第百二十二話 これからの行き先と同僚


 散らかしたのなら後片付けもしっかりしなくてはならない。


 あの後前歯が根こそぎ吹っ飛びフガフガとしか喋れなくなったゴロツキ共の頭領ロッティを縛り上げ、大半が気絶していた子分たちの中から特にこの集団の内情に詳しそうなヤツを見繕みつくろい丁寧に尋問お話した。


 悪賢わるがしこそうなヤツをラパーナが矢で拘束してくれたお陰で尋問お話はスムーズに進み、ゴロツキ共の目的、というよりロッティの目的の全容が見えてきた。


 レントからの情報、証拠集めのための聞き込み等もあり、予想していたことではあったが、どうやらゴロツキ共率いるロッティの最終的な目的は『カモミール』を含むあの辺り一帯の土地を裏の商人に売り払うつもりだったらしい。


 『カモミール』は小さな土地だ。

 しかし、あの店の近辺には帝都内部を走る乗合馬車の停留場があり、さらには帝都でも最大規模の市場もそう遠くない。

 貴族街からのアクセスも馬車で一時間程度と、周辺も合わせて一つに取り纏めれば確かに売却額はそれなりのものになるだろう。


 という訳でロッティが隠し持っていた土地を買い求める者裏の商人たちのリストの元、僕自ら出向いて特別なをしておいた。


 ちょっと手荒になった気もするがこれで彼らは今後『カモミール』に手を出すことはないだろう。

 まあ、元々ロッティが勝手に売却を画策していただけで商人たちもあいつらに依頼まではしていなかったらしい。


 所詮しょせん小悪党のかしら、詰めが甘いというか見通しが甘いというか、野心だけが先行して先走り過ぎたな。


 そうして『カモミール』以外の不当に奪われていた土地の権利書を元の持ち主に返しつつ、ついでに商人たちの悪事の証拠も強引に奪ってきたからこれも追加で騎士団に引き渡した。


 万事上手くいったといっていいだろう。

 これでロッティを含めたゴロツキ共と商人たちが帝国の法にて厳しく裁かれることになるのは間違いない。

 

 が……せないことが一つ。


「……この方が『まゆゆ』の婚約者、だと?」

「ぐうぅぅぅ…………くそぉぉ……オレが、オレが貴族ならぁ! 何故オレは騎士になる道を選んだんだぁ!」

「クソーーッ! 俺は! 俺はーーッ!」

「バカ野郎っ! オレたちがっ、オレたちがっ、『まゆゆ』に迷惑をかける訳にはいかねぇんだ! その手にかけた剣を置け! 耐えろ! 耐えるんだ! 同志よ!」


 血走った目をやめろ。

 悔し涙を流すな。

 腰に差した剣の柄を握るんじゃない。

 それに何故同じ騎士同士羽交い締めにしてまで止める必要がある?


 そんなに僕がマユレリカ、いや『まゆゆ』の婚約者なのが悔しいのか?

 というかその情報もう出回っているのか。


「主様、どうされますか? 斬りますか?」

「……いや、やめておこう。騎士団の詰め所で暴れても僕らが不利になるだけだ。それに『まゆゆ』関連は出来るだけ触れないことに決めている…………一応」

「……はい……残念です」


 無礼な輩を斬れなかったことにしょんぼりとするクリスティナを励ましつつ気持ちを落ち着ける。


 ……どうやらロッティたちを引き渡す際の騎士たちは『まゆゆ』の過激派? のファンだったらしい。


 ……帝国の騎士団はどうなってる。

 阿呆しかいないのか?


 いやいや、物語ストーリーではもう少しマシだったよな。

 ……全然覚えてないな。


 というかなんで僕が面識すらなかった騎士たちに恨まれることになるんだ。

 バカらしくて折檻せっかんする気にもならないが、半ば呆れながら無言でたたずんでいたら何故だか盛大に慌てていた。


「ぐ……我らの視線に一歩も引くことがないとは……流石は帝国の民を守りし“邪悪殺しネファリアススレイヤー”殿。……物凄い胆力だ」

「噂では聞いていましたが、『まゆゆ』様だけでなくこのような凛々しくも美しい奴隷まではべらせるとは……『まゆゆ』様もその魅力に? ……末恐ろしい御方です」

「ッ! 婚約者だろうと! 『まゆゆ』は決して渡さない! 『まゆゆ』は一人のものじゃないんだ! みんなのものなんだ!!」


 ……本当に何なんだコイツら。



 



