第47話 普通のライヴ
確かに。それは。俺の知っているライヴとは違っていた。
まず、高めのスツールに腰掛けて、サックスのメタルザックによるソロが始まる。いぶし銀の一曲、吹き終わりに併せてツインドラムがリズムを刻む。
少し沈黙が続いた後、今度はギターたちが鳴り始め、勇ましいドラムが重なり、観客が”オッオッ”と掛け声を呟き始めた。
舞台袖でつつみちゃんがベースをドロドロ弾き始めたがまだ出てこない。代わりにギターを持ったスーツが演奏しながら三人出てきた。
中心に陣取ってドラムたちと張り合い始める。
ヴォーカルとベースの登場が無いまま、そのまま半時間ほど、五,六曲こなしただろうか。
つつみちゃんも、舞台に出てはいないが、舞台袖で演奏には参加していて、時々ノリユキと何か話していた。
箱の中が、熱気に満ちていく。今か今かと、膨大な期待感が空気に伝染する。むさ苦しくなってメットの中も息苦しい気がしてきた。
メット外しても良いかなとか血迷った気分になってきた時、一斉に演奏が止む。
そして。ぶっといシンプルなベースの音に載ってストンと良く通る狼の歌が始まった。
説得力のある、だが人を小馬鹿にしたその声は、聴くなら聴けば?と挑戦を煽ってくる。
それまでのごちゃごちゃしていた複雑なリズムはベースで統合され、三本のギターも背景になった。
ガチリ、ガチリと全員のギアが上がっていくのが分かる。
繊細なのか、大胆なのか判別できない攻めのベースが、全員の時間を刻み込んでいく。
気付いたら、隣のソフィアと一緒に俺もジャンプしていた。
刻むビートの中に、各パートがふらりと入っては抜けてゆく。
”これ新曲よ”
ソフィアがログで教えてくれた。
曲、なのか?
コード進行の欠片も無いその流れは、どう聴いてもノリで即興の只のリズムに聴こえる。
でも、飽きさせず、もっと、ずっと乗っていたくなる。
「あっ。ちょ、やだぁ」
ソフィアが小さく悲鳴を上げた。
さっき音合わせの時遊びで踏んでたステップが後ろの映写スクリーンにリプレイされている。
リズムの合間につつみちゃんが小指でソフィアを手招きした。
嫌なら踊れという事か。
「チョット行ってくる」
舞台に跳び乗ったソフィアはつつみちゃんとハイタッチした後、映写スクリーンに両手を振ると、リプレイが消えて現在のソフィアの足元が映った。
リズムに合わせつつ、所々で倍速に動くと、それを見たギターたちが反応して対抗しだした。
歓声が空気を揺らし、暫くギターたちとソフィアのバトルが続く。
”リョウ。オネガイッ!箱の中心に投影できない?”
おっとぉ。
”メット脱げばできるけど”
スミレさんを振り返る。
優雅に片手を差し出している。
箱全体が防壁で隔離されていくのを感じる。
少しだけ脱いだメットの隙間から、暴力的な振動が突き刺さった。
冷や汗が出るほどデカい音だが、不快感は無い。
”いくぞ”
”あ〜っ!チョット待って!出だしカッコよく!”
知らんな。
拡大したソフィアの靴の映像を、この間のつつみちゃんのナビのエフェクトを意識してデコレーションし、投影する。
物足りないので、少し縮小して七個にして並べ直し、色違いにしてランダムで一つだけコンマゼロイチずらした。
”サンキューダイスキ!エフェクトこれ使って!”
無駄にキラキラしない渋めのエフェクトセットが送られてきたのでテキトーに組み合わせる。
残像とスローモーションもこまめに追加しちゃる。
これで勝ち確ですわ。
ソフィアのステップは精密なので、人間の動きじゃないみたいだ。
ソフィア自身もファージ介入してきていて、ギターの合間に拍子の靴音が映像から小気味よく響く。
良く分からない表情のつつみちゃんは、あのエルフから貰ってきたテックスフィアを出した。いいのか?それ使って。
浮かべた後、他の音を押しのけて自己主張激しく掻き鳴らしていく。
怒ってるのか?
