第六十六話 レクトールと落ち込む友と特訓
「で? 本当にあんな条件で決闘を受けて良かったのか?」
「うん……元は俺が仕出かしたことだから……仕方ないよ」
「だけどもっとやりようがあっただろ? いくらなんでもヴァニタスの条件そのままってのは負けた時のリスクが高すぎる。退学だぞ! 退学!」
「そうだけど……俺が悪かったから、さ」
「お前はちょっと気になった女の子がいたから声を掛けただけだろ? まあちょっ〜とやり方は悪かったけどさ。男ならあんな時もある、だろ? あるよな? それなのにまったく貴族ってヤツは……!」
教室の椅子に深く座り、ひたすら落ち込むアンヘル。
ヴァニタス・リンドブルムの奴隷に絡んでいった直後から、アンヘルは心ここにあらずといった状態だった。
あ〜、正確には奴隷の女の子にこっ酷くフラレた直後からか。
……アレはキツイよな。
「……クリスティナさんの事情をよく知らないのに余計なことを言った俺が悪いんだ」
「そこはまあ、な。普通にしている奴だって何か裏はあるもんだ。主と奴隷にだってそれぞれ事情はあるだろ。そこに不用意に立ち入るもんじゃない。だからオレ止めたのによ〜」
「うっ、ごめん」
だがアンヘルを止めきれなかったオレにも多少の責任はあるだろう。
あの時……まさかアンヘルがいきなり告白なんてすると思ってもいなくて軽く考えてた。
……もっと必死になって止めればこんなややこしい事態にはならなかったのにな。
「いや嫌な予感はしたんだぜ? あ、ヤバいってオレの直感が
「だ、だからごめんって! クリスティナさんを見たら……その……どうしても『いま行かないと』って思ったんだ」
「はぁ……で、結果があれだもんな」
「ううっ……」
魔法誓約書にサインする場にはオレも同席させて貰った。
アンヘル一人だと不安だったからな。
何せコイツは失恋のショックかどうにも頭の働いていない状態だったし、魔法学園に編入して来たばかりで頼れる人もいなかったから。
「フロロ先生とクロード先生には相談したけど、結果は個人間のトラブルだから介入出来ない……だもんな」
「先生にも立場があるだろうからね。俺が余計なことをしたのに二人には頼れないよ」
「だけど魔法誓約書だけでも学園に用意して貰えば良かっただろ? あそこで断ったから余計条件の変更が厳しくなったんだぞ」
サインする場でも主導権は常にヴァニタスの側にあった。
一応魔法学園ではこういったトラブルで魔法誓約書を必要とする場合、どちら側でもない第三者が両者の取り決めた内容を書類として書き起こしてくれる。
だけどアンヘルは断った。
ヴァニタスの用意した人物に書かせることを同意した。
自分の招いた事態だからと。
だから条件は特に変わっていない。
決闘に負ければアンヘルは学園を去るし、もし勝てたとしても
失うものは多く、得るものは少ない。
せめて奴隷からの解放でなくとも契約内容の変更が出来れば……。
……いや無理だな。
あの殺気、一瞬だけど息が詰まった。
呼吸をすることを忘れた。
あれはヴァニタスの逆鱗だった。
触れてはいけないところだったんだ。
「……まあ終わったことはいい。問題はあのヴァニタス・リンドブルムに勝てるかどうか。……勝てんのか? イルザはフロロクラスでもかなりの実力者だったんだぞ。それが赤子の手をひねるかのように……」
侯爵家嫡男でクラス内でも浮いていた存在だったヴァニタス。
編入生のアンヘルは知らずともその横暴振りは学園の内外で有名だった。
オレも何度か絡まれたけどその度に笑って誤魔化したものだ。
だけど……ヴァニタスは変わった。
殺気はともかく普段あんなに理性的なヤツだったか?
ラルフやクロード先生、イルザへの態度から少しおかしいとは感じていたけど、以前はあんな風に仲良く談笑なんて絶対になかった。
アイツは常にイライラしていて余裕がなかったはずなのに、長期休暇から戻ってきたら急に強者の風格みたいのが漂うようになっていやがるなんて誰が予想出来るんだよ!
条件を決める交渉でも終始冷静に見えたし、いままでのアイツは何だったんだ!
クッソ、全然別人じゃねぇかよ!