 小悪党共を引き渡してから数日。


 騎士団の事情聴取を終えたレントを連れ、メイラとルドルフの二人が待つ『カモミール』に向かう。


「ヴァニタスちゃん、みなさんも本当にありがとう。あなたたちのお陰で本当に助かったわ」

「…………」

「ほら、あなたも恥ずかしがってないでお礼をいってくださいな」

「…………皆様をいつでも歓迎いたします」

「もう、この人ったらいい歳してお礼も満足にいえないんだから」


 ……ルドルフの声を初めて聞いたな。

 外見は好々爺こうこうやとしているのに渋い声だ。


「ふふ」

「おじいちゃん! 面白い!」


 みながルドルフの明後日の方向を向いて頬を染める姿に微笑ましいものを感じている中、一人浮かない顔のレントがボソリと呟く。


「おれ……本当に良かったのかな。かしらたちはまだ牢の中なのに。一人だけ解放されるなんて……」

「なんだ。放課後にわざわざ迎えに行ってやったというのに随分な言い草だな」

「あ、いえリンドブルム様! 寛大な処置に感謝します! あ、ありがとうございます!」

「感謝はいい。僕はマユレリカの依頼をこなしただけだ。それに……お前の処遇に関しては僕よりそっちの二人の方が助けになったと思うぞ」

「え?」


 ハッとしたようにメイラとルドルフを見るレント。

 メイラは小さく手を振り、ルドルフは相変わらずそっぽを向いていた。


「もー、レントくんさぁ。お婆ちゃんとお爺ちゃんがレントくんのこと庇ってくれたから君はここにいられるんだよ! もっと二人に感謝しなきゃ!」

「そんな……なんでおれなんかのために……」


 レントはハベルメシアの言葉を受けてもそれをにわかには信じ切れない様子で困惑していた。

 ……自分が他人に助けられるような人間ではないと自分自身がわかっているのだろうな。


 だから本気で理由がわからない。

 でもそれはメイラとルドルフを舐めすぎだ。


「レントちゃんが悪い子じゃないのは最初からわかっていたもの。だって……一度だってわたしたちから力付くでお金を奪うことをしなかった。年寄り二人、いつだって簡単に奪えたのにあなたはそれをしなかった。あえて選ばなかった。……わたしたちのためにずっと頑張ってくれていたんでしょう?」

「いや、おれは……でも毎日のようにバアさんたちに金をせびりに……迷惑だっていっぱいかけて……」

「それもわたしたちのお店を無くさないために考えてくれた結果なのでしょう? 纏まったお金さえあればおかしらさんがお店を潰さないでいてくれると考えて……。聞いたわ。ハベルメシアちゃんが教えてくれた」

「へへ」


 得意げに胸を張るハベルメシア。

 彼女はうつむくレントの肩を持ち、そっとメイラたちの方を向くように押す。


 しっかりと向き合えとでも言うように。


「ありがとう。あなたのお陰でわたしたちまだお店を続けられる。だから……泣かなくていいのよ。あなたはわたしたちの『カモミール生きがい』を守ろうと精一杯頑張ってくれた。……それがたとえ最善ではなくても。その心遣いがわたしたちは嬉しいの」

「……うぅ……おれ……おれ……何にも出来なくて……。かしらに逆らうことも、他にいい方法も思いつかなくて……でもおれ『カモミールここ』が好きだから……無くなって欲しくなかったから」

「うん、うん。頑張ったわね。レントちゃんあなたは頑張った。……ありがとう」

「メイラ、さん……」

「あら、いつも通りババアでもいいのよ。あ、でもハベルメシアちゃんみたいにお婆ちゃんって呼んでくれた方が可愛いかしら」

「……うん。じゃあメイラ婆ちゃん」


 メイラの差し出した両手を大切なもののように握るレント。

 両目からは大粒の涙が溢れ頬を伝い止め処なく落ちる。


 ……さて、感動の場面なのだろうが、レントお前に泣いている暇はないぞ。

 これからやって貰うことがあるのだからな。


「それでだ。お前何処か行く宛があるのか?」

「え! あ、ありません。かしらも捕まったし、孤児のおれに行く場所なんて……」

「なら丁度いい。この店を見て何か思わないか?」

「え?」

「『カモミール』は小さい店だ。だがここにはメイラとルドルフしかいない。常連客が絶えず訪れ、客足の絶えない人気の店を二人だけで守っている」

「そ、それが何か?」

「わからないか? 一人息子のエルマーは僕の屋敷で料理長をしてくれている。ここを手伝う者は誰もいないんだ。メイラもルドルフもいまのところ誰かを雇ってまで手伝わせるつもりはないらしい。……つい最近まではな」