大笑いなのか大歓声なのか、突き上がる拳の波の中、つつみちゃんの手元も箱の中空に大きく投影される。俺ではないので、あのスフィアだろう。
俺の動かすファージが邪魔そうだったので半分スペースを空けた。
舐めるな的な感じで指で指される。はいはい。
ソフィアの脚がもつれた所で、転ぶ前に狼がサッと抱き上げに入り、ぐるりと抱き上げて歓声を浴びさせた後、ステージ下に下ろすと、超早口でスキャットを始めた。
「別に・・・負けてない・・・し」
そういう話だったか?ヘトヘトだな。
「カッコ良かった」
「あら、ありがと」
ファサっと髪をかき上げ、ガードマンが持ってきたクロースで汗を拭う。
「あぁ〜。もうちょっと可愛い服だったら上も動いたんだけどなぁ」
残念気だ。
「それも十分可愛いぞ」
つつみちゃんが音を外した。まさか聞こえてないよな。
「あなたねぇ、そういうとこよ?」
何故怒るんだ。褒めてんのに。
いつの間にか、スキャットが読経めいた不気味さを醸し出してきて、観客の空気感が変わる。
細やかなドラムに併せて、メタルザックが妙に強弱を付けてキーボードを弄り始める。
ギターの三人が無機質で単調なコードを流す前で、つつみちゃんはベースを五弦に張り替えていた。
ツインドラムが間奏でクーリングしている中、メタルザックの出す音が不穏さを増していく。
何が起こるんだ?
そして。
狼が息を潜め。
ツインドラムが手を置き。
ギターたちがへたり込み。
金属袋が鍵盤から手を放す。
つられて、観客たちが静まり、息をのむ音さえ聴こえそうな中。
つつみちゃんのベースがオートチューンされる巻き取り音が一瞬響く。
ステージに雷が落ちた。
取り巻く世界が振動し、自分が爆発に巻き込まれたのかと錯覚する。
ドスンドスンと腹に響くベースに合わせて、黒雲を伴ったリアル嵐の巻き起こる中心で、機材をまき散らし、髪を振り乱し、一心不乱につつみちゃんがベースを奏でている。これ、こんなに壊して。後でどーすんだ・・・。
どろり。どろり。と。稲妻が弾ける度に閃光の中で何かが蠢く。
機材はぶっ飛んでいるのに、あのスフィアだけでこの音と効果なのか?
解析しても・・・。記録はしているが、情報量が多すぎて訳が分からん。
「ふぁいあーっ!」
つつみちゃんが叫んでいるが、嵐にかき消されて聴こえていない。
俺以外に聴こえていないみたいだ。
この暴風の中、メット外したままでは俺も息が吸えず声が出せない。
閉めると役立たずだし。
”ノリユキ!ファイア!”
頭を抱えて伏せてた狼男が片目で俺をチラ見して、つつみちゃんを見る。
「フゥイオオオオオオオッ!」
壊れたマイクを放り投げ狼が吠えた。
雷鳴を切り裂く良く通る声だ。
メタルザックが弾かれたように動き出し、壁に刺さってぶっ壊れてるキーボードに縋りついてガリガリ弾き始めた。その周りでギターの奴らが手際よくアンプを立て直してキーボードに繋いでいく。
ハゲマッチョが飛ばないようなんとか抑えているバスドラムとスネアドラムを、びしょ濡れで透けチクになってしまった巨乳が素手で叩いている。
吹き荒れる強風と雨の中、狼が口元を塞ぎながらファイアを連呼する。
誰からともなく、客も真似し始め、ファイアの合唱が始まる。
ライトは既に全部割れて、稲光と暗闇の中、つつみちゃんがニヤリと笑ったのが見えた気がした。
炎の合唱に合わせ。中空で一瞬の発火が起こる。
火は、気のせいかと思えたマッチ程の小さなものから、合わさる声に比例して大きく、こぶし大、人の頭大。と、段々大きく。弾け散る。
発火した後は、ファージが燃やされ、操作不可能な隙間が出来ている。
つつみちゃんが意図してだろう。燃やしながら力技で設計図を書いていってる。
部屋全体に流れる風と雨が統一感を持ち、ステージに収束していく。
何度目かの稲光で、ソフィアがいつの間にかまたステージで、つつみちゃんの前で舞っているのが見えた。目が逝っちまっている。稲光の所為で瞬間移動して見える。
飛ばされているのか、浮いているのか。あっぶな。あれ、雷大丈夫なのか?
かなりの電流が発生してるんだが。
これ、介入したらまずいよな?
”スミレさん!”
”大丈夫。放っておきなさい”
秒でレスが来た。
流石。てか良いのか?!
音量が可視化したらこんなだろうと思うくらいリズムに乗って激しく収縮を繰り返す黒雲を目の端に捉えたのを最後に、ステージに近すぎてやっぱり雷撃を喰らった俺はショックで気を失った。
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