第百二十三話 二人の宮廷魔法師


泥土猟犬でいどりょうけん!」


 ヒルデガルドの前方に突き出した腕から泥で出来た二匹の猟犬が魔力によって作り出される。

 

 ヒルデガルドの後天属性『猟犬』。

 封印の森から帰ってきてからというもの、彼女は『猟犬』の魔法を使いこなすべく毎日のように修練に励んでいた。


 大地を蹴り躍動する猟犬たち。

 泥に塗れた体は見た目ほど鈍重でなく、高速に、俊敏しゅんびんに剣を構えるクリスティナへと襲いかかる。


「ッ! 水麗薄刃プルクラアクアスライサー!」


 一瞬の交錯こうさく

 しかし、やはり錬度が足りなかった。


 二匹の泥の猟犬はクリスティナの振るう水刃によって、胴体を容易く切り裂かれべチャリとその場に崩れ落ちる。


「ヒルデ、甘いですよ! もっと積極的に掛かってきなさい!」

「うぅ、まだまだ! 泥土猟犬でいどりょうけん! 走れ!」






 帝都リンドブルム家の屋敷、訓練場を見渡せるテラス席で、僕たちはクリスティナとヒルデガルドの模擬戦を眺めながら一つのテーブルを囲んでいた。


 真横に座るのは肘をついたまま終始しゅうし不機嫌そうに頬を膨らませるハベルメシア。

 対面に座るのはあの日『カモミール』で不意をつくように出会った男。


 彼は料理長エルマーの作った料理に舌鼓したつづみを打ちながら、あれこれと材料や調理法を聞いては頷いている。


 しかし……改めて考えると凄いことではある。

 個人主義の自由人ばかりでどいつもこいつも自分勝手な連中とも言われる宮廷魔法師が、この場に二人も揃っているとは。


「あー、旨かった。ご馳走ちそうさん。流石ルドルフ爺さんの息子だけはあるな。どれも絶品だった。屋敷に招待して貰って良かったよ。お陰で旨い飯にありつけた」

「……アンタが無理についてこようとしたから後日にしたんでしょ。料理だってお爺ちゃんのエルマー息子の手料理ならどうしても食べてみたいっていうから、ヴァニタスくんが無理いって用意してくれたのに……」

「そう不貞腐ふてくされるなよ、ハーベちゃん。これでもヴァニタスにはちゃんと感謝してるって。さて……旨い飯も食わせて貰ったことだし、改めて自己紹介した方がいいか。――――オレはイグバール・デミロッド。元Sランク冒険者でそこのハーベちゃんと同じく宮廷魔法師の第三席を務めてる。よろしくな」

「むむむ……」

「そうか、僕は――――」


 イグバールの気取らない態度にどうも納得のいっていないハベルメシアを半ば無視して挨拶しようとする。

 しかし、僕が名乗るよりも遥かに早くイグバールが口を開く。


「ああ、知ってる。いまちまたで一番話題の魔法学園の生徒だからな。ラゼリア・ルアンドールのお気に入り。宮廷魔法師を奴隷におとしめ、国家間を暗躍する秘密結社の存在を暴き、帝国を破壊し尽くしたかもしれない邪竜を殺した少年。リンドブルム侯爵家の悪童、ヴァニタス・リンドブルム。……流石のオレでもそれぐらいは知ってるさ」

「……邪竜エクリプスドラゴンへのとどめは僕ではないがな」

「あ? そうなの? じゃあやっぱり噂通りハベルメシアが殺したのか? 宮殿内じゃ一学生がそんな大それたこと出来るはずがないって紛糾ふんきゅうしてるらしいしな。ま、オレ的にはあのハベルメシアがわざわざ死力を尽くしてまで敵を殺そうとするなんて信じられねぇんだが……」

「……わたしでもないよ。一緒に戦ったのは事実だけど」

「……じゃあ誰だっていうんだ?」


 訳がわからないと肩をすくめるイグバールにあの戦いでの最大の功労者を教えてやる。

 幾度となく模擬戦を繰り広げるヒルデガルドを……。


「……あの嬢ちゃんが? へー、『猟犬自分の魔法』を扱うのにすら苦労しているようだってのに、一体どういう絡繰からくりなんだか……」


 ほんの一瞬だけ表に現れる獲物を狙う狩人のような目つき。

 しかし、イグバールはすぐに視線をこちらに戻すと何事もなかったかのように話を続ける。


 いや、寧ろニヤリと口の端を釣り上げていて、対面の人物をからかってやろうという思惑が透けて見えるような態度だった。


「にしても、ハーベちゃんも良かったなぁ。いい御主人様に拾われて。宮廷魔法師を奴隷だなんて皇帝陛下のお考えまではわからねぇが、良かったじゃねぇか嫁の貰い手が見つかって」

「よ、よ、嫁って!???」

「嫁は嫁だろ? じゃなきゃヴァニタスが婿か」

「そ、そ、そんなこと! 違っ、旦那様とは違うから!」

「オイオイ、もう旦那様呼びかよ。気が早えな。いやヴァニタスの手が早いのか? やるな」

「あーっ、もう! そ、その前に! ……ハーベちゃんって呼ぶのやめてくれる? わたし別に許可してないんだけど!!」

「ああ? そうだったっけか?」

「だからぁ! アレは特別な相手にだけ許してるの! アンタには許可出してないから!」

「ハハハッ、そう怒るなって」


 ……割と僕は初対面から呼ぶことを許されてた気がするけど、どういうことだ?