「え、あ……」


 いまだ僕の話す内容がいまいち理解出来ていないレントに直球で告げる。


「レントお前がこの店で働け。どうせ暇だろ?」

「お、おれが!? 『カモミール』で、働く!?」

「ふふっ、そうね。お手伝いしてくれる子がいると嬉しいわ。わたしたちももう歳だから。ね、ルドルフさん?」

「…………」

「もう、こんな時まで黙らないで。あなたもお手伝いしてくれる人が欲しいでしょう?」

「…………若くて動ける男なら」

「ほら、やっぱり。ね、ルドルフさんもあなたを歓迎してる」

「メイラ婆ちゃん、ルドルフ爺ちゃん……」


 頬のしわを一層深め微笑むメイラにレントはたじろいでいた。

 しかし、そんな覚悟ではこの先やっていけないぞ。

 なにせこれからは覚えることが多いのだから。


「最初は雑用からだ。食材の運搬から皿洗い、廃棄物の処理やら店内、店外の掃除清掃。力仕事ならそれなりに出来るだろうしな。料理を任されるかは……ルドルフ次第か」

「え、え!? りょ、料理まで……?」

「当然だ。いまのところ僕は料理長エルマーを手放すつもりはない。ならこの店を誰が守る? レント、お前は『カモミール《この店》』が好きなのだろう? なら出来るはずだ」

「おれ、なんかが……」

「そうだ。お前がやるんだ。メイラとルドルフが守ってきた店と味をお前が守るんだ」

「おれ、が……」


 やれないとは言わせないぞ。


 ……そう発破をかけようとしてやめた。

 ここで僕が出しゃばるのは無粋だからだ。


「……レントちゃん、わたしたちと一緒に『カモミール』を守ってくれない?」

「おれなんかが……本当に?」

「ええ、あなただからいいのよ。わたしたちの生きる場所カモミールを好きだといってくれるあなただから一緒にいたいの。大丈夫、何でも教えますからね。お客様へのご挨拶から注文の取り方、常連のお客様の好みまでぜーんぶ!」

「はい……はい! おれで良ければ……! やらせてください!」

「ふふ、良かったわ。ね、ルドルフさん」

「…………厳しくするぞ」

「ルドルフ爺ちゃん……いえ、ルドルフ師匠! はい! よろしくお願いします!」


 将来的にレントが『カモミール』を継げるような料理人にまで成長するかはわからない。


 もしかしたら一生芽が出ない可能性だって大いにあるだろう。

 真っ当な仕事のキツさに直面して逃げ出したくなる可能性も、いままで生きてきた環境とのあまりの違いに戸惑い、感情が制御出来なくなる可能性も否定出来ない。


 だが、それでも……この幸せそうに明日の希望を持って笑う三人が見られるのなら……。

 多少は苦労した甲斐があった、かな。


「ふふ、みなさん、良かったら今日も夕食を食べていかないかしら。ルドルフさんが腕によりをかけて作ってくれるわ。と〜っても美味しいわよ」

「……そうだな。屋敷で待ってくれているだろうエルマーには悪いが、せっかく寄ったんだ。夕食はここで食べていくか」

「ハンバーグ! ハンバーグ! ステーキ! ステーキ!」

「ヒルデ、あまりお店の中で騒いではいけませんよ。他のお客様のご迷惑になってしまいます。……今日は何をいただきましょうか。迷いますね。ここのお料理はどれも絶品ですから楽しみです」

