第163話 電子戦

 スフィアの位置こそバレていないものの、俺らが電子的なネットワークを構築しているのは既に気付かれている。

 三男に協力している炭田組とのじゃロリは奴らに面が割れているだろうか?

 だろうな。

 あの旅館での一件で把握されている。

 対策した上で追いかけてきている。

 奴らはどうやって三男を捕まえるだろう?


 一番簡単なのは、網を張っている所まで三男を追い込んでしまう事だ。

 こちらの人数は把握されてないから、無闇に追い立てては来ないだろうが、残してきた痕跡から丸わかりだろう。

 俺とその兵装はどんな把握のされ方をしているだろう?


”舞原が三男に協力しているのは気付かれているのか?”


 俺の隣で金持にだっこされて茂みに潜んでいるロリに問いかける。


”無かろ。追ん出されたのは内内の決定だで。街での首落としも三男の手勢がよく使う手での”


 それはグッジョブだ。


”なればこそ。今もこうしてノコノコ踏み込んできよる。綿の向こうに逃げる三男共が見えて、慌てて距離を詰めて来おった。逃さぬ位置でおのこに同期させるぞい”


 通り道で待ち構えているとは思ってもいないか。


”よろしく”


”上杉方とは最近まともな手合わせをしとらんかった。精々気張ってもらうかいの”


 将棋でも指してる気分なのだろうか。


 一発。銃声が響く。


 範囲外なので反響してどこなのかは分からない。


”始めるぞ。おのこも手を出しても構わんからな”


 展開させているスフィアの二倍以上の範囲が一気に読み込まれてくる。

 膨大な情報量に耐えきれずスフィアの通信に遅延が発生した。

 敵味方の位置情報とか装備とかではなく、この空間で行われているのは陣取り合戦だ。

 王将の見えない将棋。

 そしてその手段として使われるのは誘導プログラムの応酬だけでは無かった。風を吹かせ、音を響かせ、摩擦でファージ自体を死滅させたりオブジェクト配置で誘導したり。


”これは・・・”


 凄い。

 辺りの山三つ四つ巻きこんで超常現象のオンパレードだ。

 作っては壊されてゆくオブジェクトの配置によるファージコントロールは、概要はソフィアに聞いていたが、こんな無数で大規模なモノが個対個の応酬で起こせるとは。

 同時進行で音波コントロールしているが、ファージ濃度が狂ってるこの環境でここまで精密に動かせるものなのか?整頓もへったくれも無い。

 つつみちゃんがこれを見たらどう思うだろう?

 山鳴りとは違う。人為的な音が不気味なリズムを刻み、音波によって誘導されるファージはくっ付き合い、破壊し合い、溶け合っている。

 そんなファージの荒波の中を搔い潜り、上杉の手駒である寄合衆が息を潜めながら、あえて一瞬身バレした俺らの半分に反応して、陣形を変化させて追い込んでいくのが良く分かる。

 確かに、あれは烏合の衆ではない。動きが段違だ。

 位置情報も乱れていて一貫性が無い。データだけ見ると増えたり減ったりしているし、スフィアの電子情報と照らし合わせてもざっくりとしか分からない。データは細かく取らせてもらう。

 またとない機会だ。取捨選択は後でやる。奴らの動きも、上杉エルフとのじゃロリの魔法合戦も全て吸収するぞ。


”おらんのう?”


 見つからないのか。


”どうやって隠れている?”


”今のわっしと同じ手の筈じゃ”