 疑問と共に怒鳴るハベルメシアを横から眺めていると、急にボフッと効果音でもついていそうなほどに赤面する彼女。

 

「〜〜〜〜ッ」


 騒がしく食って掛かったと思えば一人で顔を真っ赤にしてはうつむいて……まったく何がしたいんだコイツは。

 

「それにしても第三席か……僕の知る限り一対一で戦えばコイツハベルメシアを上回る実力だと聞いているが……」


 イグバール・デミロッド。

 ハベルメシアの五つには劣るが二つの先天属性を使いこなす元Sランクの冒険者。


 一騎当千いっきとうせん万夫不当ばんぷふとうの強者であり、宮廷魔法師について記された書物には、一対一の戦闘なら宮廷魔法師第一席、筆頭にも匹敵するほどの実力の持ち主だと書いてあったが……。


「そりゃ正面から一対一で戦えばオレが勝つだろうな。メリトロクスのじじいに勝てるかは別だが、ハベルメシアに負ける気はねぇしな。ただなぁ、席次についてはなぁ。……やっぱ気になるよな? オレもそこんとこは納得いかねぇんだよ。どう見ても真正面から戦ったら強いのはオレなんだが……まあ、宮廷魔法師は帝国への貢献度でも席次の順位が変わる。任期でいえばオレの方が短いし、ハベルメシアが集団戦でも騎士団の守りさえあれば戦力として使えるのに対して、オレは誰かに合わせるより個人で戦う方が得意だからな。なにより他人に指図されたくねぇし。それに帝国は長らく他国との戦争はしてねぇ。これも皇帝陛下が賢明なお陰だからなんだが……ま、所轄席次を上げるような活躍の場がねぇってことだ」


 席次について語るイグバールは不満を漏らしつつもそれほど深刻には考えていないようだった。

 それよりいずれはハベルメシアさえも追い抜いてやるという自信がうかがえた。


 ……実際強さでいえばあの頃のハベルメシアが相手なら簡単に勝てただろうな。

 前までのハベルメシアは“無限”の魔法こそ使えるものの、自身の五つの先天属性を万全に使いこなせていたかでいえば否だ。


 攻撃手段は応用の効かない汎用魔法に頼りきりだったし機動力もない。

 イグバールのあの先天属性なら隙の多い彼女相手に急速に接近することも容易たやすかったはずだ。


「そ、それより! わたし知ってるんだから! アンタはお、女ったらしだって!」

「おっと気を持ち直したか」

「……女ったらし?」

「そう! 何人もの女の人を泣かせてるとか、酷い目に合わせてきたとか! 女好きで碌でもない男だって宮殿で聞いたことがあるんだから!」


 ……ハベルメシアはたまに何処からか仕入れてきた変な情報に翻弄ほんろうされているが、何処から聞いてきたんだ、そんなこと。


「はぁ……で? 本当なのか?」


 本当のことなら僕としても付き合いを考えざる得ないんだが……。


「待て待て、そんな怖い顔するなよ。ったく……人聞きの悪いことを言うんじゃねぇよ。確かにオレは女と聞けば目がねぇが……」

「ほら、やっぱり!!」

「最後まで聞けって。オレだってなぁ、ハベルメシア地雷女に手を出さない危機察知能力ぐらいあるっつうの」

「じ、地雷女ぁ?」

「その点ヴァニタスはすげえよな。オレならこいつをぎょしきれる自信がねぇよ。こういう女はゼッテー激重感情向けてくるってわかんだろ。いやホントお前何やったの?」

「調教した」

「え、何、地雷女って……。え、もしかしてわたしのこと?」

「調教したって……お前直球過ぎんだろ。ま、まあいいや、取り敢えずオレは本命のいる相手にこなをかける趣味はねぇからそこんとこ覚えておいてくれ。あそこで模擬戦してる二人と、横で隠れて見守ってるウサギ耳の娘だろ? 心配すんなって、手を出す気はねぇよ」

「ね、ね、地雷女ってわたしのことじゃないよね。ね、ヴァニタスくん」


 しきりに地雷女か確かめてくるハベルメシアだったが……僕に彼女の目を見て返事をする勇気はなかった。






「ねぇ! 地雷女なんかじゃないって言ってよ! ねぇーっ! ヴァニタスくんったら!!」











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