんも説明してくれましたが、ドラゴンにはドラゴンの不変のルールがあるとか?内容は完全にハンムラビ法典でしたが・・・」

「後は諺ですな「獅子は兎を狩るにも全力を尽くす」でしたか?反撃は全力で行うものだとか・・・」


「「「「ドラゴンの全力は見たくない」ですな」ですね」ものだ」


全員が同じような感想を持ったようだ。


「しかし、地球上の兵器でどうにかなる存在なのでしょうか?」

「無理だろ?あの巨体で魔法が使えるんだぞ」

「賢者ですら、日本を沈められると言うのですから、ドラゴンなら・・・」

「都市など簡単に燃やせるでしょうな」

「想像したくない光景だな。賢者の予想の前に、世界が滅亡しそうだ」


その言葉で同じ想像をしたのか、全員の顔色が悪くなった。


「では、ドラゴンの存在を世界にどう説明するか?と言う本題なのですが・・・」

「本題と言われてもな。さっきの今で何も思い浮かびませんよ」

「だな、まだ受けた衝撃から回復できてない」


「だが、時間は無いぞ」

「そうなんだよな」

「地球滅亡って言うタイムリミットが存在するからな」


「何とか飛行機で、って訳にはいかないんだよな?」

「無理でしょうね。賢者の様子を見る限り・・・」

「完全に涼木さんにしか話してませんでしたよね」

「信用、が無いのだろうな。その点、涼木さんは当初から賢者を助けていたから信用されていると言うことだろう」


「・・・それだけでしょうか?」

「ん?どういう意味だね?」


「私はこの中で一番こういう状況のことが理解できますが、あそこまで偏るのは・・・魔法が関係しているかもしれません」

「魔法?・・・それは涼木さんが魔法で何かされていると?」


「ええ、マンガやアニメの中にも出てきますが、魔法で人の行動を縛る「契約」と言う物があります。要は契約書の罰則を魔法によって完全に縛る訳です。これを使うと、例えば「契約を破ると死ぬ」と縛れば、実際に破った瞬間に死ぬことになる訳です」

「それはっ!絶対に契約を破ることはできないじゃないか」


「本来、契約とはそう言う物でしょう?今のように穴を見付けたり、揚げ足を取ったり、わざと破ったりするのがおかしいのです」

「・・・そう言われてしまえば、確かにそうなのだが・・・」


「我々は「政治家は約束をしても守らない」と思われているのでしょうな。だから、我々と直接話さない。話して変な言質を取られないように、言葉を誘導されないように、間にワンクッション置かれていると言うことでしょう」

「では涼木さんには、どんな魔法が使われていると言うのだ?」


「たぶん、正直にすること。嘘や偽り、誤魔化しをしない、そんなところではありませんか?」

「・・・なるほど、だから彼の言葉しか聞かないと・・・・これは更に難しいことになりそうだな。今まで以上に慎重に確実な成果を上げねば、何が起こるか分からんな」


「ええ、その通りかと」



*** *** *** *** *** ***



同じ頃、魔法で五人を監視していたモリトと賢者がいた。


「あっ、やっぱり閣下は気付くか!」

「モリトが言った通りじゃな。〈契約魔法〉に辿り付きおったのじゃ」


「あの状況なら、閣下は絶対分かると思ってたんだ。まあ、そう見えるようにしてるんだから、その答えに行き着いてもらわないと困るんだけど」


そう、あの微妙な会談は五人が想像した通り「信用していない」ことを示すための意味が含まれていたのだ。

魔法ってのは色々できるので、非常に扱いが難しいのだ。

実際問題として、直接言葉を交わすのも実は良くなかったりする。

会話の中に魔法を忍ばせることも可能だし、それを聞くことで相手の意思を一時的に支配したりすることもできたりする。


まあ、この辺は〈精神支配〉って言う〈悪呪〉と呼ばれる〈禁呪〉の一歩手前みたいな忌避される魔法なんだけど。

そう言う関係で俺が師匠の名前を呼ばずに〈賢者〉とか〈師匠〉としか呼ばないのも同様の理由だったりする。

ちなみに「レティーの名前を呼ぶのは良いのか?」って師匠に聞いたら「あれは完全な名前じゃないから問題無いのじゃ」だって。

どうも外向きの名前がアレで本当の名前はアレにプラスアルファがあるみたい。


なので魔法が使えない地球人にそこまで用心する必要は無いんだけど、意味合い的には「直接言葉を交わすほど信用していない」のは同じなので、その方向で進めたんだよね。

上手くその意図を読み取ってくれてありがたいところだ。


「これで、今まで以上に頑張ってくれるんじゃないかな?」

「そうじゃろうか?投げ出したりせんか?」


「それで困るのって自分達だよ。しないでしょ」

「それもそうじゃな。・・・ところで、幻影魔法の調子はどうじゃ?」


聞かれる気はしてたんだけど・・・


「まだ、イマイチかな」

「イマイチじゃと?あちらに時間が無いのと一緒で、お主にも時間が無いじゃろう」


「分かってるんだけど、あれって維持するのが難しいんだよ」

「そんなことは分かっとるのじゃ!じゃが必要であることも理解できとるじゃろう」


「他の魔法を使わないんだったら一時間は維持できるんだけど、他の魔法を使うとダメなんだよな」

「同時起動で乱れるんじゃな。そこは普通の二重起動や多重起動とは違うから難しいのは分かるのじゃが、これは個人の感覚的な部分が大きく影響するからのう、儂のイメージを伝えても役には立たんのじゃよ」


