第百十八話 事情と頼み事
「それで? 皆さんはどのようなご用事でプリティマユレリカにいらして下さったのでしょうか? 確かヴァニタスさんはわたくしに何か御用があったと記憶しておりますけど」
プリティマユレリカの二階。
辺りはすっかり暗くなってしまったが、
特別な客を案内するという家具や調度品にもこだわったであろう
その上品で気品のある姿は『まゆゆ』として声援を一身に受け活動していた姿とは似ても似つかないほど落ち着いた雰囲気を纏っていた。
……切り替え早いな。
だが、切り替えの早さといえばこの部屋に入るなり『びぇ〜〜〜ん、ラパーナさぁ〜ん! 誠に! 誠に申し訳ありませんですわぁ〜〜!』と恥も外聞もなく泣き喚き始めたマユレリカは、ラパーナの腰にガッチリと抱きつき再び謝罪していた。
知らぬ間に黒兎らーちゃんのモデルにされていたラパーナ。
しかし、貴族と奴隷たる身分差もありながら何度となく謝ってくるマユレリカに
当事者たるラパーナが許すなら僕も無闇に事を
まあ、貸しを作ったと思って前向きに捉えておこう。
……断じてあの異様な熱狂に巻き込まれるのが怖いからじゃないぞ。
……取り敢えずそこは深く考えないこととして……。
という訳で、すっかり泣き腫らしたマユレリカから僕たちは魔法少女まゆゆにまつわる話を聞くことが出来た。
そもそも『まゆゆ』を取り巻く一連の出来事は、マユレリカの父リバロ・ランカフィールが彼女を代表として新たな商会を立ち上げさせたことから始まった。
運悪く賊に攫われたことで貴族令嬢としての価値を著しく低下させたマユレリカ。
彼女自身に変わりはなくとも周囲の彼女を見る目は確実に変わってしまった。
交流のあった貴族たちすら
そんな状況を打破するための新商会の試験的な事業。
それがマユレリカの魔法少女化だった。
……この世界の住民のほとんどは魔法が使えるのだから魔法少女は言葉としておかしい気もするが……ノリで決まったらしい。
新商会のメインターゲットとして帝都の住民の多くを占め、マユレリカのような賊の被害者という立場に同情的な平民を据えた。
貴族の令嬢がある日不幸な目に合い苦境に立たされる。
立場の悪化から数多の困難が降りかかる彼女。
だが、それでも商人の家系であることを誇りとし決意を固める。
どれだけ他人に
狙いはある意味的中したといって良いだろう。
マユレリカの新たな
そういった意味では娘の魔法少女化を積極的に進めていたリバロは先見の明があったといって過言ではない。
元々平民に偏見はなく、見目麗しい淑女。
身分差がありながらも自分たちに別け隔てなく接してくれて、しかも優しく微笑みかけてくれる。
プリティマユレリカを通じてだが、触れ合える距離感なのも良かったのかもしれない。
前世でいえばもはやアイドルと化したマユレリカは、いや『まゆゆ』は熱狂とともに圧倒的な支持を得た。
『……わたくしだって初めはこんなに応援して下さる方が増えるだなんて信じておりませんでしたわ。寧ろ恥の上塗りのような気がして乗り気ではありませんでしたの。どうせすぐ飽きられ見向きもされなくなると……し、しかし』。
言葉通り当初マユレリカ自身もそれほど人気が出るとは思っていなかったらしい。
だが結果はアレだ。
いまでは平民だけでなく貴族にも騎士にも『まゆゆ』のファンは増え続けている。
そして、肝心のらーちゃんについてだが……。
『確かにいまのわたくしはもう生まれながらの先天属性を隠すつもりもありません。しかし……しかしですわ。まゆゆを演じるに当たって共に悪を挫く
……マユレリカの哀愁漂う姿には
まあ、戦闘はともかくうら若い少女の相棒が蝿ではな。
言いたいことはなんとなくわかる。
それに一応『まゆゆ』の使う魔法の一つ、相棒枠の一体としてこっそり黒蠅のくーくんも売り出してみたらしいが……当然ながら売れ行きは悪いようだ。
だがだからといって友人を無許可でマスコット化するな。
「…………かわいい」
イルザの親友ユーディが、らーちゃんのふわふわとした黒毛の胴体に顔を埋めていた。
うむ……この娘も何で馬車に乗って着いてきたのかと思っていたがこれが理由か。
グリグリと顔を押し付けほんわかとした表情を浮かべる彼女をイルザが微笑ましいものを見るような目で見詰めている。
あー、それかららーちゃんの中身だが、オッサンだったらちょっと嫌だなと思ってマユレリカに恐る恐る尋ねてみたところ、獣人の女性冒険者に直接依頼して頼んでいるらしい。
もし中身がバレてもイメージが崩れなくていいが、依頼料を聞いたらかなりの高額でそこが一番驚いた。
おっと、もう一つ。
まゆゆビームは地味に非殺傷の魔法であり、直撃したとしてもダメージはまったくないらしい。
いや……ダメージがない、だと!?