「…………やった」






 メニュー片手に喜々として今日の夕食を選ぶクリスティナやヒルデガルドたちを遠くから眺める彼女。

 普段ならすぐに自分から輪に入っていこうとする寂しがり屋な一面も持つ彼女は、珍しく何処か物思いにふけっているようだった。


 僕は彼女の隣に立つ。

 少しだけみんなの喧騒から離れたその場所は、まるで別の空間に来てしまったかのように静閑せいかんとしていた。


「……ヴァニタスくんはさ。手心を加えるっていうかさ。ああやって許してあげることもあるんだね」

「ん?」

「悪い人たちのこと。あとはレントくんのこともかな。てっきり殺したり、強引に服従させたり、拷問したり、もっと酷いことをするのかと思ってた。わたしの時みたいに奴隷にしたりもしなかったし……ねぇ、なんであの程度で済ませたの? 普段のヴァニタスくんならもっとスゴイことをしちゃうでしょ? あの秘密結社の人たちにしたことみたいに、徹底的にやろうとするはずでしょ? なんで?」

「……僕だって時と場合を考えるさ。何もすべてを破壊したい訳じゃない。レントに関しては……まあまだ引き返せるところにいたからな。……証拠は僕たちが握っていたし、多少は誤魔化しが効く。というかハベルメシア、お前、僕のことを何だと思っているんだ? 触れるものすべてを傷つける極悪ごくあくなナニカとでも思っているのか?」

「え? 子鬼とか悪魔とか化け物とかじゃないの?」

「オイ」


 あまりに自然体で言うからこちらがびっくりした。

 本心で言っているのか?

 ……だとしたらほんの少しだけショックだぞ。


 しかし、彼女は半分冗談、半分本気のどっちつかずの態度で僕へと笑いかける。


「ハハッ、ウソウソ! ウソだってば! 冗談だよ……でもさ、なんかちょっと違和感があるな〜ってさ。ヴァニタスくんらしくないかな、なんて思ったりして……」

「そうだな……この店を血生臭いものにしたくなかった。気に入っているんだろう? この店が、いやあの老夫婦が」

「う、うん」

「余計なちょっかいを出されないのも大事なことだが、ここを訪れる者たちが無駄に恐怖する必要はないと判断しただけだ。この平和で思いやりのある世界を血と暴力で穢して、せっかくメイラとルドルフが守ってきたものを壊したくなかった。そんなことをしたらお前のお気に入りの『カモミール』が変わってしまうからな。……違うか?」

「え……じゃあ……全部、わたしのため、に? わたしがお婆ちゃんたちを好きになっちゃったから、だから……。……ズルい。旦那さ……ヴァニタスくんはズルいズルいズルい!!」

「ズルくないさ。僕は……真っ直ぐなだけだ」

「うぅ……だってぇ」

「特別な感情は大切にするべきだ。それにハベルメシア、お前は僕の大切な奴隷だ。だから……お前のことを優先して考えることもまた当たり前のことだ」

「はい…………旦那様」


 真白い頬を赤く染めうつむくハベルメシアの、ささやくような声だけが二人だけの空間に響いていた。











「ゲェ!?」

「……突然どうしたハベルメシア、潰れたカエルみたいな声を出して」

「だ、だだ、だ、だって……」


 何にそんなに動揺することがあるのか。

 店内のある一点を見た途端ハベルメシアはいままで見たことがないほど動揺していた。


 ……いや一度だけあったか?

 あれはラゼリアとの遭遇の時に……。


「な、なんでアンタがここにいるの!?」


 ハベルメシアの指差す先にそいつはいた。

 『カモミール』の客の一人として至って普通に馴染んでいた。


 そいつはさもいま気づいたと言わんばかりに、何でもないように湯気の立つクリームシチューをスプーンで口へと運ぶ。


 片耳につけた羽飾りの揺れるピアス。

 艶消しの動きやすさを重視しただろう革鎧。


 くるりと癖のある茶色い髪、エメラルドグリーンの瞳は柔和な印象こそ与えるものの、奥には油断ならない光がある。


「よぉ、ハーベちゃん。久しぶり。なんでだって? それはオレがこの店の常連だからだが? そんなに驚くことか?」

「だってだって、アンタはわたしと同じ……」


 ハベルメシアが一目で気づくほどの面識があり、かつ彼女が自分と同じだという人物。

 この男は……。


「お前はまさか……」

「よぉ、はじめまして。ハベルメシアの御主人様。スプーン片手に悪いな。オレはイグバール。――――宮廷魔法師第三席イグバール・デミロッド。よろしくな。“邪悪殺しネファリアススレイヤー”」


 空席こそあれ帝国に十二席しかない皇帝陛下の戦力の一人がそこにいた。











★評価、フォロー、ご感想をいただけると幸いです。


貴方様の応援が執筆の励みになります!


どうかよろしくお願いします!!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る