第114話 飲食店恐喝犯罪
次の土曜日、俺は大宮の駅近にあるスイーツ喫茶を訪れていた。
念入りに変装を施して、アトムスーツは着ていない。
リスキーだが、ゴテゴテしていない控えめのアシストスーツは着てるし、大宮市内でスリーパーに適用される能動的ファージコントロール禁止措置は特例で緊急避難時に解除されるから大体なんとかなる。
周辺の人口分布図は大宮市警と連携しているので、不審な動きがあれば直ぐにフォローが入る状況だ。
この間の貸金庫の中にあったデータを解析した処、一つ収穫が有った。
メールにあった浜尻という女についてのモノで。やはり、公務員だった。
関連機関の所在と、回復後の交渉は十分気を付けるようにとの内容が例の口煩い文面で認めてあった。
日付の記載は無く、データ作成日もざっくりとしか分からなかったが、この間のメールの日時以降に作られたデータではあるだろう。
いつまで生きていたのだろう。
両親とも、寿命を全うできたのだろうか。
貸金庫の情報を元に当時の公務員のデータベースから浜尻の個人情報を特定し、試しに国会図書館の家系図閲覧で辿ってみたら、苗字は違うが子孫の一人が大宮で喫茶店を代々やっている事を知った。
相続内容を確認したら、ワンチャン何か知ってそうな履歴だったので、ダメ元で来てみた。
興信所は使いたくなかったし、そこの喫茶店が騒ぐ奴だったらどうしようと少し迷ったのだが、好奇心には勝てなかった。
そして。
満を持して。
殺し屋とデートだ。
理由を話したら、二つ返事で了承はしたものの、三十点でペナルティだから全部奢れと言われた。
俺が三十点なら、あいつは何点なんだ。
「百点かよ」
「ふん?」
駅構内で待ち合わせたのだが、時間通りにやって来た殺し屋は、いつもの丸いサングラスではなく、細めのスポーツグラスをして目立たない地味なスーツにハンドバッグという、どこにでもいそうなステルスファッションだった。
ただ、よく見ると対カメラ迷彩がガン極まりで、気になってサーチかけると”関わり合いを避けて通りたくなる系”のインテリヤクザ仕様だ。
「相棒、そっちはカメラに映ってないぞ?仕様か?」
俺はそもそも、居ない事になってるからな。
「カメラ映像をよく見ると、透明人間で全身量子迷彩がかかっているように見える仕様だ。サーチかけた奴は全部市警にマークされる流れになってる」
肉眼で見れば何の変哲もない厨二の少年だ。
少し背伸びして、ブランドモノのアシストスーツを着てきた。
大宮に住んでいるまともな人間なら、このデコボココンビには近寄らないだろう。
「ちっ。・・・なら良い」
お?こっそり俺にサーチかけたか?気付かなかったが・・・串刺しか?
俺は大人なのでサラリと流そう。
「行こうぜ」
そうだ。
「生クリームは大丈夫か?」
今回行くところは教えてあるが、食べられるかどうかは聞いてなかった。
「アレルギーも乳糖不耐症も無い」
なら大丈夫か。
「一番人気は抹茶ショート」
「行った事あるのか?」
「無い。売上では抹茶ロールが一番、抹茶ショートは粗利が悪いから数量限定で人気ランキングは製造数によって操作されてる」
ショートケーキで釣ってロールケーキ食わせるのか。
席の予約はしてあるんだが、ショートケーキが食えるかどうかは微妙だな。
「何食べても美味いらしいし。本来の目的はそこじゃないしな」
「先祖の情報か」
「お前とのデートだよ」
「ナマイキ」
それほどでも。
土曜日だからなのか、昼過ぎのアイドルタイムな筈なのにめっちゃ混んでた。三時のおやつはまだ現代にもあるのか?三十分待ちで店頭に客が並んでいる。
並ぶ文化は、三世紀経っても健在か。
熊谷と違って平和だなぁ。
待ちながら取り留めのないバカ話をする。
「ノスタルジーは過去の経験に起因しないというのは通説。既に、統計学に頼らない脳科学的側面からの証明も出来ている」
あぁん?
「経験が有ったから懐古出来るんだろ?んじゃ何か?経験の少ないお子ちゃまでも、田んぼの畦道に電柱立ってて、ヒグラシ鳴いてる夕日だったら、懐かしさを感じるとでも言うのか?」
「そう」
いやいやいや。
「畑を見たことが無いマンハッタンの中毒者でも、カプセル育成された南アフリカのブルジョアでも、同じ映像を見れば同じ感情を発現する」
ノスタルジーとは。
「検証データもある。脳波も分泌ホルモンの分布も共通する」
「どういう事なんだそれ」
経験してないのに懐かしく感じるのか?
蓄積された情報によってそういう刷り込みをされたとかじゃないのか?
