第11話 採用試験官 田中さん 中編

 五日後。午前九時から奥多摩町の役所で奥多摩ダンジョンの食堂スタッフの採用試験が始まる。最初に面接を行う。貸し切りの小さい部屋に長いテーブルと折り畳みの椅子。ワイシャツに黒いズボンと革靴というお堅い恰好の田中は面接官だが、身体がガチガチに固まっていた。笹尾という白髪交じりの人事部の五十代の男がそれを見て噴き出す。


「もうちょっとリラックスしなさい」

「あ。すみません」


 田中は反射的に謝った。笹尾は気にしていないのか、朗らかに笑う。


「なに。君はこういうのは初めてだからね。そうなるのも無理はない。さて。最終的な確認をしようか」

「はい」


 テーブルに置かれている紙を見る。


「私は履歴書を基に質問する。一貫性があるかどうか。我々労働者と意思疎通ができるかどうか。この二つを重点的に見る。何か意外だという顔をしているね。どうぞ」


 踏んでいる場数が違うのか、五十代の男は表情を鋭く読んでいた。田中は動揺しながらも答える。


「いえ。そのまあ。熱意を重視すると思ってたので何か意外だなと」

「一般的な料理店ならそこも見るだろうよ。精神的なものは料理の完成度に響くからね。新しい料理。季節に合わせた料理。技術だけではなく、貪欲と情熱も必要となる世界だし」


 田中はこくこくと頷く。


「けどここは固定した労働者が利用する食堂だ。見るところが少し異なるというわけだよ」

「なるほど。でも感じ取り方って人によって違いますよね。どう決めるんですか」

「だからこそ若い君達も来てるんだよ」


 若い君達。この言葉で田中は笹尾の隣にいる者を見る。清楚でミステリアスな雰囲気を醸し出す、背中まであるサラサラとした黒髪の二十代前半の女性。襟を閉めたシャツに細いズボン。活発的に動けるという印象を持つ者もいるだろう。視線に気づいたのか、彼女は静かに会釈している。


「どうも」

「さて。簡単に顔を合わせたことだし。もしもし」


 笹尾は前の時代の折り畳みの携帯電話で連絡を取る。控室にいる者とやり取りをする。


「分かった。面接が始まる。出来る限り見定めなさい」


 さり気なく下からカメラのような黒い箱を取り出していた笹尾である。田中は特に言及することは……いや、する余裕がない。ドアをノックする音。笹井は慣れたようにお決まりの台詞を使う。


「どうぞ」

「失礼します」


 ここからは六人の面接をダイジェストにご紹介しよう。まず一人目。平野翔平。年齢は二十五歳で、耳にピアスを付け、黒髪の中に白色のメッシュがある、ちょっとヤンチャそうな男である。


「志望動機ですか? ダンジョンで働けるって滅多にない機会を逃したくなかったですよ。それに前以上にお客様と接客できるみたいですので」


 オフィス街のかなり人気があるフランス料理店で働いた経歴を持っているが故のものだった。若い人らしいところもあるが、料理人として熱意を持ち、接客にも前向きなところに、田中は彼に対してかなりの好印象を持った。


 二人目は大橋隆一郎。三十二歳。丸刈りの頭で眉が太く、腕が太いというか、鍛えられている肉体を持つ男だと見て分かる。経歴を見てみると、七回の転職をしていたことが分かる。備考欄で家の都合で辞めたと書かれており、自己都合とは何かが違うと思ったのか、人事部は彼を面接に呼んだのだ。もう少し詳細をという笹尾からの質問に、大橋は頭をかきながらもきちんと答えてくれる。


「イクエはなんつーか……放浪医師みたいなもんですからね。拠点を転々としてるので、俺の職場も変わるって感じです。一時的に介護があって、数年留まることもありましたがね」


 頬を赤くしながらの返答だった。質疑応答で的を外れたようなものがなく、料理は人の心のためにあるという料理人らしい台詞を出していた。ただ田中としてはイクエさんとやらと共に、どこかに移動しそうだと予想している。他所ならそれで問題ないかもしれないが、残念ながら落とす判断を出すしかない。


 三人目は辻香織という三十六歳の女性。スーツの格好だが、着物の方が似合うような人だなと田中は感じた。人事部の笹尾が質問する。


「旅館で働いてたんですね」

「ええ。ただ結婚で東京に行く事になりまして、辞めることになりました。子供を産んで育てていたので、近くでアルバイトを。ようやくひと段落したので、志願しました」


 落ち着きのある声で答えていた。アルバイトというのも弁当屋での調理担当をしていたようで、すぐ現場で働くことができるだろう。


 四人目は横山ヒロという三十歳になったばかりの男。身長160cmもいかない低身長で、茶色の癖の強い髪だ。眉が薄いのか、自分で書いた形跡がある。


「志望動機は何ですか」

「はい! ダンジョンという特殊環境下なら様々な経験が見込めると思い、志願しました! お客様もそうですが、材料とかも勉強したいなと思ってます!」


 明るく元気な返答である。


「ふむ。決まったメニューばかりになるがそれで構わないですかね?」

「ええ。問題ありません」


 誰だって雇われたいとなると、不利になるような返答はしない。実際横山という男もそうだ。しかし視線が横に移っていた。素直で分かりやすいなと田中が思う反面、飽きて何処かに行ってしまうかもしれないとも感じ取った。


 五人目は鈴岡一郎。四十歳と書かれているが、肌と髪のみ着眼すると、そうとは思えない程の若々しさがあった。化粧メーカーの食堂のスタッフとして働いた経験があり、恐らくそこで色々と化粧関連のものを受け取って使ったのだろうと田中は推測する。


「こちらに志願した理由はまあ色々ありますが、自然豊かなところで働いてみたかったんですよ。それにお客様と親しめるほど接客できるようですしね」

「前はそうじゃなかったんですか」

「ええ。大所帯でしたからね。ありとあらゆるところから来てましたから、顔なんて中々覚えられなかったんですよね」


 誰が利用しても問題ないというスタンスだったのか、鈴岡がいたところにはたくさんのお客様が来ていたみたいだ。人ときちんと交流しながらやりたいというのが田中に伝わってくる。元々喋るのが得意なのか、人事部の笹尾との会話はかなりの盛り上がりだった。


 六人目は米山サナ。二十一歳で金髪に染めている。少し髪が跳ねているが、癖が強いだけだということが分かる。廃店となったらしく、食堂に志願したようだ。


「自己アピールをお願いします」

「はい。以前の店でデザートにも力を入れていましたで、その領域に関しても作れます。なのでお菓子に関しては是非私にお任せしてくだされば」


 彼女の以前の勤務先は食事以外にデザートも出す店だった。そして彼女はデザートの方に情熱が強い。田中はそう感じ取れるぐらい、デザートに関するときの声は力強かった。だからこそ雇って良いのだろうかと言う不安がある。こうして六人全員の面接が終了した。一人三十分と短いが、調理試験もあるため、仕方のないことだ。


「それではここの食堂のセッティングします」


 田中は立ち上がって、部屋から出ようとする。


「俺達も手伝うよ。それでいいね」

「はい」


 田中はてっきり一人で準備するものだと思っていた。二人もいるだけで作業効率が上がる。ちょっと予定時刻より早めに調理試験が始まりそうだなと予想したのであった。

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