第43話 かえってきたベルコン

「あたしが、スミレや熊谷に楯突く気が無い事は分かってくれたかな?」


 俺が安全である担保には弱いが、今すぐここでこいつにどうこうされる心配はなさそうだ。そもそも、熊谷と同列に語られるスミレさんて一体。


「立場は理解した。でも、アシストスーツについて他言無用と言って、それを守ってくれる保証もない」


 エルフは乾いた声で笑った。


「確かにスリーパー的な考えだ」


 どういう事だ?


「地下へは、何人たりとも不干渉が基本総則なんだよ。あたしが嬉々として穴でも掘り始めると思っているのかい?」


「・・・」


「ゥプッ。フフフ」


 黙り込む俺と、噴き出すつつみちゃんを見て、エルフは眉を寄せた。


「正直やりかねないというのが本音だ」


 言葉に出してあげよう。


「ツツミには全て忘れて帰ってもらって、君の髄液を抜く準備をしようか」


 怒ってんの?ねえ。今どんな気持ち?


「あたしが無害だと分かったとたん煽りにきたね」


 どこをどう見たら無害なんだ?

 指パッチンすらせずに街一つ二酸化炭素の海に沈められそうな魔女っぽいが。


「気分で準光速弾落としそう」


 つつみ殿もこう仰っている。


「酷いなツツミ。か弱い女性を」


 その上目遣いをヤメロ。

 後、か弱い女性は独力で通信規格引き上げたりしない。


「冗談はおいといて、単純に疑問なんだよ」


 まぁ、答えてもいいだろう。

 たいした理由でもない。


「選択肢の一つとしてベルトコンベアーが有った。俺はそれを選んだ」


 エルフは一瞬固まり。詰まる息を無理やり吐き出した。


「それ、だけ?」


「それだけだ」


「もっと、なんか、こう、超技術で凄いのあっただろう?」


 有っただろうな。


「兵器の持ち出しは厳禁だった。道具か工具で、危険性の無い、持ち出し可の中から選んだ」


「なるほど、厳禁ね。なるほどなるほど」


 しゃべり過ぎたか?

 チョイスは同行者の趣味だが、そこは言う気は無い。

 こいつと殺し屋は、絶対接点を作ってはいけない気がする。


「動く所、直に見たいんだけど、協力してくれるかなぁ?」


 つつみちゃんのオネガイする時の上目遣いは、こいつに似たのか。


「よこやまクン、何か失礼なこと考えてるでしょ」


 エスパーか。






 エルフは、自称演習場に向かう通路でスキップでも始めそうなほどご機嫌だった。おい、その板っぺらの脚じゃつっかかって転ぶぞ。


「わっ?!」


「言わんこっちゃない」


 実際、下を流れる水の上に敷いてあるグレーチングに足を捕られて転びかけている。

 無意識に手を伸ばしたら腰を抱き止めたかたちになった。

 支えた体重は想像以上に軽く、柔らかくて良い匂いがした。


「すまない」


「いや」


 アタフタしてるエルフにちょっとドキドキした。

 しまった。何故俺はつつみちゃんの顔色を伺うんだ。


「ルルはしゃぎ過ぎ」


 俺を睥睨するその薄く笑みを貼り付けた顔は恐怖を感じる。

 気のせいだ。そう。気のせい。


「いやあ、お恥ずかしい」


 鼻歌交じりで先導していくのだが、こいつ空気読めねぇな。

 雰囲気気不味過ぎだろ。

 大丈夫、大丈夫だ。俺は君の育ての親に懸想なんかしていない。


「照明は光量最大が良いな!さぁ、御開帳!」


 少し錆びた分厚い隔壁が上にスライドしていく。

 しっかし、ホント、秘密基地だな。

 ああ。それイメージして作ったのかもしれん。


「じゃーん!ベルコン装着型アシストスーツ改め。センチピード君一号だ!」


「だっさ」


 間髪入れずつつみちゃんが小さく呟いている。

 ヤメロ。こういう科学者を刺激するんじゃない。

 親の恥ずかしい所見られた子供の表情をするんじゃない。

 いたたまれなくなるだろ!


