第44話 後始末とチケット

 アシストスーツを脱いでいる時、地震が来た。揺れが一発だけだったので人工地震か?爆撃でもされたのか。

 

「外が騒がしいね。折角育った苔が剝がされたよ」


 エルフが虚空を見上げる。


「やばっ!スミレさんだ。よこやまクン帰ろ!ルル、また今度!」


 笑顔で手を振るエルフを置いて俺の腕を掴んで駆け出す。

 後から、新型テックスフィアも飛んでくる。

 温室を抜け、水生栽培の通路を抜け、駐車場を抜けて、開き始めたシャッターから土煙が香る中、銃口の歓迎を受ける。


 シャッターの縁に張り付いた全くブレない四つの銃口、正面にはバカでかい重低音を響かせ、泥やらシダやらを跳ね飛ばしながら双発型のヘリが接地面ギリでケツを向けて丁寧に空中待機していて、開口部から重機関銃がコンニチハしている。

 外から見たら、シャッター周辺半径十メートルくらいが地面も岩肌も根こそぎ無くなって、下地の基礎部分が丸見えだった。金属の臭いが鼻を刺す。景気良くミサイルでも撃ち込んだのか。でも、傷はあるがダメージ入って無さそうだ。相当頑丈だな。何で出来てるんだ?

 ローターの強風と轟音にあおられながら中に乗り込むと、即座に撤収。二人ともイヤーマフを渡される。

 装着した途端、轟音は消え、艶めいた息遣いが薄く聴こえた気がした。

 降下用待機室と隔壁を一枚隔ててコンパクトなブリーフィングルームになっていて、正面に迷彩服姿で髪を後ろで纏めたスミレさんがデスクに両手をつき、煙をくゆらせながら下を向いて立っていた。

 威圧感が半端ない。空気が揺らいでいる気がする。

 いや、実際揺らいでいる。

 振り返ったら、ヘリは上昇を始めたが、突撃銃を持った四人の傭兵はこちらに入ってこなかった。

 スミレさんが目線を上げると傭兵がそそくさと隔壁を閉める。

 つつみちゃんは堂々と胸を張ろうとしているが、失敗してもじもじしている。


「無事でよかったわ。既に四つの機関から移住許諾声明が出て、三つの企業から保護通知が来てるのだけど」


 いつもよりさらに低く、ドスの効いた声に腹がギュッと締め付けられる。

 深呼吸一つ。


「知らないな」


「違います」


「よろしい。二人には後で顛末書を提出してもらうわ。リョウ君は下がって休んで。ツツミは残って」


 ヒュッとつつみちゃが息をのむ。

 泣きそうな顔で俺を見るが、目を伏せる。済まぬ。今の俺にはその期待に応える力は無い。こういう時は、余計な事をすると火力が上がる未来が透けて見える。


「その危なそうなもの切っときましょうか」


 開いた隔壁が閉まるとき、スミレさんが咥えていた細身のシガーを振り、黒いテックスフィアが三つ、床に落ちて転がる音がした。


 南無三。


 聞き耳立てたら叱られそうだし、ヘリが市庁舎に着くまで、傭兵共から距離を置かれ腫物扱いされながら、ひたすら自分を無にする作業に集中した。




 そう。これが自由。


 遊歩道のお気に入りの場所にあるベンチに久々に腰を掛け、摩耗したメンタルを補修する。


 顛末書はその為だけにわざわざ作られた個室でつつみちゃんとは相談できずに作らされ、何度も書き直しさせられた。

 情報は完全に遮断され、監禁生活は締めて一週間かかった。昔、クソ上司に始末書書かされた時より時間と精神を削られた。


 提出後、スミレさんの前に書面を精査されながら立たされた時、次は必ず事前に報告して護衛を付けてくれと念を押された。

 ある程度叱られると思ったが、ここまで大事になるとは思っていなかった。

 俺の立場上、色々と面倒な処置が必要だったらしい。

 目の下の隈を隠せていないスミレさんを初めて見て、申し訳ない気持ちになった。


 つつみちゃんは、俺と出会った後も何度かルルに会いに行っていたそうだ、地下から帰ってくるまでスリーパーへの興味は全く無かったらしい。

 それが、九龍城に巡回させていたカメラに偶然俺と殺し屋が映り、俺のアシストスーツを一目見て狂喜乱舞していたという。

 そこからの動きは早く、その日の内にありとあらゆる理由を引っさげて伝手のあるギャングを引き連れ市役所に乗り込んできたそうだ。

 車椅子に乗ったエルフを筆頭に、百人の剛の者を引き連れた大名行列は壮観だった。当時、身分が身分だから、護衛の為の最低人数だったと言うが、アポ無しでの襲来を俺にバレずに押し留めた窓口の苦労は筆舌に尽くしがたい。

 俺への面会と、アトムスーツとアシストスーツの鑑識の権利譲渡を求めスミレさんとにらみ合いしていたというが、全く話が来ていなかったな。

 その時は文字通りすっ飛んできたスミレさんが鶴の一声で解散させたらしいが、エルフも剣呑としていて一触即発だったと、背筋を震わせながらつつみちゃんが教えてくれた。

 窓口の記録映像を少しだけ見せてもらったのだが、車椅子を中心に市役所のエントランスを埋め尽くすギャング団の中、セーブルのファーを巻いた黒いチャイナドレスのスミレさんがソロで割って入りエルフとサシで向き合う様は、映画でよくあるギャングモノの取引シーンみたいでかっこ良すぎだった。


 くっ、何故俺はあの時気付けなかった!?


