第百二十話 奇妙なチンピラ


「うるさー。なにアイツ、入ってくるなり突然大声なんか出しちゃって、あれでカッコつけてるつもりなの? 他のお客さんに威張り散らすなんて、一人で空回りしてるようにしか見えないんだけど」


 店内に響く大声に待ちぼうけていたはずのハベルメシアが苦々しい表情で悪態あくたいをつく。


 僕たちの待つ『カモミール』へと無遠慮むえんりょに入ってきたのは一人の若い男だった。

 若いといっても僕たちよりは年上、それでも年齢的には二十代にギリギリ届かないくらいの青年。


 入口を蹴り開くなり肩で風を切って歩いてきては大声で周囲の客たちを威嚇する。

 見る限り武器や防具で武装もしていないし、本当にやかましいだけのチンピラだった。


 だが、一人……だと?

 てっきり嫌がらせの犯人はもっと大人数で来るものとばかり思っていたが……予想が外れたな。


「んん? お婆ちゃん?」

「あら〜、いらっしゃい」


 チンピラに無警戒に近づいていくメイラ。

 静止しようにもその動きはあまりに自然だった。


 まるで祖母に会いに来た孫を歓迎するかのような自然さ。


「うるせぇババァ! 大人しく金を寄越しやがれ!」

「いつもご苦労さま。喉、乾いてないかい? はい、お水」

「チッ、水なんか要らねぇんだよ。金だよ金! 金を寄越せってんだよ! っと、ああもうだから水は要らねぇって。喉は乾いてねぇから。大丈夫だから押し付けんなよ。あー、もう話を聞けよ!」

「ごめんねぇ。最近耳が遠くなってきて若い人の声が聞き取りにくいのよ。歳を取るって嫌ね。うんっと……お金のことだったかしら。ちょっと待っててね。お婆ちゃんね。お小遣いをあげようと思って用意してたのよ。はいこれ、少ないけど」

「ハァ!? だ、だから昨日纏まった金を用意しておけってあれほど言っただろうが! 何で……小遣いなんだよ。くっ……あ、ありがとう。ああ違った……困るんだよ! ほら早く……店には金庫ぐらいあるんだろ? そっからちょっとばかし出してくれりゃあそれでいいんだ、な?」

「え〜と、鍵は何処に閉まったかしら。ルドルフさん何処だか覚えてる?」

「…………」

「あら〜、困ったわね〜」

「あ〜〜、もうなんで毎度毎度話が前に進まねぇんだ!?」


 マイペースなメイラに終始しゅうし翻弄ほんろうされ続けるチンピラ。

 大仰な身振り手振りで纏まった金銭を要求するがすげなくあしらわれる。


 あー、でも小遣いは貰ったのか。

 メイラによって強引に胸ポケットへと押し込まれた封筒を大事そうに押さえる。


 ううむ、これは……。

 

「主様……これは少し予想とは違う形になりそうですね。どうやらメイラさんも嫌がらせ? の犯人とは親しく見えますし、てっきり嫌がらせ犯との乱闘騒ぎになる可能性もあると身構えていたのですが、その必要は……なさそうです」

「戦う? 戦わない?」


 目の前の光景に困り果てているクリスティナに同意の頷きで答え、ぶちのめす気満々だったのに威勢を削がれて落ち込むヒルデガルドを励ますように視線を送る。


 ……確かにメイラ一人に軽くあしらわれているこの状況では騎士団など動いてくれないだろうな。

 実際店内の他の客たちも一時は何事かと注目していたが、すぐにいつものことかと食事を再開していた。


 しかし、予期せぬ光景にこれからどう動くか悩んでいる内にあっという間に事態は動く。


「ク、クソッ! また来るからな! その時には必ず金を用意しとけよ! 小遣いじゃないぞ! わかったな!」

「ええ、また明日この時間にね。待ってますからね」

「〜〜〜〜ッ!?」


 小遣いを貰っただけで禄に金も物も取らずに帰るつもりか。

 

 ……結局何をしに来たんだ?