 ロリを見る。


 膨大な情報操作をしながら、カンガルーの腕の中で飴玉を嘗め腐っている。

 俺が見たのに気付いてピースしてきたその指先から解析を開始する。

 動いているプログラムをそのまま言語化すると視界が埋め尽くされるので、カテゴリー分けしてから分析していく。


 都市圏で想定されている電子戦は、主にソフト面で攻撃による相手のプライベートアドレスへの干渉だ。

 俺が知っている電子戦もメインはコレだ。

 相手の電子防壁を騙し、隙を突き、成り済まし、侵入してからはバレないようにコントロールして破壊や改ざんを行う。


 プラスαでこいつらがやっているのは、ネットインフラであるファージ自体の取得合戦だ。


 ハード面での、ファージの取り合い。

 コントロールするファージが多ければ多いほど、扱えるリソースも処理能力も上がる。

 扱いやすいファージを奪い取り、手に負えないファージを押し付け、罠を仕込んだファージを忍ばせ、相手の安定化させたファージを破壊する。


 これは、確かに。

 何も考えずに突っ込んで右ストレートの方が早い。


 難しく考えるからいけないんだ。

 俺は俺らしくいこう。


 周囲を渦巻くこの大量のプログラムは、主に大気の摩擦による電荷移動をエネルギーとして動いている。

 これは、ナトリウム陰イオンを餌として動くファージ誘導とはまた別の仕組みだ。

 実際、電力が少ない所ではデータのやり取り自体が小規模になっていたりする。栄養があって元気でも、扱いにくいファージってやつだ。

 都市圏群みたいに濃度がコントロールされていない環境下では、誘導しやすいファージの獲得はそのままインフラの強さに繋がる。


 電力は嘘をつけない。


 空間内で使用される電力量に注目する。


 のじゃロリの操作による電力消費を発生する電磁波から逆算して可視化してみる。

 これは配置させたテックスフィアにより直ぐに数値化出来る。

 位置バレを防ぐ為か、何百箇所にも分散させ小分けに動かしている。

 パッと見ではどれが本体だか分からない。

 わっちゃわっちゃやり合っていたら本体を探すどころではないだろう。

 ああ、でも駄目だ。

 指示だしする度に本体との通信による電圧の変化が見えてしまっている。

 これは多少遅くなってもネットワーク内で経由させるべきだ。

 操作量自体は多くないんだな。

 本体からは全体の流れだけコントロールしているのか。

 電力のネットワークは見せずに分散してあるポイントだけ可視化してみよう。

 一応意見聞くか。


”こう見える。対策は?”


 見せた途端、カンガルーの腕の中でのじゃロリが後ずさった。


”動くな”


「むぎゅ」


 頭を押さえて姿勢を下げさせられたので、逃げるのに失敗している。


”どうやった?”


”串刺しはスタンダードじゃないのか?司令塔がもろバレだぞ?”


「そこまで見る奴などおらんわい」


 ヒソヒソ声で悪態をつくロリ。


”同じ手で炙り出したいのだが、スフィアが足りない”


 恐らく、操作可能となっているスフィアの範囲外にいる。

 ロリの操作範囲には入っているだろうが、俺のコントロールするスフィアの走査範囲はそれより狭い。旅館の時もう少し開示しておけばよかったが、今更だな。


 対策としては。

 周辺を手薄にしてヤマを張って前方にスフィアを展開させるか。

 同じ仕組みをロリに構築してもらうか。

 隠ぺいしているスフィアの一部を解放するか。


 暗号通信で選択肢をカンガルーに示す。


”試しに構築させろ”


”了解”


出来ないと言われて手札を公開させられるかもしれないが、どう答えてくるか。


”なるほど。使用される電力の可視化か。スフィアから計測されたら誤魔化し様が無いの”


 つまり、同じような事はファージネットワーク内でやってるんだな。

 ぶっちゃけ誤魔化しようはあるが、それを今言わないのは”あえて”だろう。


”わっしが周辺を受け持つで、範囲絞って走査してくれんか?”


 そうすると、俺らに対してロリが罠仕込み放題なんだよなあ。


”周辺が手薄になる。なんとか出来ないのか?”


”無理じゃ。扱われるコードの量に対して同じ仕組みを走らせておる。向こうもやっとる。隠ぺい合戦中での”


 ファージ越しにやったらこの手がバレると。


 カンガルーを見る。


”移動させろ”


 あくまでもスフィアの広域ネットワークは隠すつもりか。

 これ以上ささっと出して広げたらロリも不審に思うもんな。

 仕方ない。なら俺も覚悟を決めてファージネットワークに介入しよう。


”了解。周辺のセキュリティに介入する”


”シシシ。信用無いのう”


 当たり前だ。

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