 空中庭園とは思えない小川のせせらぎに耳を澄ませ、時々行き交う通行人の足元をボーッと眺めながら、役所の売店で買ったカフェラテを啜る。

 これはこれで美味いが、あのエルフの所で飲んだカプチーノは別格だった。

 あれを又飲める日が来るのだろうか。


「あ、いたいた。ホント不用心ねぇ」


 にょきっと湧いて出てワザとらしく嘆息し、俺の隣に腰を下ろすと、久々に会ったお米の国少女は、片面が黒く磁気コートされた紙のチケットを指に挟んで差し出してきた。

 灰色のパンツにスーツで伊達メガネをかけている。立ち居振る舞いに無駄が無く、姿勢が良いので今日も優雅でエロい。

 声を掛けられるまで全く気付けなかった。こいつの迷彩はどうなっているのか、いつも不思議に思う。

 未だに解析ができていない。教えてもくれないし、聞くのも悔しいので、毎回丹念に調べるのだが、身バレした後はこちらのサーチ外に出るまで再潜伏せずログも残さないので、経過観察が非常に難しい。


「ライブチケットか。ウルフェン・ストロングホールド?」


 バカにした顔で目をぐるりと回し、早速二回目の溜息を頂戴する。


「あんたねー。つーちゃ、つつみの所属してるバンドも知らなかったの?失礼にも程があるでしょ」


 秒で楽曲データがザーッと送られてきた。


「あげるから、全部暗記しときなさい。一週間後、ライヴあるから」


 もしかして、あのスミレさんとこの箱でやってた狼男のツインドラムバンドだろうか、あん時は凄かったよな、色々な意味で。


「俺が行って大丈夫なのか?」


「大丈夫だから持ってきたのよ、落ち着いたから久々にメンバー集まれるんだけど、つつみは今あなたに会うの禁止されてるからね。それに、当日はあたしがエスコートしてあげるわ」


「それは、どうも、助かる」


 どうせ”テルミットでやるから心配ないわよ”と肩を竦ませ、恥ずかしがってるのを隠して俺のスキットルを見る。


「何飲んでるの?丁度喉が渇いてたのよね。一口頂戴」


 答えも聞かずに搔っ攫うと、一口飲んで渋面した。


「何でお砂糖入れないのよ。苦くて飲めないじゃない!」


 そのフリーダムさ、嫌いじゃない。只、自分が当事者じゃなければな。


「砂糖入れると、後味が酸っぱくなるから嫌いなんだ。それに、ミルクの甘さも感じられない」


「ミルクに甘さなんて無いわ。それに、非糖質系入れればいいでしょ」


「あれは、甘さに重みが無いからコーヒーが不味くなる」


 そもそも、俺はノンシュガーのカフェラテが好きなんだ。選択肢として”砂糖入り”はあり得ない。


「俺の好きな味を強要する気は無いし、共感も求めていない。飲み物が欲しいなら頼めば直ぐ来るぞ?」


 市役所の売店にオーダーをすれば直ぐ持ってきてくれるだろう。

 最近よく買うようになったのだが、売り子のおねーさんはサービス過剰だ。

 ニッコニコであれもこれもしてくれて申し訳ないくらいだ。


「つまらない男ね。でも、一部共感するわ」


 さいですか。


「つつみはね。美味しいものを見つけると、直ぐに広めようとするの、外国の知り合いに食べさせたりして、喜ぶのが楽しいんだって、バカみたい」


 分かる気はする。

 俺も、自分の好きな物が受け入れられて共感されると嬉しい。

 因みに、今は何故か全く悲しくない。


「食料には供給限界があるのよ?あたしの美味しいと感じるものが世界中で取り合いになって、あたしへの供給量がしぼられたり、価格が上がってしまったら本末転倒じゃない?」


 そういう考え方もあるのか。


「五年前、この辺りでは誰でも口に出来た上州彩牛も、輸出に九割取られて、供給量が増えないから、残りはプレミアついちゃって。嗚呼、お金を出しても食べられなくなってしまったわ。そうだ!ついこの間まで世界中から輸入していた鰻だって、今では日本の食べ方による消費が全世界に広がってしまって、あたしここ数年口に入れてないのよ?!」


 オーバーリアクションでぷんすかしている。

 いつも何かに怒ってるな、この子。


「安易にあたしたちの美食を広める非国民には厳罰が必要だわ」


 昔、俺も自分の商売の傍ら、ブログ上に英語で自分の食べた美味しいモノなんとなく日記書いていたが、あの行いも非国民扱いされてこの子に処罰されてしまうのだろうか。

 当時、俺が安易に書いた秋刀魚の炭火焼きの記事で、その年からの秋刀魚の値上がりに一銭でも貢献して庶民の財布に打撃を与えていたなら、確かに罪深い行いかもしれない。

 せめての罪滅ぼしに、この子に還元しようか。


「今度、鰻食べにいこう」


「何よ!その哀れみのこもった目は!失礼ね!鰻食べるお金くらい稼いでるわ!でも、奢ってくれるのなら、一緒行ってあげて良くて・・・よ」


 いくらかトーンダウンした。


「・・・。つつみも誘っていいかしら?」


 あんだけ熱弁奮ってて、言ってる事、違くね?


「だって。あんたとデートするのに誘わなかったら、ブチ切れて後が怖いのよね」


 穴があったら入りたい顔してるので、赦してやるよ。

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