 上から一本のスポットライトで照らされたスーツは、まるで映画のワンシーンだった。

 以前の突貫作業で仕上げました感は完全に消え、こういう商品があっても不思議じゃない程度に完成度が高い。

 骨格はスタイリッシュなフォルムに様変わりし、黒い人工筋肉もむき出しではなく適度にコーティングされている。一番の変化は、ぶっとかったベルトコンベアーが真っ二つに細く分けられ背中に装着されている事だ。

なのでベルコンを四本としても二本としても運用できる仕組みになっている。

だが、この構造だと、背中で途切れてるから、ベルコンの先から反対の先まで運動エネルギーを伝えるのにロスが大きいんじゃないか?


「おや?お気に召さなかったかい?」


「いや。動かしてみても良いか?」


「もちろんさ!」


 やってみればわかる。

 装着の仕方は同じだ。


「ん?!」


 サイズが変わってない。俺用だ。俺用かよ。


「どうした?」


「いや」


 とりあえず着けてみる。

 着心地は良く、違和感無くフィットした。

 バッテリーは二パーセントほどチャージされている。


「ふぉおぉ?!」


「ルル。興奮し過ぎ」


上下に分かれていたベルコンを合体させ一つにし、右から左に、またその逆に、波を作り移動させる。小さく、大きく、ゆっくり、速く、両側から同時に。ここでは振り回せないが、背中部分の蛇腹が三つ四つ減ったくらいか。意外にロスは少なく動かせる。


「そ。それが、基本の動きなのかい?!」


 まぁ、びっくりするよな。


「地面からの反力を使わない運用が求められたからな」


「なるほどなるほど!確かにな!」


 目をキラキラさせるエルフを見て、つつみちゃんも満更でもなさそうだ。


「う〜ん。ベルトコンベヤーを固定してないのは意味があったんだね」


「これはこれで、落とす心配が無くなったのでありだ」


「あーっ!」


エルフはバサバサと頭を掻きむしっている。


「生で見たかったなぁ、捕食者もやっつけたんだろう?」


 俺はどんな顔をすれば良いんだ?


「おっと失礼。これは内緒だったね。失言失言」


 同じエルフが殺された事は気にならないのか。


「よこやまクンは、ルルが気に病まないかって言いたいんだよ」


「おっと。そういう事か。大丈夫だよ」


 自分の判断で殴り飛ばした人間が動かなくなって。たぶん、あのエルフは死んでいるだろう。

 犯罪者でも殺せば犯罪な環境で育った俺は、社会的制裁が無くても、このままでいいのかという気味悪さと恐怖が混在している。

 自分を赦せるのか。これもいつか慣れるのか。

 いや、生きていれば慣れるだろう。いつか。いずれ。


「あたしは、哲学者や法律家じゃないんでね。ただ、君のモラルを現代に持ち込んでツツミを危ない目に合わせないでくれよ?」


 それな。


「分かっているつもりだ」


 エルフは肩をすくめた。


「気休めになるか分からないけど、生け簀の壺君たちの話は聞いたかい?」


 聞いてないな。つつみちゃんは目をそらした。


「おやおや、教えてあげればいいのに。十八人救助できて、一人だけメンタルが壊れてしまって重傷だが、全員快方に向かっているよ。大宮の大企業の子息が含まれてたみたいでね。君が断った感謝状も、ご家族たちの後援があったからみたいだよ?」


「起業家たちとの接点はなるべく作らないよう厳命されてるんだけど」


「ツツミが言っても説得力無いねぇ」


 エルフは乾いた声で皮肉気に笑う。


「このスーツで色々活躍して欲しかったんだけど、使わなそうだね」


 勘弁してほしい。


「荒事は得意じゃないんだ。悪目立ちは死にそうだしな」


 俺は、ゲームは好きだが、暴力ジャンキーじゃないんだ。

 毎週意見の違う誰かを言葉と暴力で傷付けて悦に入るヒーローごっこをする気はない。


「わたしとレンタルボックスにいる時、殺し屋追い返してくれたんだよね」


 ヤメロ。そういう、誤解を招く発言すな。危険にさらすなと釘刺されたばっかだろ。


「最近、パルクールにハマってて凄いんだよ?」


「ほうほう」


「この間なんて、ニビムさんぶん投げてた」


「あのヒゲか。そりゃあ、たいしたもんだ。流石スーパーヒーロー現役世代は違うね!」


 リアルヒーロー開発者のサイコ科学者にそう言われてもな。


「何か言いたそうだね」


「キノセイだろ」

 

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