第二部
第72話 地味な戦闘
「火の魔法って有るのか?」
俺は今、大宮の市庁舎屋上でつつみちゃんと駄弁っている。
「何で?」
屋上の温室ではなく、その外側。
そう、大宮市内では外出許可が出たんだ。ここ重要。
因みに、残念ながらデートでは無い。
「この間でっかい火の玉作ったじゃん?あーいうの手から出して街にぶつけるみたいな攻撃手段やってくるナチュラリストいるのかなって」
ナチュラリスト共にあれやられたら、かなり厄介だろう。
「ああね。うーん。火か。スタンダードな方法は、摩擦熱で温度を上げる方法かな」
サワグチの召喚ライヴでファージ整列させるのに使ったやつか。
結局、ファージを使うなら化学反応ではなく分子運動から生まれる波に収束するんだな。
ゲームと違って”熱イコール火理論”は成り立たない。
ああ。
ショゴスの太陽の時はぶっ倒れてて生で全部見られなかった。
始めから見ていたかった。
悔しい。
「手から火なんて出したら手が燃えちゃうでしょ。人間よりショゴスの方が大事だから同じ手法は考えないんじゃない?」
なるほど。
「それに、餌が無くなると困るのはナチュラリストだし」
ああ。
食料である人間を大量殲滅するほど馬鹿じゃないって事か。
「奴らってほんとに人間だけ食べて生きてるのか?」
「主食で食べるのが人間なの、勿論他の物も食べるよ」
ルルルは帰化した後は主食は炭水化物なのかな?
ショゴス飼ってたって事は、アレ食肉用だったんだよな?
食人は風習的なもので、変更可能な食生活って事なのか。
エルフ一人を維持するのに、崇拝者が何人必要なのだろう。
内臓を食べなくとも済むのなら、遥かに少ない人数で足りそうではある。
地下から通ってきたメンテナンストンネルと、それに続く旧鉄道博物館は、あれから三回も掃討作戦があったが、どこからともなく湧いてくるナチュラリストはその度に手痛い反撃を仕掛けてきて、あの地域の完全掌握は未だに見通しが立っていない。
位置的に、大宮にとっては喉元に常にナイフを付きつけられている状態だ。
そこで、ファージの防衛に俺のアクセスツールを使って恒久的に周辺のアカシック・レコードを監視する案を二ノ宮から大宮に提案し、大宮が快諾して現在に至る。大宮は俺に対して何かと便宜を図ってくれている気がする。
ありがとう。大宮。
ああ。アトムスーツ無しで出歩けるこの開放感!
一応、監視対策は何重にもしてあるが、スミレさんが言うには、大宮はもう完全に俺の味方だそうだ。
この街の中にいる限り、俺は寝首をかかれる心配はもう無用だ。
只、ナチュラリストが何かやってきたら俺は真っ先に矢面に立つ事になる。
今更だな。
奴らへの知識を深めつつ、ファージコントロールの基礎を教わっている。
今までなんとなくで動かしていた部分も、かみ砕いて論理的に紐解いていく。知れば知るほど、念ずれば花開くみたいな魔法とはかけ離れた科学技術なのだと感心する。
この技術は、希望的観測や統計の結果では無い。
シネマティックファージは、論理と証拠が存在する物理現象なんだ。
だが、そのファージネットワーク上で起きている超常現象は何なのだろう?
神と呼ばれる存在。
設定していないのに反応したヘルプコマンド。
人の意思を介しない超自然現象の数々。
自律型人工知能で片付けていいレベルでは無い。
勝手に作られていくゲームなのか?