「ええ!? お婆ちゃん、なんで帰しちゃうの!? わたしたちアイツを捕まえるために来たのに!」

「ああそういえばそうだったねぇ」

「そうだったねぇじゃないよ! 早く追いかけないと。また嫌がらせに来ちゃうよ」

「でもねぇ。あの子も悪い子じゃないんだよ。ちょっと気持ちを伝えるのが不器用なだけでね」

「ええー、だからってほっといたらまたお店の迷惑になるんじゃないの? ほら、他のお客さんも……あんまり気にしてないか。でも追い掛けないと」


 問題解決に積極的とはハベルメシアにしては殊勝しゅしょうな心掛けだな。

 メイラをお婆ちゃんと慕っている様子だし、余程この店が気に入ったのか。


 しかし、メイラから見たらあのやかましいチンピラも悪い子じゃない、のか。

 確かに実質的な被害はないともいえるが……果たしてどうしたものか。


 取り敢えずそそくさと店の外へと出ていってしまったチンピラを追い掛けようかと思ったその時。

 数分、いや数十秒にも満たない内に再び入口の鐘がカランカランと鳴り来客を告げる。


 入ってきた人物は……。


「ハ、ハンバーグ……一つ」

「はい、いらっしゃい。いつもありがとうね。特大サイズで良かったかしら」

「あ、ああ」

「そうだ。今日はお父さんがポテトサラダを作り過ぎちゃって。良かったら食べる?」

「バッ、俺は!」

「若いんだからいっぱい食べなきゃ。いっぱいあるんだから遠慮しなくていいのよ。お皿に大盛りでいい?」

「…………うん」


 いや、無理があるだろ!

 目深まぶかに被った帽子一つで別人に間違える訳ないだろうが!


「あ、主様? 見間違いでなければ彼は先程メイラさんにお金の無心をしてきた人物と同一人物では?」


 クリスティナには珍しく動揺が表に出ている。

 ……僕も少なからず動揺を隠せない。


 マジで何がしたいんだコイツ。


「ポテト、ズルい!」

「あら? ヒルデガルドちゃんはさっきの量だと足りなかったかしら。待っててね。いま大盛りで持ってきますからね」

「うん、ありがとう!」


 『皆さんはいかが?』と笑顔で尋ねてくるメイラ。

 せっかくの好意だがつい一時間ほど前に食事を済ませたばかりなのだから、ヒルデガルドのようには食べられないぞ。


「く〜、ウマッ! あー、やっぱりここのハンバーグはまじで最高だぜ! この溢れ出る肉汁、コクのあるデミグラスソース。付け合せの野菜まで美味い。この店以外では野菜なんか食わねぇけどここのグリルで焼いた野菜だけはどうしても食っちまうんだよなぁ」

「うう、特盛り、ズルい!」

「ん? なんだ欲しいのか? 残念だったな。これは俺のだ。お前にはやらねぇよ」

「む〜」


 フォークで刺したハンバーグをヒルデガルドの目の前でこれみよがしに頬張るチャチな変装をしたチンピラ。

 やがて山盛りのポテトサラダが運ばれてくると二人は競うように食べ始める。


「……ねぇ、ヴァニタスくん。わたしたちここに来る必要ってあったのかな?」

「…………む」

「まあでも美味しい料理は食べられたし、嫌がらせも大したことなかったみたいだから……それはそれで良かった、のかな」


 遠い彼方を見るようにしてチンピラを優しく見守るメイラを眺めるハベルメシア。

 何故だか何もかも終わったような雰囲気ふんいきを出しているが……敢えて言わせて貰おう。


「…………良くないだろ」

「あ、やっぱり?」






「おい」

「ああ!? なんだ急に、俺はいま最高の食事の途中で忙しいんだ。しかも、早く食ってかしらに色々と報告しなきゃならねぇってのに。ガキが一体……何の……用……」


 ん? 何故そんな怯えた表情をする?

 呼び掛けただけなのに人の顔を見るなり急に青褪あおざめた顔をしてむせることはないだろう。


 失礼なヤツだ。


「……食事中悪いな。だが、こちらもお前を待っていたのでな。……連日の嫌がらせに関する話を聞かせて貰おうか。ああ、そうそうこの件に関わっているヤツがいるなら早く白状はくじょうした方がいいぞ。……今日の僕は温厚ではいられないかもしれないからな」


 さあ、知っていることを洗いざらい話して貰おうか。











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