第百二十三話 二人の宮廷魔法師
「
ヒルデガルドの前方に突き出した腕から泥で出来た二匹の猟犬が魔力によって作り出される。
ヒルデガルドの後天属性『猟犬』。
封印の森から帰ってきてからというもの、彼女は『猟犬』の魔法を使い
大地を蹴り躍動する猟犬たち。
泥に塗れた体は見た目ほど鈍重でなく、高速に、
「ッ!
一瞬の
しかし、やはり錬度が足りなかった。
二匹の泥の猟犬はクリスティナの振るう水刃によって、胴体を容易く切り裂かれべチャリとその場に崩れ落ちる。
「ヒルデ、甘いですよ! もっと積極的に掛かってきなさい!」
「うぅ、まだまだ!
帝都リンドブルム家の屋敷、訓練場を見渡せるテラス席で、僕たちはクリスティナとヒルデガルドの模擬戦を眺めながら一つのテーブルを囲んでいた。
真横に座るのは肘をついたまま
対面に座るのはあの日『カモミール』で不意をつくように出会った男。
彼は
しかし……改めて考えると凄いことではある。
個人主義の自由人ばかりでどいつもこいつも自分勝手な連中とも言われる宮廷魔法師が、この場に二人も揃っているとは。
「あー、旨かった。ご
「……アンタが無理についてこようとしたから後日にしたんでしょ。料理だってお爺ちゃんの
「そう
「むむむ……」
「そうか、僕は――――」
イグバールの気取らない態度にどうも納得のいっていないハベルメシアを半ば無視して挨拶しようとする。
しかし、僕が名乗るよりも遥かに早くイグバールが口を開く。
「ああ、知ってる。いま
「……
「あ? そうなの? じゃあやっぱり噂通りハベルメシアが殺したのか? 宮殿内じゃ一学生がそんな大それたこと出来るはずがないって
「……わたしでもないよ。一緒に戦ったのは事実だけど」
「……じゃあ誰だっていうんだ?」
訳がわからないと肩をすくめるイグバールにあの戦いでの最大の功労者を教えてやる。
幾度となく模擬戦を繰り広げるヒルデガルドを……。
「……あの嬢ちゃんが? へー、『
ほんの一瞬だけ表に現れる獲物を狙う狩人のような目つき。
しかし、イグバールはすぐに視線をこちらに戻すと何事もなかったかのように話を続ける。
いや、寧ろニヤリと口の端を釣り上げていて、対面の人物をからかってやろうという思惑が透けて見えるような態度だった。
「にしても、ハーベちゃんも良かったなぁ。いい御主人様に拾われて。宮廷魔法師を奴隷だなんて皇帝陛下のお考えまではわからねぇが、良かったじゃねぇか嫁の貰い手が見つかって」
「よ、よ、嫁って!???」
「嫁は嫁だろ? じゃなきゃヴァニタスが婿か」
「そ、そ、そんなこと! 違っ、旦那様とは違うから!」
「オイオイ、もう旦那様呼びかよ。気が早えな。いやヴァニタスの手が早いのか? やるな」
「あーっ、もう! そ、その前に! ……ハーベちゃんって呼ぶのやめてくれる? わたし別に許可してないんだけど!!」
「ああ? そうだったっけか?」
「だからぁ! アレは特別な相手にだけ許してるの! アンタには許可出してないから!」
「ハハハッ、そう怒るなって」
……割と僕は初対面から呼ぶことを許されてた気がするけど、どういうことだ?
疑問と共に怒鳴るハベルメシアを横から眺めていると、急にボフッと効果音でもついていそうなほどに赤面する彼女。
「〜〜〜〜ッ」
騒がしく食って掛かったと思えば一人で顔を真っ赤にしては
「それにしても第三席か……僕の知る限り一対一で戦えば
イグバール・デミロッド。
ハベルメシアの五つには劣るが二つの先天属性を使い
「そりゃ正面から一対一で戦えばオレが勝つだろうな。メリトロクスの
席次について語るイグバールは不満を漏らしつつもそれほど深刻には考えていないようだった。
それよりいずれはハベルメシアさえも追い抜いてやるという自信が
……実際強さでいえばあの頃のハベルメシアが相手なら簡単に勝てただろうな。
前までのハベルメシアは“無限”の魔法こそ使えるものの、自身の五つの先天属性を万全に使い
攻撃手段は応用の効かない汎用魔法に頼りきりだったし機動力もない。
イグバールのあの先天属性なら隙の多い彼女相手に急速に接近することも
「そ、それより! わたし知ってるんだから! アンタはお、女ったらしだって!」
「おっと気を持ち直したか」
「……女ったらし?」
「そう! 何人もの女の人を泣かせてるとか、酷い目に合わせてきたとか! 女好きで碌でもない男だって宮殿で聞いたことがあるんだから!」
……ハベルメシアはたまに何処からか仕入れてきた変な情報に
「はぁ……で? 本当なのか?」
本当のことなら僕としても付き合いを考えざる得ないんだが……。
「待て待て、そんな怖い顔するなよ。ったく……人聞きの悪いことを言うんじゃねぇよ。確かにオレは女と聞けば目がねぇが……」
「ほら、やっぱり!!」
「最後まで聞けって。オレだってなぁ、
「じ、地雷女ぁ?」
「その点ヴァニタスはすげえよな。オレならこいつを
「調教した」
「え、何、地雷女って……。え、もしかしてわたしのこと?」
「調教したって……お前直球過ぎんだろ。ま、まあいいや、取り敢えずオレは本命のいる相手に
「ね、ね、地雷女ってわたしのことじゃないよね。ね、ヴァニタスくん」
「ねぇ! 地雷女なんかじゃないって言ってよ! ねぇーっ! ヴァニタスくんったら!!」
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