俺らの知らない時と場所で、とんでもない何かが大量に起こっていても全く不思議ではない。いや、リアルタイムで想像がつかない事が起きまくっているのだろう。
前人未踏の地下湖に大量にぴくぴく虫が湧いたり、現人神での宴で野原が埋め尽くされたり、南極にオーロラの城が出来たりしてもおかしくない。
この本州の関東以北ですら、今では暗黒大陸の仲間入りだ。
北海道は違うんだっけか。
人類の文明が維持されている地域は昔と比べると米粒ほどで、この地球上でほんの一部に過ぎない。
その理由は、地上が危険過ぎて漁場や農場、鉱山や油田などを簡単に開拓できないのが大きい。
資源の大半は地下から補充されるしな。
個人的には、地球の環境や資源保全の為にあえてそうしているのかな、とか思っている。
地下市民は、地上の人たちの知らない所で生態系のコントロールもやっているのだろう。
太陽系内の資源は有限だ。
使い切る前に別の星系を開拓できなければ、文明は停滞し、緩やかな絶滅が待っている。
それは、太陽の死よりも相当早く訪れてしまう近い未来だ。
「ファージを効果的に動かすには、常にその空間にエネルギー源であるナトリウム陽イオンが必要なんだけど、その散布は基本、自然界に存在する分で十分足りているのはもう知ってる?」
この間、何かで読んだ。
「面白いのは、空間当たりのナトリウムイオン濃度を上げると、逆にファージ濃度が反比例して下がっていくって事」
それは初耳だ。
「餌が多すぎると逃げるのか?」
「そうね」
ちょっと待て。
「おかしくね?」
優秀な生徒希望である俺の気付きにつつみちゃんはご満悦だ。
「ふん?」
掛けていない眼鏡を上げる仕草をする。
「スリーパーの体内のファージ濃度は、一般人の五万倍近いんだろ?俺の体の中のファージは別物なのか?」
「同じね」
この身体がレアなのか。
あるいは、現代人の身体が改造されているのか。
「あれ。そもそも。んじゃ、エルフのヘンテコ魔法の無力化って・・・」
つつみちゃんは残念そうに口を歪める。
「そうなの。ナトリウム陽イオンを発生させるだけで外部的要因はほぼ無力化できる」
しょっぱいなー。エルフ。
「ナチュラリストの怖い所は。ファージ操作でなく、その生態だし」
ここで”生態”と今更言うって事は、食人だの宗教ではないのだろうが。
「ああ。イニシエーションか」
「そう。脳のブロック管理化、記憶と経験の物理的な共有化。彼らの社会性は隠匿されて、謎を解こうとすれば必ず殺される」
俺ですら興味は尽きない。脳を取っ替え引っ替えしたらどうなるんだろう。
全員がある程度の生体接続が出来て、混ぜこぜな脳たちで作られたネットワークはどういう構造になってるんだ?
「東北はほぼナチュラリストの支配地域なんだけど、勿論交流は皆無で、どうなっているのか全体像を把握している人は居ないの」
「衛星軌道からの観察とかは?」
「飛行機とか気球を飛ばしてるけど、全滅。日本の東北に限らず、世界中のナチュラリスト支配地域は、交流した事は有っても観察に成功した国も企業も存在しない」
そこまで徹底しているのか。ある意味凄い。
世界が二つに分かれているのか。
「コスパ最悪だし、関係者殺されるしで、最近はその手の話すらタブーになってる」
となると。
「帰化したナチュラリストは毎年結構いるんだろ?どういう扱いになるんだ?」
そいつらを調べたら、直ぐに分かるんじゃないのか?
それに、地下での扱いもある程度自治権が認められていたクサイのが気になる。
ナチュラリスト支配地域にも、ビオトープはある筈だ。
「これは多分だけど。イニシエーションを受けた時点で、エルフのネットワークは電子的に共有化される。ナチュラリストのタブーに触れる行動も思考も、筒抜けだと思う」
ルルルはそんな環境で生きてるのか?
ログアウトできるのか?それ。
ああ、ファージ遮断すりゃ良いのか。
「よこやまクンの時代でも、個人情報を開示しないと共有化できないネットワークとか有ったんでしょ?」
「あったけど。そこまで狂気に満ちた規約は無かったよ」
自ら個人情報を開示して犯罪に巻きこまれる奴らは一定数いたが、大半の人間は守るべき情報を弁えていた。と、思う。
俺の起きていた当時は、個人情報もビックデータも軽視から重視へと変革していく過渡期だった。
つまり、やったもん勝ちのデータ戦国時代だ。
誰もがゴミだと思っていたデータが大金を生み出し、世界を動かす原動力となった。
現代では一般的なネットリテラシーも当時は守っていると狂人扱いされたもんだ。
「あれ?」
もしかして、俺がルルルとキスした事は、ファージ通してナチュラリスト全体に広まったのか?