「懐かしさとはメンタルバランスを安定に持っていく脳の働き。生物学的には、帰巣本能とかに分類される。生命の安全を担保される環境がもたらす感情」
まてよ。
なんか見えてきたぞ。
「安心、安全、ファミリー。人の数だけ因子は在るが、連想される思考が一定以上合致すると、ノスタルジアのトリガーになる」
はええ。
「懐古や郷愁自体は、脳の健全化に非常に有用。思う存分わたしで懐古すると良い」
どうやって殺し屋でノスタルジー感じるんだよ。
「お待ちどう様でしたぁ!次の二名様!ご案内致しますっ!」
来たかっ!
待った甲斐があった。
非っ常~に満足だ!
食べられないと思っていた抹茶ショートが何故か頼めてラッキーだった。
それも美味かったのだが、一緒に頼んだ抹茶ソーダがヤバかった。
俺は今まで、ありとあらゆるソーダで失敗してきた。
コーヒーソーダ然り。紅茶ソーダ然り。小倉ソーダ然り。
ほうれん草ソーダは酷かった。
何でも炭酸にぶっこめば良いってもんじゃない。
赦されない事もある。
だが。
この抹茶ソーダは違った。
抹茶ソーダの概念が覆る。
ライトグリーンに透き通った微炭酸。
一見、合成着色料たっぷりなメロンソーダに見えるが、その実態は。
”希少な朝摘み芽抹茶を瞬間フリーズドライから限界まで砕き。溶けやすく、且つ炭酸が付きにくいよう加工された鏡面加工粉末(実用新案取得!)に!甘さを抑えたほろ苦い爽やかな口当たり!”
と、メニューにフレーバーテキストがあった。
正に、俺の為に作られたソーダ!
こんな炭酸飲料がこの世の中にあったなんて!!
「幸せそうな顔」
そう言う殺し屋は変な顔をしている。
地下でファージの超常現象を一緒に考察してた時と同じ顔だ。
俺の顔は超常現象か?
まぁ、カメラには映らないしな。似たようなもんか。
殺し屋が飲んでいるのは安牌の抹茶ラテだ。
抹茶ショートの他に抹茶ロールと抹茶モンブランと抹茶オペラを確保して、全種類少しずつ口に運んでいる。
「そんなに食べられるのか?」
「甘さ控えめでくどくもない。いくらでも入る」
流石に気持ち悪くなるんじゃないか?
カロリーも凄そうだ。
「食べた分運動すれば問題ない」
どんな運動なんですかねぇ。
この喫茶店は、外装はお洒落な洋風喫茶だが、中は大昔の茶屋の雰囲気だ。
靴を脱ぐのは不用心すぎるので流石に俺らは行かなかったが、客席の半分は畳が敷いてあるお座敷席だ。
周りにはスイーツ女子とカップルばかりで、ガヤガヤ五月蝿いのが残念。
いつの時代も、オサレ系飲食店の雰囲気は変わらないな。
俺は食べ物は静かに愉しみたい派だ。
「お前なら一度食べれば再現できそうだな」
一口一口、余韻を味わっている殺し屋は、食べながら何を考えているのか。
「わたしでは材料が揃わない。手間も暇もかかる。それにオペラは無理」
殺し屋は再現者の資格を何か持ってるのかな?
ドーナツは美味かったから持ってるか?
オペラは、見た感じコーヒーの代わりに抹茶が使われているっぽいのだが、普通のチョコっぽい色も有って、計算されているであろう綺麗な層が芸術的だ。
めっちゃ甘いイメージなんだけど、くどくないのか?
「あーん」
あーん?!
俺がじっと見ていたので欲しそうに見えたのか、目の前にフォークで一口分のオペラが差し出された。
隣の卓の四人組にガン見されている。
「恥ずかしいんだが」
「なら早く食べろ」
オーナーへのアポは取ってあったのだが、会計時に殺し屋が調子に乗って作ってきたカッコイイ名刺を出したら反社の囲い込みだと思われた。半時間後、事務室の客用ソファーセットでごついおっさん共に囲まれて改めて茶漬けが欲しいか聞かれる流れになった。
これはこれで面白いんだが、やはり大宮、熊谷みたいに荒っぽくない。
しかも、囲んでる全員が見知った顔で笑いを堪えるのに苦労する。
名刺見せられてから慌てて傭兵呼んだみたいだな。
市営団体から正式に依頼したらしく、付け焼刃感が否めない。
たぶん、飲食店が加盟している市民共済の保険サービスだな。
「う。うちはこういうのはお断りしているんです」
オーナーはまだ若い小柄な女性だった。
浅緑の作務衣に三角巾がユニフォームでトラブル経験があまりなさそうな雰囲気だ。
本当にオーナーなのか?日雇いの代理じゃないのか?
