第百一話 憧憬の虹は遠く彼方に
空を駆ける虹の翼。
一つの意思の元に自在に宙を舞う姿は、まるで風に揺れる蝶のように柔らかく優雅だった。
エリメスの背から
思わず目を奪われるような
地を這うだけしか出来ない私には、そのごく自然にあるかのような翼は余計に眩しかった。
たとえその相手が倒すべき敵だとしても、ある種の憧れさえ抱いてしまうほどに……自由だった。
だけど私は――――。
「さあ、さあ、早くあたしを倒して見なさいよクリスティナ! あんたみたいな奴隷があたしに勝てるのか証明して見せなさいよ!」
頭上遥か上空、
戦場は邪竜の踏み荒らした何もない荒野から木々のまだ残る森の中へ。
上空から放たれるエリメスの虹の魔法から少しでも身を隠すべく私は大樹を盾に逃げ回っていた。
「森に逃げ込むなんて
降り注ぐは七色に煌めく光線。
地面を焼き焦がすように抉り陥没させる威力を秘めた魔法。
直撃すれば彼女の言うように体の中心に大きな穴が空くことになるだろう。
幾度となく降り注ぐ光線をギリギリのところで回避する。
この魔法もまた魔力を拒絶する特性。
……魔法による
「ちょこまかとよく躱すわね! じゃあ今度はこういうのはどう? ――――
「ッ!? いまのは!?」
「あははっ、不意を突かれたぁ? この光線はあたしの意思で軌道を変えられる! 何処に逃げたって無駄なんだから!」
エリメスが両手を動かすに伴い、光線が直角に軌道を変える。
地面スレスレを這うように沿って私へと迫る。
「――――
「だから無意味なんだって。わっかんないかな〜」
蓮を模した水の盾もただ一時の時間を稼ぐだけの魔法でしかない。
それでも私には貴重な時間だった。
迫りくる脅威に剣を斜めに構え受け止めると気合いと共に後方に受け流す。
「くっ……。はぁっ!」
「へぇ〜器用じゃん。魔力を纏わせた剣で受け流すなんて。でもその魔力も私の
魔力強化。
武器や防具の強度や切れ味を上昇させる身体強化とはまた少しベクトルの違う魔力操作技術。
この鍛練の旅で得た新たな力。
それもエリメスの
「……
「バカの一つ覚えみたいに。それしか出来ないの? ――――
いまのは単なる目眩まし。
それでも私をさらに追い詰めたいエリメスには目障りだったようですね。
彼女は目に見えて不満を顕にすると、自らの視界を遮る森の木々に向け魔法を放つ。
「……それにしてもほんっと邪魔ね。
次々と切り倒される大木。
森は姿を消し、あっという間に視界の開けた空間が出来上がる。
……逃げ場はない。
「あはっ、やっとしっかり姿を見れた。どうしたのクリスティナ? そんなに傷だらけになって? 誰かに弱い者いじめでもされたぁ?」
「…………」
「なに無視してんの? 返事ぐらいしなさいよ」
「…………」
「……結局あんたはあたしに勝てっこない。あんたはあの泥んこ娘をあたしから逃したつもりだろうけどそれも無駄だから。邪竜くんもそうだけど、モーリッツは結社の中でも一二を争う残酷なヤツ。すぐにあの娘もあんたと同じく無駄死にすることになる」
「……そうですか」
「ッ! 何! 何なのその余裕! あんたは所詮奴隷でしょ! 自由な意思もなく、ご主人様の命令に逆らうことも出来ない哀れな存在。さっきはお姉ちゃんだからとか何だか言っていたけど、所詮あんたもヴァニタスに命令されてあたしと戦ってるんでしょ? ヴァニタスはあの
「貴女には貴女の主張があるのでしょうね。……確かに私たち奴隷は主の命令に逆らうことは出来ない。どんな理不尽な命令だとしても絶対の命令権がある以上逆らえない」
「でしょ? だったら――――」
「ですが! 主様はおっしゃられました。『クリスティナ、君なら任せられる』と」
「…………」
「私は主様を信じます。なにより主様の信じて下さった私の力を信じています。エリメス、貴女は私が貴女に勝てないとそういいましたね」
「実際勝てないじゃない! クリスティナ、あんたの魔法は
「違います。私は貴女に勝つ。これは誰に強制されたことでもない。私自身の意思。届かないなら……届かせてみせる。それが私が自分に定めた決意」
エリメス、私は貴女を倒してみせる。
誰のためでもない。
私自身のために。
「……話は変わりますが不思議なものですね。貴女と私は似ても似つかない。考えも行動も何もかも違う。なのに……似通ったことを考える。それに貴女の魔法は非常に参考になりました。そう、まるで最後のピースを埋めるように役に立ってくれた」
「似通ったこと? 役に立つ? クリスティナ、あんた一体何のことを言ってんの……?」
「助かります。そこまで近づいてくれて――――
エリメスの
制御が難しくなにより目の前で驚いた表情を見せるエリメスのように自在に空を駆けるとはいかない。
直線のみの飛行。
速度の
出来るのは直線に飛び多少その場で高度を維持することだけ。
それなのに無駄の多い魔法は負担が大きく、一度の加速で体が軋むように痛む。
それでも……いまの私には唯一の
「う、うそ!? あんたも空をっ!?」
「――――ッ」
ですが彼女に詳細まで伝える必要はない。
いまこの時必要なことは彼女を黙らせること。
エリメス、貴女が空を自在に駆け、私の心に
貴女は本物の虹のように手の届かない
「――――
「くっ……振り切れない。誘導タイプの魔法!?」
事前に認識し標的と定めた魔力を追い追尾する魔法。
先程と異なり空を逃げ回る立場になったエリメスを追い詰めるための魔法。
「はぁっ!」
「しかもこのあたしに空中戦を仕掛けてくるなんてっ……」
魔力が弾かれ拒絶されるなら魔力に頼らない攻撃をするしかない。
エリメス、貴女が教えてくれたことです。
それに剣技は私の最も得意とするところ。
不慣れな空中でも問題は少ない。
「でもこんなもの簡単に防げる!