あの時の柔らかさ、匂い。ルルルの目の煌めき。
思い出すだけで、
「どうしたの?」
心なしかつつみちゃんの声が冷たく聞こえるが、気のせいだろう。
俺の頭の中がバレる筈がない。大丈夫。
「何考えてるの?」
怖い気がする。
気がするだけだ。
何もやましい事は無い。
「ルルルと話す時に、言葉に気を付けないとな、って」
「そうね」
癖っ毛の前髪から覗く眼は極限まで細められ、俺を見透かそうと凝らされている。見逃されたのか、気付かれなかったのか、ハーフエルフは軽く鼻を鳴らすと話を続けた。
「まぁ、そんな訳で、敵対行動時のデータから推察するしかないんだけど、情報管理は徹底しないと、いつの間にか全員殺されて誰もいないとか笑えない状況になってるの」
公開されていないだけで、二ノ宮にも対策とか蓄積された情報が有るって事か。
「そういや、つつみちゃんたちって、二ノ宮の社員なの?」
今更感があるが、気にはなっていた。
「ううん。社・・・無期雇用の契約社員だよ。元々一年契約だったんだけど、正社員だと制約が大きいから契約回り見直して入り直したの。二ノ宮への所属バンドはいくつかあるけど、ウルフェンだけの特例契約かな?」
スミレさんのライヴハウスへの契約じゃなかったのか。
技術を買われて採用されたんだな。
確か、ノリユキが纏めたんだっけか。
俺とつつみちゃんが交わしている契約にも、特記事項で二ノ宮に関するものがある。特定企業の名前があると問題なので、商法を介してはいるが、あくまでも発見者であるつつみちゃんとの個人契約が基本になっている。
「あーっ!ここにいた!またイチャコラしてんの?」
五月蝿いのが来た。
「フィフィ、わたしらは真面目に仕事してるの。デート扱いされるのは心外かな」
ソフィアは腕を組んで俺を睨むが、そんな事してもノーブラ美乳が強調されて俺特なだけだ。
「痛っ」
何故抓る、つつみ氏。
くそっ。アトムスーツを着てない事による弊害が。
「そうだ。真面目に純粋に、ファージコントロールの訓練しながら、その考察を深めている所だ」
決して、薄着になってきたつつみちゃんの谷間に目が吸い寄せられたりはしていない。デート感覚で仕事出来て、ホクホクしたりしていない。
「アホね。とてつもなくアホね」
「失敬だな」
「あんたがね。そもそも、今日オフでしょ。何で仕事なの」
「えっと、時間外労働?」
つつみちゃんが代わりに答えて、二ノ宮のアクセスログ統計をソフィアに見せる。
「え?あたし見ていいの?うわっ・・・あ~」
納得してくれたようだ。
二ノ宮は現在進行形で二十四時間電子攻撃を受け続けている。
二ノ宮だけでなく大宮全体も攻撃されているのだが、いくら潰してもキリが無い。
「今、この北関東は色んな意味で注目されてるからねー。有名税と思って、暫く耐えるしかないんじゃない?」
興味本位のサーチもかなり多くて、選別はもう手動振り分けは諦めた。
誤検知のクレームは市の方で受けてもらう事にした。
ファージネットワークの通信量限界は実質無限で、アクセス増加による回線速度の低下などは現代では発生しないのだが、アドレス元の機器が耐えきれなくなってきたので、止む無く俺が力技でやっている。
「これで、サワグチの再登録とか申請したら完全に機能不全になるな」
俺の発言に二人は顔を見合わせた。
「するの?ヒマリっち言ってるの?」
するとは言ってないが。
肉嵐の後、様子を見に行ったらずっと見ていたらしく、テンションアゲアゲではしゃいでいた。
サワグチも関わりたかったみたいだったが、未だに何するか分らないし、世に出たら絶対事件になるからなぁ。
「暇だから”何かする事無いか”って聞かれた」
二人して唸っている。
「流石に手持ち豚さんか。あたしらまだ接触禁止だしねー」
手持ち無沙汰な。
「身分詐称通知取って生きてくのは駄目なのか?」
「元の身分がもう存在してるから、データ提出で公共機関にサン=ジェルマンだってバレちゃうの」
一度身分が出来てしまうと、誰か消してその人の代わり、とかまでやらないと駄目って事か。面倒くせぇな。
今も昔も、日本は戸籍の管理が厳しい。
「市民権無かったけど、取りました的なのは?」
ソフィアが手を振る。
「人身売買のブローカーが都市圏の下請けだから、時間でバレる」
屑過ぎる。
公認の臓器売買も良し悪しだな。
「もう一人スリーパーが見付かっちゃいました的な?」
「誰が見つけるの?大問題よ」
確かに、俺一人でも持て余してる感はある。
暇潰しができれば良いんだよな。
「俺がコピーの方を個人的に雇用する・・・てのは駄目か」
「「それだ!」」
えぇ~。
「言っといて何だけど、有りなのか?」
「別の人の戸籍使ってコピー申請すれば問題ないと思う。後で総務に確認する」
つつみちゃんが、複製取扱総則に目を通し始めている。
「戸籍複製作っても違和感無くて、事件に巻きこまれない程度の知名度が良いんだけど・・・」
ソフィアを見た。
つつみちゃんも見ている。
女性だしな。
よく一緒にいるし。
「あたしぃ!?」
「適任じゃない?総務も許可出すかは分からないし」
オネガイしている。
俺は、余計な事言いやがってとソフィアに睨まれている。
「大体、見た目でもろバレでしょ」
ちょっとグラついてるようだ。
「メタルザックに袋借りればいいだろ?」
二人して噴き出しているが、名案だと思う。
「まぁ、いいわ。申請通ったら貸してあげる。一つ貸しだかんね」
「え?俺?」
「言い出しっぺですし」
どんな貸しだか分からないが、申請通ったら後でサワグチに取り立てよう。
***
おひさしぶりです。戻ってきました。第二部始動です。
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