そうなんだよな。

そこで躓いてるから分かってるんだが、なかなか異種魔法の同時起動は難しい。

それもどちらも難易度の高い魔法となると、格段に制御が難しいから、非常に困ってる。

もっと簡単な魔法なら、今やれば異種魔法の同時起動で三種か四種はいけると思うんだけど、高度な魔法だとまだダメだ。


「時間を作って訓練はしてるんだけど、ちょっと今は行き詰ってる感じだな」

「何か切欠が必要かもしれんのじゃが・・・分からんしのう」


「どっちみち、あっちが連絡してこないと動けないんだし、それまでには何とかするよ」

「本当じゃろうかのう?」


信用してくれ!とは言え無いな、今は・・・



*** *** *** *** *** ***



来客が帰った後のレティーは・・・


「三人とも助かったぞっ!」


自身の翼の下から出てきた三人娘に御礼を言っていた。

その娘達の手には紙の束がある。

どうやら、レティーは盛大にカンニングをしていたようだ。

質問の答えが分からなかった時のためだろうが、態々三人娘を翼の下に隠して資料まで持たせているとは・・・なかなかに用意周到と言うか、妙な所に力を注いだものである。


「モリトは気付かなかったみたいだけど、良く無いよ、コレ」

「ソフィー分かっておる。だがな、ほとんどは覚えておったろう?もしもの時の備えにしただけで、全てを頼る気などありはせん」

「ソフィー、レティーはこんなことで嘘は言わないでしょ」


リズの言葉に、ソフィーも納得はできた。


「でも、空を飛ぶだけに、こんなに覚えることが必要なの?レティーはドラゴンだし自由なはずなのにねぇ」


アンの素直な疑問はソフィーやリズも考えたことだった。


「モリトが教えてくれたのだがな、向こうの世界では空を飛ぶのは鳥型モンスターかドラゴンぐらいだっただろう?だが、この世界は映画で見た様に人が飛行機に乗って空を飛んでおる。世界中を何百、何千と飛行機が飛んでおるのだから、我もその飛ぶためのルールを知らねば事故が起きると言う訳なのだ」

「そっかー!向こうだと人が飛べても数人程度だったし、気にすることも無かったんだね」


そう、異世界では交通手段が馬か馬車か徒歩ぐらいしか無かった。

そう言う状況では行動範囲も狭くなるし、仮に遠くに移動するなら年単位の時間が必要なのが普通だったのだ。

そう言う世界と比べれば、人が空を移動できる時点で様々な問題が起きるのも必然。

更にドラゴンがいない世界となれば、突然現れたドラゴンの方が余所者である。


「そうだよね。他に空を飛んでる人が既にいるんだから、後から来たレティーはそのルールを無視はできないのかぁ」

「そうなのだ。我は、目に入った者全てに喧嘩を売るような四・五百歳の脳筋暴れドラゴンでは無いからな。無闇に暴れたい訳ではないのだ」


レティーの言葉の裏には『神から釘を刺されておるし、あのような存在に逆らうなど馬鹿馬鹿しいっ!』と神の存在が抑止力になっていた。


「じゃあ、しっかりと覚えなきゃ!」

「分かっておる。が、流石に時間は必要でな」


「そうだよ。私達だって、色々覚えるのに時間が掛かったし」

「そうだね。じゃあ、問題なのは・・・単位?かな?」


「おぉう、良く分かっておる!mとかkmとか言われても、良く理解できんでな」


ドラゴンは自分達の体が全ての基準であるため、前の世界にも存在していたのだが長さや大きさの単位に無頓着だったのだ。

そのために、なかなかそのことに慣れることができないで困っていた。

しかし、地球上の様々なことが基準になる単位によって規制されるため、覚えるためにはどうしても避けては通れなかったのである。


この会話の内容は後ほど三人娘からモリトに伝えられることになる。

ドラゴンのそんな事情を知らなかったモリトは悩んだ末にレティーと相談してあること決める。


その結果、モリトによるレティーのための、モリトとレティーの間でしか使われない新しい単位1D(ドラゴン)が生まれることになるのだが、それは二人だけしか存在することを知らない幻の単位になるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る