「勝てるか……と言われると厳しいね」
「イルザがあの調子だったからな。遠距離から優勢に事を運んでいたと思ったのに一転して攻められて負けちまった」
「スゴイ
「他人事みたいに言ってる場合じゃないぞ。アレとお前は戦うんだからな! ……勝算はあるのか?」
オレの目から見てもいまのアンヘルがヴァニタスに勝つことは難しいと感じていた。
特に落ち込んだままのコイツでは。
それでも聞くしかなかった。
決闘は待ってくれない。
「……取り敢えずあの謎の身体強化」
「急に動きが早くなったと思ったら、これまた急に動きが鈍くなったやつか」
「
「お前には遠距離攻撃魔法もないしあのファイアボールを押し潰した魔法や破裂させた魔法も意味がないもんな。となると問題は遠距離攻撃か……ヴァニタスのあの的当てで見た高威力の魔法さえなんとかすれば……」
「うん、細い勝ち筋だけど勝機はあると思う。確かヴァニタスくんの他の魔法はライトアローとライトボールくらいだったよね。それならなんとか対応出来るよ」
戦いの話を始めた途端少し元気を取り戻してきたアンヘル。
ったく、あれだけ落ち込んでたのに急に元気になりやがって。
もしかして戦闘狂な一面でもあったのか?
まあいまは落ち込んでいられるよりずっとマシだけど。
「となるとヴァニタスに隠し札でもない限り意外と相性が良い、のか?」
強化の魔法で翻弄出来るアンヘルならヴァニタスのあの掌握魔法? とかいうのにも十分対応可能なの、か?
……アンヘルの言う通り少しは勝機があるみたいだな。
「なら後は決闘までの期間にどれだけ鍛えられるかどうか、だな」
「うん、レクトール、君のお陰で決闘までの期間は一週間から十日に伸びたからね。それまでに鍛えられるだけ鍛えないと」
「……焼け石に水、だけどな」
「そんなことないさ。俺にとって貴重な時間を伸ばしてくれたのには感謝してる。ありがとうレクトール」
「れ、礼は勝ってからでいい」
ふ、不意打ちで礼なんて言ってくるからびっくりした。
コイツ……真顔で真っ直ぐ目を見て礼なんか言ってくるなよ。
…………恥ずかしいだろうが。
「ま、まあ元気になったならいいんだ。クロード先生に許可を貰って訓練場は抑えてある。さ、そこで特訓といこうぜ」
「うん……ありがとう」
退学のかかった決闘。
果たしてアンヘルはあの劇的に変化したヴァニタスに勝てるのか。
勝負を決めるのはここからどれだけ強くなれるかにかかっていた。
「ところで前言ってた『師匠』って人には連絡を取らないのか?」
「師匠は……うん、破天荒な人だし俺からは連絡つかないしね」
「でも貴族と揉めたんだぞ。師匠って人はお前の後見人みたいなもんだろ。それに確かお前を無理矢理この魔法学園に編入させたのもその人だろ?」
「そうだけど……う〜ん、でもやっぱり師匠には頼りたくない。それにこれは俺が仕出かしてしまったことだし」
「それで負けるかもしれないんだぞ。学園を追い出されることになるかもしれない。いまからでも鍛えて貰うとか……」
「それでも、だよ」
アンヘルはにこやかにオレに笑いかけた。
それは儚くとも力強い意思の垣間見える笑顔。
「師匠には頼らない……でも決闘では素直に負けるつもりはないんだ。勿論ヴァニタスくんが強いのも、クリスティナさんに申し訳ないことをしてしまったのもわかってる。けど、まだ通い始めたばかりだけど、俺は……この魔法学園を去りたくない。君という掛け替えのない友人も出来たしね」
「は? な、なに言ってんだよ」
「勝つよ。勝ってクリスティナさんとヴァニタスくんにしっかりと謝るんだ。いまは避けられちゃってるからちゃんとした謝罪が出来ていないけど。決闘の後ならきっと……。そしてヴァニタスくんが許してくれるなら……友だちからでもいい。そこからもう一度関係を始めたい」
「…………いや、どう考えても無理だろ。言っとくけど勝敗の方じゃないぞ。許してくれないだろ」
「そうかな? ヴァニタスくんも話せばわかってくれるかも。彼もきっとクリスティナさんが大事なだけなんだと思うんだ」
遅れて申し訳ないです。
全然書けなかった……。
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