見掛けだけの魔法だなんて寧ろ高等技術だろ!?
しかもそんなまゆゆビームを騎士団の連中は、自分の悪心を祓うことが出来る魔法として積極的に撃たれにくるらしい。
……まゆゆコールを挙げてた連中だな。
騎士甲冑の完全武装した連中が喜んで魔法を受けにくる姿……シュール過ぎるだろ。
……どんな宗教だよ。
……やはり『まゆゆ』からは距離を置いておいた方がいいな。
「……僕の頼み事は単純なことだ。封印の森からの帰りにもチラッと話しておいたが素材の運用に関して――――」
その後、小一時間会話を続け、らーちゃんの売り上げの一部を直接ラパーナに渡すことや、いまだ調査のために手元には届かない
マユレリカが専属の使用人であるリリカから追加の紅茶を注がれている最中だった。
「依頼したいこと? 僕にか?」
「ええ、そうですわ」
面の皮が厚いというか……商人の逞しさを垣間見ていた。
というか依頼……だと。
マユレリカが僕に直接?
不穏な気配に僅かに警戒する僕に、彼女は安心するようにと微笑みかける。
「依頼というより相談が近いかもしれませんわね。ただヴァニタスさん、というよりリンドブルム侯爵家にも多少関係のあることですのでお話しておいた方がよろしいかと」
「何だって?」
リンドブルム家にも関係することとは大きく出たな。
……何処かの貴族がちょっかいでも掛けてくるのか?
それとも商人仲間からの面会や商談の依頼か?
商人同士の独自のネットワークを持っているだろうマユレリカなら、事前に色々な情報を集めていてもおかしくはない。
だが、様々に考えを巡らす僕と違って至って普通な様子でマユレリカは話を切り出す。
「実はわたくしたちランカフィール家の者が帝都を訪れた際に、特別な時間を過ごす時に
「……ほう」
「慎ましい規模の個人経営のレストランなのですが、そこに毎日のように嫌がらせが来るらしく……。どうやら売り上げの一部を要求しているらしいのですが……」
「典型的な小悪党か……。だがそれは僕に、リンドブルム家に関係があるのか? それにそういった帝都住民の困り事の解決は騎士団の仕事だろう? もしくは依頼を受けた冒険者の仕事のはずだ。まあなんだ、それこそ『まゆゆ』のファンたちに頼めば一発で解決出来るんじゃないのか?」
僕の問い掛けにギクッとした顔で固まるマユレリカ。
だが、ぎこちない動きながらも彼女は話を続ける。
「え、ええ、それも考えましたが、どうやら嫌がらせもそれほど大規模なものではないらしく。騎士団にも相談はしましたがこのような些事、というより事件性の少ないものだと彼らも動きようがないと。それと……『まゆゆ』のファンの彼らですが……応援して下さる方の善意につけこむようなやり方は……あまり褒められたものでもありませんですし……出来れば彼らにお願いするのは避けたいですわね」
ステージ終わりの落ち込んだ姿からは
「したがってこの件の調査と出来れば解決をヴァニタスさんにお願いしたいのですわ」
「そうか……で? リンドブルム家が関係しているというのは?」
「それは簡単なことですわ。何せ困っていらっしゃるのは帝都のリンドブルム家のお屋敷。その料理長、彼のご実家なんですもの」
「なに?」
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