虚勢は張っているが脚がガクガク震えている。
まぁ、ブランドのアシストスーツとグラサンのインテリがステルスバッチバチで来たらそりゃ怖がるか。
「何か誤解があるみたいだな」
経緯を知る上で俺が誰なのか言うべきなのだが、言って騒ぎになって強請られても困るので初めから金で解決できればとか考えていたりもする。
「欲しいモノが貰えれば直ぐに帰る」
誤解を招く表現はヤメロ。
震えあがった作務衣女性は、殺し屋が交渉主で俺が用心棒だと思ったようだ。
「何かあれば、即座に市議会に商店街組合を通して陳情書を提出します」
殺し屋の鼻面にドーンとパネルの許諾ボタンを突きつけてくる。
駄目だよおねーさん。そういう交渉の切り出し方は。
俺らが悪い奴だったらどうするの。
「とりあえず、おっさんら出てってくれるか?ちょっと内緒話したいんだ」
囲んで圧をかけてくるムサい筋肉たちを見回す。
顔を見合わせた筋肉たちは無言で部屋から出ていった。
目を見開いた作務衣は。
「うぇえええええ」
泣き出した。
完全に俺ら悪い奴だ。
弱すぎないか?この子。
「落ち着け。俺らは暴力団じゃない。金をせびりに来たんじゃないんだ。寧ろ、場合によっては金を渡す」
顔を真っ赤にして鼻水を垂らしプルプル震えながら涙目で俺を睨む。
「みっ。店の権利は誰にも渡しましぇん!!」
ガチで泣いていてなんか可愛い、ちょっと虐めたくなるタイプだ。
起きてから今までこういうか弱い女性は周りに居なかった。
よしよし。
あ。殺し屋からの視線が痛い。
「キモ」
くっ。
「さっき頂いたショートケーキは正直ノワール・ド・プルミュエールのに引けを取らないくらい美味かった。それに」
作務衣の焦点が俺に合った。
「嗚呼。あのソーダは絶品だ。今までのソーダの概念が覆された。あの香りと、飽きの来ない苦み。今まで知らなかったのが悔しいくらいだ」
「抹茶ソーダは・・・、新茶の香りを維持しつつ泡立たないよう長年研究・・・してました。わたしが作った新商品です」
そうかそうか。
ぐっじょぶだ。作務衣。
繊細な仕事。マジで美味かったぞ。
「店売りはしていないのか?是非購入して自宅で愉しみたいんだが」
「何度もコラボ依頼が来てますが、お受けできません。製造工程は秘密だし、長期保存すると香りが死んでしまいます」
仕方ないな。
ここまで飲みに来るか。
「それは残念だ」
少しは落ち着いたか?
「今日来たのは、俺の過去について知りたかったからだ」
作務衣が固まった。
「浜尻の家系に代々受け継がれてるモノが俺と関わり合いがあるかもしれないから、その確認、というか調べものに協力して欲しかったんだ。取材申し込みのアポは対外的な理由だ」
作務衣が俺にサーチをかけたのが分かった。
「スリーパー」
あえてカウンターは起動しないでおく。
殺し屋が身動きせず構えたのが感じられた。
荒立てないようシークレットログで念を押した。
「ヨコヤマ・リョウ・・・マ?」
すげぇ。
先祖代々すげぇ。
「既に詐称通知で記録の彼方にある名前なんだがな」
「熊谷防衛戦でウーファーパイルを守っていたのはあなただったんですね」
「そんな事もあったな」
あの時は死にかけた。
「常連さんからショートケーキをキープしておいてほしいと言われたので、てっきりそっち系の怖い人たちだと思ってました」
ん?
殺し屋を振り返る、肩を竦めているが。
「あ。あー。隣の四人」
誰だ?
殺し屋は気付いたみたいだ。
「そうです。もう帰ったみたいですが」
隣の?
あーんした時ガン見してた奴らか?
ったく。めっちゃ恥ずかしかったんだが。
「記録してあるだろ。レッドカーペットの時の顔認証かけろ」
あーっ!
「データ頼みは記憶力が落ちる」
自分だって気付かなかった癖に。
上から目線が地味にムカつく。
隣の卓に座っていた奴らは、四人全員九龍城行く前のメンテナンストンネル走ってる時、流れで助かった奴らだ。
礼を言いたいとかでしつこかったがスルーしていた。
あのヘリからカーペットの時駆け寄ってきた奴もさっきのうちの一人だったわ。
ん!?
”二人でトンネル走ってるのあいつら知ってるんじゃね?”
”壺被ってたしどうだろうな。相棒のインパクトが強すぎて、今の所わたしがその時のもう一人かどうかは気にならない筈”
”この作務衣は九龍城の事知ってるのかな?”
”知らない。公になっていないから。当時の作戦関係者のみ”
なら、知らない前提で話そう。
「あいつら、何で俺がここに来る事を知ってたんだ?」
「さあ。分かりません」
”市警に通知出したろ。市議会に直通”
げぇ。
大宮市内で動く分には仕方ないと諦めよう。
悪気は無いんだろうが、ストーキングが目障りなレベルになったら、俺も陳情書出そうかな?営業許可証無いと門前払いか?
「まぁいい。んで。教えてもらえるかな?」
二つ返事で頷いてくれた。
「持ってきますので、少しお待ち下さい」
ここに有るのか?
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