円盤状に固められた虹の盾。
確かに虹の拒絶と合わせてもその魔法の守りは硬い。
でも後方からなら?
「
しかし……。
「ッ!? これは……」
「あはっ、虹の翼もあたしの魔法なんだから魔力を拒絶するのは当然でしょ!」
剣に纏った魔法が消える。
斬撃も寸前で躱された。
「
エリメスの意思で軌道を変える光線。
しかし、それも自分で操作する必要がある。
何故なら虹の光線は彼女の両手の動きに連動するだけでそれ以上の動きはしてこない。
「
「ここで加速!?」
曲がる光線を振り切る。
度重なる加速に体が悲鳴をあげる。
もう連続での加速は……限界。
「エリメス!」
持てるすべての魔力をこの一太刀に。
天高く舞い上がり、上空からの強襲。
「ここで! 決着をつけます! ――――
「そんな攻撃ィ!
拮抗する。
虹の盾と多量の魔力を注ぎ込み蒼く輝く剣による突きがぶつかり合う。
「ああああ!」
「ぅ……ぐぅ……なんで……諦めない、のよ」
「あああああああ!!!!」
貫く。
エリメス、私は貴女を倒す!
「ガッ……あっあ……」
地に落ち倒れる。
輝く虹の翼はもう
「ゴホッ…………な、んであたしが……競り負けんのよ……」
剣の軌道が最後に変わってしまった。
胸を突く斬撃は彼女の脇腹へと刺さっていた。
血が零れ落ちるように
ギリギリ……だった。
もう私も体に力がほとんど入らない。
魔力も枯渇寸前。
しかし、ここで彼女が選んだ選択肢は私にとって予想外だった。
「はぁっはぁっ……
「まだ立ち上がる力が!? エリメス! まさか……逃げるのですか!」
「逃げるに決まってるじゃん。あたしは……こんなところで終わらない。終わってたまるもんか!」
「エリメス!」
空を行くエリメスの後を追い走る。
もうすでに魔力はほとんど使い切っている。
辿り着いた場所は地に倒れ伏す騎士たちのいまだ残るグラニフ砦の前。
……悪い予感がする。
ここにはラパーナとマユレリカ様が騎士たちの救助に来ていたはず……。
「あははっ、やっぱりあたしは正解だった。ねぇそうでしょ? 砦の方向に逃げればいくらでも盾になる奴がいると思った!」
「ご、ごめんなさい。クリス姉」
「クリスティナさん! 申し訳ありません。ラパーナが突然あの女に……」
人質を取るなんて……。
ラパーナを羽交い締めにしたエリメス。
脇腹からは血が滴るように流れ、口元は吐いた血で赤く染まっている。
失った血液のせいか顔色は悪い。
それでも彼女は生を諦めていなかった。
「空から見たらすぐわかった。あんたと同じ首輪。しかも弱っちい兎の獣人なんて。あはっ、そんなの盾にしてくれっていっているようなもんじゃない!」
「ラパーナ……」
「ゴホッ、ゴホッ……クリスティナ! それと横の女ぁ! もし余計なことをしたらこの兎獣人を殺す。それが嫌なら大人しくあたしを見送りなさい! それでこの娘の命は助けてあげる! 奴隷一人の命と引き換えにあの勝負はなかったことにしてあげる! ね……いい取引でしょ」
追い詰められた者の気迫。
でも……。
「ラパーナ……」
「クリスティナァ!」
「うん……
「――――は? な、何よコレ!?」
エリメス、貴女はラパーナを甘く見ている。
彼女がどれだけ陰で努力してきたか。
どれだけ自分を削るようにして私たちに追いつこうと寝る間も惜しんで頑張ってきたか。
貴女が彼女を奴隷だと蔑んでも彼女の価値は変わらない。
「ラパーナの魔法。『黒』
の先天属性」
「色……彩……系統の先天属性!? そんな……レア属性……」
「そうですね。でも……彼女に相応しい先天属性です」
『黒』に拘束され身動きの取れないエリメスに一歩近づく。
彼女はその僅かな時間で己のこれから辿る運命を予期したのだろう。
必死な表情で私の目を見ながら
「ね、ねえ待ってよ! あたし、ほら降伏するから! 降伏! ねぇ、む、無駄に傷つける必要ないでしょ! な、なんでも話すから! ほらっ、あたしたちの組織のこととかさ。幹部が何人いて、
「……確かに貴女の持つ情報は貴重です。主様も貴女たち三人の素性に関する情報を知れたと聞けば喜ばれるでしょう」
「な、なら!」
「ですが!」
「…………」
「ここで貴女を無力化することに変わりはない」
「え?」
「喉を切れば無詠唱でない限り魔法は発動出来ない。足の腱を切れば貴女はその場を動けない」
「は? え? そんな残酷なこと……しないでしょ? ねぇ……クリスティ――――」
「いいえ、貴女が抵抗することの方が私には恐ろしい。覚悟を。貴女を無力化します」
「ああ……あぁ……ああ〜〜〜〜」
「叫んでも無駄です。ここに貴女の味方はいない。安心して下さい。事が終われば
「ああ〜〜〜〜〜!!!!」
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